第6話 声が聞こえて

 探しても探しても、例の魔石は見つからない


「お姉さんも頑張るねー。そこまでして魔石が欲しいの? それとも、アヤメちゃんに対するいじってやつ?」


 そういって赤髪の少女はけらけらと笑う。


 ――なんとでもいえ。部外者に私の気持ちなどわかるものか。


「ところで、いつまで私について来るつもりですの?」

「いつまでって言われても、魔石が見つかるまでかな。わたしもそのために来たわけだし」


 私は彼女の言葉を聞きながら、右手に持っていた石をぎゅっと握りしめる。魔石とはちがう不思議な石。この少女に「これさえあれば結界を抜けられる」と渡されて、半信半疑で試してみたが、まさか本当に入れるとは思わなかった。


 しかし、肝心の魔石は見つからない。


 そもそもこの結界の内側はどうなっているんだろう。進んでも進んでも一向に景色が変わらず、薄暗さが増している。すでに時間の流れも分からず、今が夜だか朝だかも分からない。

 正直、朝までには帰りたい。夜のうちに魔石を見つけて、日が昇る前に帰る。それが一番良いだろう。


「ふふ、不安そうな顔をしてけど、大丈夫よ。魔石さえ手に入れば、全部まるく収まるわ」


 正直、胡散臭い少女であったが、こうしてついて来てくれて心のどこかでホッとしている自分がいる。この森の異常さが心を弱くしているのかもしれない。


 しばらく道のりを進んでいくと、そこには洞穴があった。

 ただの洞穴では無い。何か異様な気配を感じて、思わず足が竦む。


「気持ちは分かるわ。でも勇敢なアヤメちゃんなら迷わず入るんでしょうねぇ」


 アヤメ。そうだ。私は彼女には出来ない事を成し遂げるためにここまできたんだ。

 いいだろう。ここまで来たら私も覚悟を決める。

 洞窟の中はどんな危険が潜んでいるか分からない。朝に帰るこだって難しくなるだろう。それでも……。


 ――アヤメなんかに負けたくないんだ


「ふふ、面白くなってきた」


 赤い髪の少女はポツリと呟いたが、ティミーの耳には届かなかった。




 村長の住処の洞窟の中で、俺は座り込んでいた。どれくらい時間がたったのだろう。気が付けば、割れるような頭痛も激しい動悸も落ち着いていた。


「大丈夫!? かける?」


 顔を上げればそこには、心配そうな顔をしているアヤメがいた。


「あ、ああ。大丈夫」


「落ち着いたようだね。すまない僕の失態だ」


「いや、いいんだけど……。一体、なにが起きたんだ?」


「僕が君に魔力を流した時、君の身体が驚いてパニックになってしまったんだ。昨日は大丈夫だったから、既に身体は魔力に対する最低限の順応はしていると思ったんだけど」


 魔力の流れか。だとしても魔力と一緒に入ってきたあの声はなんだったんだ?


「言い訳になってしまうが、もう少し流しこむ魔力の量を押さえべきだった。本当に申し訳ない」


 そういって、シルバは謝罪する。


「いや、ぜんぜん大丈夫だから。あのさ、魔力が流れている時って、他人の声とか感情……のようなものは聞こえることはある?」


「声や感情?」


 アヤメが不思議そうに首をかしげる。


「うん、うまく言えないんだけど。こう……誰かの心の声とか……」


 そんな疑問に答えたのはシルバだった。


「もしかしたらそれが君の固有の魔法なのかもしれないね。魔力の流れで身体がパニックになってしまったことで君の中の魔法が目覚めた可能性がある。それで君はどんなの声を聴いたんだい?」


「それは、どうせ奴らがやったんだとか、なにかあるといつも自分達が疑われる、とかいう怒りとか恨みとか……」


 それを聞いた瞬間アヤメの顔が驚いて、それから悲しそうな表情へと変わった。


「それって、村人達の……。やっぱり村はそんな風になってるんだ」


「そんな風って?」


「おそらく、一部の魔族がこの件を誘拐事件ということに仕立て上げているんだ。他の種族がティミーを誘拐しているのではないかと……」


 そんな無茶苦茶な……。そもそもまだ誘拐かどうかも決まっていないのに。


「こういう事ってたまにあるの。何か事件があるたびに他の種族に罪がなすりつけられて……。そうなると、いわれのない罪をなすりつけられた住民は余計に魔族への反感や不満を募らせていくの」


 つまりおれがさっき聞こえたのは、そういった住民達の声だったのか。


「あとさ、ティミーって子の声が聞こえた気がした」


「ティミーの!?」


「うん。あれは……」


 そう口にしようと瞬間、言いよどむ。これはいったほうがいいのだろうか。この言葉を伝えれば、余計にアヤメは責任を感じてしまう気がする。


「かける?」


「……ごめん、はっきりとした声が聞こえなかった。でも、あれは確かに彼女の声だったと思う」


「ちなみに、彼女の声がした方角が分かるかい?」


「えっと、詳しい場所は分からないんだけど、たぶん、あっちから」


 聞こえてきた方角を指差す。


「この先にあるのって……マドリアの森」


 マドリアの森。森と言えば、昨日おれが初めてこの世界に来たときにたどり着いた場所だ。


「でも、おかしいよ。普通の魔族からしたら、あの森はたいして危険な場所じゃ無いのに。それなのに、こんなに時間がたっても帰ってこないなんて……」 


 そんなアヤメの言葉で昨日の光景が浮かんだ。


「もしかしたら、昨日の俺と同じように獣に襲われているのかも」


「いや、魔族が獣に襲われるということはまずないんだ。獣は本能で魔族には敵わないと理解しているからね」


 しかしアヤメはすぐに立ち上がり……。


「それにしたって何か問題が起きのよ。すぐ助けに行かなきゃ!」


 そう言ってアヤメが駆けだそうとして瞬間……。


「待つんだ、アヤメ!」


 シルバがアヤメを引き止める。


「でも……」


「まだ森にいると決まったわけじゃない。とりあえず、ウィルソンに報告しにいこう。森へ向かうのはその後だ」


「う、うん」 


「お、俺もいくよ!」


 その発言が以外だったのか、アヤメは目を丸くする。そして……。


「だめ! かけるは危険だからここで待ってて!」


 案の定アヤメは反対してきた。


「危険なのは分かってる。でもさっきの魔法を使えば、彼女がどこにいるか分かるかもしれないだろ?」


 彼女は一瞬考え込むが、すぐにまた厳しい表情に戻る。


「それでもダメ。かけるも昨日は大変な目にあったでしょ? あの森は普通の魔族には大したこと無くても、人間には危険な場所なの!」


 たとえそうだとしても、アヤメを一人で行かせたくなかった。だって俺は見てしまったから。昨日、森で獣達に囲まれた俺を守るためにやつらと対峙した時、アヤメの足が……震えていたことを。


「だからこそなんだ。この魔法があれば最短の道で彼女を見つけられる」


 恩返しがしたかった、たとえ自分の力が微力だったとしても彼女の助けになれるのなら。それに……。


 それでもアヤメは納得のいかない様子だった。その時、


「確かに彼の魔法でティミーの居場所が分かれば、危険も大きく回避できるかもしれない」


 シルバが割って入ってきた。


「だから、僕も一緒にいくよ。そうすれば彼が最低限の魔法を使えるように教えられる」


 その提案に俺はこくりと頷く。


「アヤメ、彼も連れて行こう。ティミーの居場所が分かるようになれば、彼女を助けられる確率はぐんと上がる」


 アヤメはしばらく考え込み、それから口を開いた。


「わかった。でも絶対に無理はしないでね?」


 こうして、二人と一本の杖はティミーを探すために動き始めるのだった


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