第4話 おかしな杖

 不思議な杖が目の前にささっている。

 俺はそんな光景を前にして呆然とたたずんでいると、またもその杖から声が聞こえてきた。


「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ?」


 俺が固まっているのは断じて、かしこまっているからではないのだが……。


「村長ー。急に明かりを付けないで。びっくりしちゃったじゃない!」


 アヤメが口を尖らせて抗議する。


「ごめん、ごめん。急だったのは謝るよ。でも君達二人は暗闇のなかでも暗視ができるけど、彼はそうはいかないからね」


 そんなアヤメに対して、杖のシルバは声を出す。

 その時、手提げ袋を手にしたブレインが咳払いを一つた。


「ちょっと、村長。俺もいるんだけどなー」


「あれ、あんまりにも静かだから誰だか分からなかった」


「それ、ヒドくない!?」


 そういって、アヤメとシルバは笑い出す。

 そして、未だに固まっている俺に向かって、


「改めまして、僕の名前はシルバ。この村の村長を勤めているんだ。よろしくね」


 杖が自己紹介をしたのだった。



 人間とは慣れの生き物でもある。最初は杖が喋っていることに大きな違和感を抱いていたが、いつの間にかその違和感は薄れていた。

 そして、俺は自身の素性をシルバに説明した。


「なるほど、日本に地球か……」


 それからシルバはしばらく黙ってしまった。

 何か考えているのか。

 相手が人間であれば、その表情や仕草から考え事をしていると分かるが、相手が杖となるとそれも難しい。

 一方のアヤメとブレインは話を聞きながらも、俺の持っていたコンビニの袋をチラチラと見つめていた。


「すまない、少し秀行の事考えていてね」


「秀行?」


「秀行っていうねは、私のお父さんのこと」


 答えたのはアヤメだった。

 秀行さんか。彼が俺と同じように日本からこちらの世界に来た地球人。


「そう言えば、秀行さんってどうやってこの世界にやってきたんですか?」


「本人曰く、朝起きたらニューマドンの洞窟にいたそうだね」


 ニューマドンって場所はわからないけど、洞窟か……。俺は森で、秀行さんは洞窟。何か共通点はあるのだろうか。


「僕と秀行は友人でね。よく彼は僕に、この世界の事を質問してきたよ。でも最初は秀行の素性を知らなかったから、どうしてそんな事を聞くんだと首を傾げたりもしたものさ」


 シルバは感慨深げに秀行さんの事を語りだす。


「きっと、お父さんもいろいろと帰る方法を捜していたんだと思う。でも最期まで帰ることは叶わなかったんだ。」


 そうしてアヤメは悲しそうに俯いた。


 最期、ということは、やはりそういうことなのだろう。

 秀行さんはどんな気持ちだったのだろうか。彼は地球の両親や兄弟、友人達と二度と会うことなく異世界でその生涯を閉じてしまった。


「だから、私も協力するわ! 君もお父さんと同じ思いをさせたくないから」

 そんなアヤメを見ながら、ふと思った。


 ――もし秀行さんが元の世界に帰ることができたとして、その末に妻や娘であるアヤメとの別れがあったとしても、彼は帰る選択をしたのだろうか、と。


 その後も色々と話を聞いてみたが、とくに有力な情報は得られなかった。

 そうして、一端話は中断して、続きは明日となった。


 ブレインは今からデートがあるからと帰って行ったが、その時に使っていないキバブラシというものをくれた。なんでも、最近は魔族の間でもってキバブラシでキバを磨くのが流行っているのだという。ただ、魔族はキバブラシをすることに、特に健康的な意味はないとのこと。単にキバについた血などを落としたりするためのエチケットらしい。


 そんなこんなでキバブラシを借りて、歯磨きをして、シャワーは明日にしてまずは寝ることにした。


 しかし、まったく寝付けなかった。横をみるとアヤメはスヤスヤと眠っている。何回か寝返りを打ってみても、一向に眠れる気配がない。その時、広場の中央に刺さっているシルバが声をかけてきた。


「寝むれないのかい?」


 眠れない。疲れているはずなのに、環境ががらりと変わったせいかまったく寝付けなかった。


「それだったら、今から軽く魔法の訓練をしてみない?」





 部屋に月の灯りがもれている。ティミーは何をするとも無く、ぼんやりと魔石を眺めていた。脳裏に浮かぶのはアヤメの姿。

 アヤメは村長に気に入られている。確かに、彼女の両親や育った境遇を考えれば目をかけるのも不思議でないし、同情をするのも分かる。しかし、だからといって無条件で次期村長になれるという事は、けしてない。


 それに村長が彼女の事を気に入っているといっても、住民の半数以上は彼女を認めていない。現村長も住民たちの声を無視してアヤメを次の村長にはできないだろう。

 となると重要なのは彼女よりも有能で誰もが認める存在になる事。自分が彼女よりも優秀であると周囲に理解させる事ができれば――。


 そして、魔石を掲げた。


 そう、魔石だ。それも特別な魔石。彼女はもちろん、未だにそれを見つけ者はいない。つまり、それを見つけ出すことができれば村人達も自分の実力を認めてくれる。

 けれど、それを見つけるためには森の中の結界を抜ける必要がある。しかし、魔族の中で、あの結界に入ることができるのは今の所アヤメだけだ。



 アヤメだけ――。 



 その言葉が刃物となって自身の心に突き刺さる。その時、



「お姉さんはあの結界に入りたいの?」



 振り向くと髪の赤い少女が立っていた。一体どこから入って来たのだろうか。赤い髪にキバ、角はフードを着ているため確認できない。ただ、少なくとも彼女のような子供はこのあたりで見たことがない。となるとこの村の住民ではないのだろう。


「よかったら、私が協力してあげわ」


 彼女はそういってニコニコと笑っていた

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