2巻 第28話 鍋で女子会 ~準備編~


 それは、嘉穂の思いつきで始まった。

「どうせ鍋をやるなら、ちょっとゲームをしてみない? 金額を決めて、全員が相談なしで鍋の具材を買って持ち寄るの」

 貴美は、

「闇鍋ですか? 個人的には、せっかくなら美味しいお鍋を食べたいですけど……」

 と難色を示した。

 しかし、美月は、

「面白そうだと思うけどなぁ。明らかに鍋にそぐわない具は買わない、っていう淑女協定を結ぶ前提ならいいんじゃない?」

 と乗り気だった。

「もちろん、私だって美味しい鍋を食べたいから、淑女協定は基本ね。それと、金額の中から一人千円分くらいは供託金にしておいて、揃った食材を見て味付けを決めたり、足りない食材を買い足したりするのに充てるのはどうかしら」

「あー、最後にちゃんと調整するなら、私も反対はしないです」

 こうして、飲み仲間三人組による第二回家飲み女子会の趣旨は決定したのである。


 そして、家飲み女子会当日。

 何を買っていくべきか、言い出した嘉穂は悩んでいた。

 近所のスーパーの鮮魚売り場である。

 牡蠣鍋というのも考えたが、ホヤが苦手な美月は牡蠣も苦手な可能性がある。だとしたら避けた方がいいのではないか、と思い、嘉穂は牡蠣に伸ばしかけた手を引っ込めた。

 では、何がいいだろうか。

 年末も近づいてきたせいか、カニやアンコウなどを切り分けてすぐ鍋にできるパックなども売られている。

 アンコウは二人が買ってくるものによっては良さを活かしきれない可能性がある。カニなら、最悪寄せ鍋風にはできるかもしれない。

 二人は、何を買ってくるだろうか。

 貴美は日本酒好きだが、鍋ではモツ鍋やキムチ鍋が好きだと言っていた。

 美月は郷土の料理である芋煮が好きだと言っていた。

「単純に考えれば、肉が来そうだけど……」

 とはいえ、貴美の好みは酒を覚える前のことだ。だとしたら、今回は日本酒に合わせてくる可能性も低くはない。

 美月も、芋煮が好きだからといって、芋煮に寄せてくるとは限らない。

 では、どうするべきだろうか。

「あえて意表を突く選択をするか、あるいは二人が買ってくるもののことは無視して好きなものを買っていくか、二択かしらね……」

 しばし悩んで、嘉穂は買っていくべき食材を手に取った。


 貴美は宅配便で女子会用の酒が無事届いたことにホッと胸を撫で下ろした。年末ともなれば、物流事情も混み合ってくる。万が一、ということもないとは言い切れないのだ。

 ともあれ、あとは持っていく鍋の材料をルールに沿って買うだけである。

 きっと、嘉穂は海鮮系で攻めてくる。

 そこだけは、貴美的には絶対だと思っていた。だとしたら、それに合わせて食べたい魚介類を買っていくのが一番無難な選択である。多少クセのある食材がかち合ってしまっても、海鮮系の寄せ鍋なら絶望的なことにはならないだろう。

「でも……」

 果たしてそれでいいのだろうか。

 嘉穂の提案は、カオス具合や意外な展開を楽しみたいという意図だったはずで、それを回避して無難中の無難を目指してしまっては意味がないのではないか。

 その意図を酌むなら、むしろ、あえて外していく方が正解なのでは?

「うーん……」

 肉か、魚か。

 無難か、冒険か。

 あるいは、絶対に必要になるであろう白菜やネギ、豆腐などを買って隙間を埋める、より無難な手もあるが、それこそ一番企画の趣旨に反する選択だろう。それこそ、供託金で買い揃える部分なのだから。

「だったら、やっぱりあっちですかね……」

 買うものを決めて、貴美は買い物に出かけるのだった。


 美月は深く考えることなく、鍋女子会に買っていく食材を決めた。

「きっと、嘉穂さんはあたしや貴美さんが何を買っていくか、いろいろ考えて選んでるんだろうなぁ」

 美月が見る限り、良くも悪くも嘉穂は頭が回る。知識も多くて、いわゆる賢い女性だ。しかし、だからこそ、考えすぎたり深読みしすぎたりしそうだなあ、という気がする。

「貴美さんは素直だから、嘉穂さんが裏の裏を読む、みたいなことは考えないかもしれないなぁ」

 そんな貴美だからこそ、きっと嘉穂も放っておけないのだろう。とはいえ、そこは貴美の弱点であると同時に、強みでも美点でもある。美月も、そんな貴美はとても可愛いと思うし、一緒に飲んでいて、いちいち反応が楽しかったりもする。

 二人とも、そういうところが裏目に出たりするような気がして、美月はついつい笑みを漏らしてしまった。

 それはそれとして、美月が選んだのは、純粋に買い物に行ったその瞬間に食べたいと思った食材だった。


 そして。

「それじゃ、買ってきたものをせーので見せ合いましょ」

 嘉穂が買ってきたのは、牛肉だった。霜降りの、決めた予算内で買える中では一番高い肉である。

 貴美が買ってきたのは、鶏肉だった。比内地鶏の胸肉。地鶏としてもトップクラスに有名な鶏肉である。

 美月が買ってきたのは、豚肉だった。三元豚のバラ肉。言わずと知れたブランド銘柄の高級豚肉である。

「見事に肉に偏ったわね……」

「えええ、嘉穂さんは絶対に海鮮に行くと思ってたのに。鶏肉ならそれでも寄せ鍋風にはなるかなって」

「牛肉が一番他と合わせにくくて面白いと思ったのに」

「面白いって……」

「あたしは、なんかこんなことになるかなぁ、って思ってたけど」

「まあ、でも、これはすき焼きでまとまるわね。すき焼きなら豚肉で作っても鶏肉で作っても成立するもの」

「そうねぇ。供託金ですき焼きのつゆとお野菜やお豆腐を買ってくればきれいにまとまりそうねぇ」

 そんなわけで、鍋女子会はすき焼き女子会と相成ったのであった。

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