第2話 残念な優男

 いじめる側といじめられる側。日本でもよく見た光景だった。


 学校やテレビの映像などでよく耳にした卑劣な笑い声。対面でからかったり、遠くいる人物に指を刺して卑劣な言動を投げかける光景を何度か見た。自分はそうしたターゲットにならないように、常に目立たず、周りの目を気にしながら生活をしてきた。そうして高校を出て集団生活から抜け出し、ようやく窮屈な世界から解放さらたのだと思っていた。しかし異世界に来てもなお、似たような光景を目の当たりにしている。いじめというのは人間も魔族も、世界や種族が違っても変わらないのだろうか。



 アヤメは何も言い返さずに、じっと二人の女性を見つめていた。一方の彼女達は、俺の方に視線を向けて、


「あら。失礼ですが、あなたはどちらさまで?」


「……」


 俺は言葉に詰まった。もしかすると、この外見と服装で、俺がこの世界の住民ではないという事をわかった上で聞いているかもしれない。深読みのしすぎかも知れないが、その可能性は十分に考えられた。

 そうなると、答え方には注意をする必要がある。正直に人間であると言えば、何かしら言いがかりをつけてきそうな気がするし、下手をすれば、その矛先をアヤメにも向けてくるかもしれないからだ。かといって黙っていても事態は好転はしないが……。


 なにか良い打開策はないのか、そうしばらく考えていると……。



「あれー? ティミーちゃんやリリーちゃん、それにアヤメちゃんまで。麗しい美女三人がそろって何をしてるの?」



 そこに現れたのは、長身の美男子だった。身長の高く、顔立ちも整っていた。気になることがあるとすれば、その口から見える牙と、頭についている角が他の3人より長い事である。

 そして、その男を見た瞬間に二人の顔が引きつるのが見て取れた。


「ご、ごきげんよう、ブレインさん。このようなところまで何かご用で?」


「いやー、別に用はないんだけど、偶然にも美しい女性たちが話しているのを見かけたからね。良かったら俺も話に混ぜてくれないかなって思ってさ」


 そういって、二人組にウインクをする。


「い、いや、話っていっても大した話じゃないし……」


 ティミーとリリーは目をそらす。


「でもさ、話をするなら周りにも気を付けたほうがいいんじゃない? 例えばここでの話も、どこかの口の軽い男がぽろっと村長に漏らしちゃう事だってあるかもしれないし」


 優男は冗談のように笑ってはいるが、2人の女性は顔がみるみるうちに青くなっていくのが分かった。。


「それで、何の話をしようとしてたのかな?」


 それを聞いた瞬間


「そ、それでは、失礼いたしますわ」


 二人が小走りで去っていった。



 2人の女性が去っていったのを目で確認した後、優男改めブレインはこちらを振り返った。



「大丈夫かい、アヤメちゃん。それと……」


 ちらりとこちらを見たブレイン。こうして見ると、改めてそのルックスに圧倒される。


「えっと……はじめまして」


 そういって軽く頭を下げると、ブレインは目をパチクリさせて……。


「君はもしかして……人間かい?」


 まさか自分が人間であるかどうか確認される日が来るとは思わなかった。俺は、彼の問いかけに黙って頷くと……。


「そうかい、よく来たね!! 俺はブレイン。見ての通り魔界一の美男子のブレインさ。ようこそマドリアの村へ!歓迎するよ」


 人間であることがこんなに喜ばれることも生まれて初めての経験だった。


 横をみれば、アヤメも若干あきれ顔になっていた。



 ブレインに後についていくと、そこには、日本の田舎でもよく見るような、普通の村があった。魔界といわれているくらいだから、村といっても薄暗く鬱蒼としたものをイメージしていたのだが、そういった想像とは程遠い、のどかな村の風景が目の前には広がっている。


 村に入ってしばらく歩いていると、住民達が集まっている場所が見えてきた。


 市場だろうか。アヤメは先に進むブレインを止めようとしたが、ブレインは笑顔で「大丈夫だから」と言って、先に進んでいった。当然、俺やアヤメも後について行く。



 市場のような場所は、かなりの賑わいだった。ふと辺りを見渡すと、角の生えている魔族から、ゴリラのような大型な生物、犬のような耳を生やしている生物など、地球上では考えられないような生き物たちが数多く居た。そんな不思議な光景を見ていると、今の自分は夢でも見ているのではないか、と錯覚しそうになる。

 もうひとつ気になるのは、いまのところ彼らが迫害されているような場面も見えず、平和そうに暮らしていた点だ。


「いやー、久しぶりに来たけど、相変わらずここは一段と賑わってるなー」


 ブレインは嬉しそうに笑っていたが、逆にアヤメは心配そうな顔つきで歩いている。


「ブレイン、あんまり大きな声を出すのはやめた方が……」


 確かに周りを見渡すと、若干よそよそしくも感じる。


 そんなとき、2匹のゴーグルのつけたコボルト風の住人がブレインに話しかけてきた。そうして数分後、コボルト達との会話を終えると、今度は先ほど見たゴリラのような大型な生物が声を掛けてきた。


 ブレインはどんな住民でも邪険に扱うようなことはせず、笑顔で会話をしている。それは、仲のよい友人と談笑するかのように。それだけで彼の人柄の良さが見て取れた。


 それと彼の詳しい素性は分からないが、こうして多くの住民から声を掛けられているのを見ると、この村で相当慕われているようだ。そう考えるとブレインがいるからこそ、今のところ表立った問題が起こっていない可能性も考えられる。



 そんなことを考えながら、少し離れた場所でブレインを見ていると、横からアヤメが話しかけてきた。


「ブレインってすごいよね。私も、もっと皆とお話がしたなって思うんだけど、なかなかできなくて」


 彼女の言葉に、思わず俺も頷いた。アヤメの気持ちも痛いほど分かる。日本でもああいったタイプはいた。誰とでも仲良く、皆の中心になっている人間が。特にアヤメは自身の境遇のせいで、余計に皆との壁を感じてしまうのだろう。


「俺だって同じだよ。ああやっていろんな人たちと笑顔で喋れることが羨ましい」


「うん、とっても羨ましい。私ね、勇気が出なくて、なかなか一歩を踏み出せないんだ」


 そういって自虐的に笑った。


 そのとき、ブレインが両手には手提げ袋のようなものを手にして帰ってきた。


「おかえり。もういいの?」


「ただいまー。いやぁ、まいったよ。この後、村長の所に行くっていったらこんなに土産を持たされちゃってさ。それじゃあ、行こうか」


 ブレインは両手に手提げ袋をもって歩き出した。そんなブレインを俺は呼び止めた。


「待って。村長のところって?」


 そんな疑問にアヤメは、


「この村で一番頼りになる方が住んでる場所よ」


 そういって歩き出したので、俺は二人の後をついて行った


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