第5話 初めての魔法

 朝、目を覚まを覚ますと、瞳に入ってきたのがいつもと違う天井でぎょっとした。地面に手をつけるとヒンヤリとした感触が伝わってくる。


 ――そうだ、俺、異世界に来てたんだっけ……。


「おはよう、かける!」


 自分の現状をゆっくりと思い出していたら、かわいらしい声が聞こえてきた。


「お、おはよう……」


 そういって彼女を見たら、隣に一人の男性が立っていた。


「おはよう。ぐっすり寝られてよかったじゃない」


 杖、改めシルバも声をかけてきたが、杖が言葉を話す事実に改めて困惑した。

 それに、アヤメと村長はいいとして、もう一人は誰なんだ――?


「はじめまして、斎藤かける様ですね。私、この村で村長の補佐をしております、バハ・ウィルソンと申します」


 そういって、男性はお辞儀をする。 

 俺は急いで立ち上がり、姿勢を正す。


「は、初めまして! よろしくお願いします」


 その様子を見て、ウィルソンさんはにっこりと笑う。


「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ。楽にしてください」


「ウィルソン、かけるはこういう子なんだ。僕に対しても初めはこんな感じてだったよ」


 そりゃあ、杖が喋ってたら、まず驚いて声も上擦るわ。

 その時、ふと足のももに痛みが生じていることに気づく。おそらく筋肉痛だろう。


「ところで、何の話を?」


 それから、アヤメが真剣な表情で話し始めた。


「それが、ちょっと村で問題が起きているらしくて……。ほらかける、昨日森を出るときに会ったティミーって子を覚えてる?」


 ティミー……。確か昨日、俺やアヤメを小ばかにしてきた二人組の一人だったはず。正直、あまり好きではないタイプの子だ。


「朝からその子の姿が見えないんだって……。それで、魔族の皆が捜索をしているらしくて……」


「私も、彼女がこちらに来ているのではと思い伺ったのです」


「昨日の夜からいないんですか?」


「いえ、確かに昨夜は自室にいたとのことで。それが朝になっても部屋から出て来ないので両親が確認したところ、部屋がもぬけの殻になっていたそうです」


 家出とかそういう感じなのか?地球でも、家に居場所がなくて家出をするような子をよく耳にするが……。


「ティミーて子は、前にもこういう事はあったんですか?」


「いえ、初めての事でございます。彼女は大変優秀で、村の規則も順守する子でしたので」


 昨日会った感じでは、とてもそんな感じの子には見えなかった。普段は猫をかぶっているのだろうか?


「ねえ、リリーはなんだって? ほら、二人は仲がいいし、何か知ってるかも」 


「確認をしましたが、リリーは何も知らないとのことで。彼女もひどく動揺しておりました」



 その時、洞窟内に大きな衝撃が走った。地震とは違う、まるで近くで何か爆発でも起きたかのような――。


「いつつ……。な、なんだこれ……」


 俺は衝撃でバランスを崩して、尻餅をついてしまった。一方のウィルソンさんは辺りを見渡して、


「村の方で何か起きましたな。私は一旦戻りますので、アヤメとかける殿はここにいてください。間違っても村には入らないように。村長も二人を頼みます」


「ウィルソンも気をつけて。こっちも何か情報が入ったらすぐに知らせを送るから」


 そうして、ウィルソンさんは手に持っていたクルミをアヤメに手渡して、シルバに一礼をして洞窟内を出て行ってしまった。



 ウィルソンさんが持ってきたクルミのような物を食べて朝食を済ませた後、何をするのでもなく、じっとしていた。

 アヤメはティミーを探しに洞窟を出ようとして、シルバに止められた。 

 それ以降アヤメはティミーの事を考えているのか、ずっと黙ったままだった。そして一方の俺も特にしゃべることは無く洞窟内では沈黙が広がった。

 しかし、そんな沈黙を破ったのはシルバだった。


「かける、昨夜の続きをしないかい?」 


 昨夜の、とは魔法の訓練のことだ。どうせ今は他にやることはないので、シルバの提案にこくりと頷く。

 そんな2人のやりとりに、アヤメが不思議そうに首を傾げる。


「昨夜の?」


「俺、昨日から村長に魔法の手解きを受けてたんだ」


「なにそれ、私知らないよ。村長もどうして教えてくれなかったの?」


 アヤメは頬を膨らませてシルバに詰め寄る。


「それは仕方ないでしょ。今朝はティミーの事でバタバタしてたし。君だってウィルソンが帰ってからも彼女の事ばかり考えてたんじゃない?」


「それはそうだけど……。それで、かけるは魔法使えるようになったの?」


「いや、まだ全然」


 覚えが悪いのか、散々だった。しかしシルバ曰わく、初めはこんなものらしい。特に地球という星で魔法とは全く無縁な日々を過ごしきたため、魔力というものを体が理解できていないだとか。


「まあ、要領の問題さ。本来どんな種族でも魔力を持っているんだ。本人がそれを自覚していないだけ」


 そんなシルバの話を聞いて、ふと疑問がわいた。


「アヤメも魔法は使えのか?」


「ええ、使えるわ」


 アヤメは頷いた。


「初めて魔法を覚えたときはどうだった? やっぱり苦労した?」


「んー、どうだっただろう。結構昔のことだから覚えてなくて……」


 アヤメはしばらく考え込む。そんなアヤメの言葉にシルバが、


「この世界の住民達は、幼いときから周りから魔力の流れをコントロールする術を教えらているんだ。そして生活をしていく中でゆっくりとその使い方を学んでいくってわけさ」 


 幼いときからか……。つまり、ここの住民と俺とでは圧倒的なアドバンテージがあるわけだ。


「ただし、種族によっては魔法をまったく教えられずに育っていった者達もいるんだ。僕はかつて、そういう住民のための魔法の講義を請け負っていたのさ」


 杖が講義なんかするのか。ますますシルバの正体が分からなくなる。しかし話の腰を折るのも悪いので彼の正体を聞くのは後回しにしよう。


「昨日も話した通り、魔法とは大きく分けて2つある。1つは何だったか覚えてる?」


「火とか水とか出す魔法だっけ?」


「正解。主にこの世界を構成していると言われている7種類の魔法さ」


 これは、ゲームでも出てくる属性の魔法みたいなやつだろう。


「それじゃあ、2つ目は?」


 アヤメが元気よく、手を上げる


「はい! 本人の性格や育った環境で大きく変わる、その人固有の魔法です!」


「正解! だけど、今はかけるに聞いてるんだからね」


 アヤメはえへへ、と笑う。 


「これに関しては、その人がどんな魔法を持っているかハッキリとはわからないんだよな?」


「うん。今、アヤメが言ったとおり、本人の性格、気質、生活環境などが大きく関与してくるんだ。本人の事を事細かに調べれば予想はできるけど断定はできないんだ」


 そしてシルバはコホンと咳払いをしたような声をだす。


「まずは、魔力の流れを体が自覚しないことには始まらない。それからゆっくりと魔力をコントロールしていこう」


 そうして昨夜と同じように、杖であるシルバを握るように命じられる。自身の魔力を感じる事ができない場合は、こうして他人から魔力を分けてもらって、魔力が流れるという事を体で感じることが有効らしい。

 ちなみにもアヤメも、「私の魔力もあげるから!」と、もう片方の手を握ろうしてきたがシルバに止められた。なんでも魔力を与えすぎるのは体に危険との事だ。



 シルバの言われた通り、深呼吸をして神経を集中する。少しずつ魔力が流れてくるのを感じる。

 しかしその瞬間、魔力とはちがう――大量何かが流れ込んでくるのだった。



 ――なんだ、これ……。頭が割るように痛い……。



 何かが次から次へと流れ込んできて、止めたいのに止められない……。吐き気がして息も苦しい……!思わず目を開けるが、視界がぐるぐると回って焦点が定まらない。



 ーーこれは、声?



 奴らの中には、どうせろくな奴はいねえんだ!


 俺らの村に住まわしてやってんのに、恩を仇で返しやがった!


 だからこんな奴らを住まわせるのは反対だったのよ!



 どうして私たちが疑われなきゃいけないの!


 俺たちは何もしてないのに!


 いつもそうだ!なにかあるたびにいつも俺達のせいにしやがって!!



 頭が痛い。たくさんの声が聞こえてくる。恨み?辛み?恐怖?悲しみ?怒り?負の感情の罵詈雑言……。



 その時、違う方角から一つの声が流れてきた。



 ーーアヤメなんかに負けたくないんだ



 それは昨日出会った少女の声だった。

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