第20話

 ショコラガーデン一階、階段下に現れた第三者はダークスターだった。


「うゆ? 賢一くんと、妹強化の王子様!」


 ルカジャンはダークスターの姿を確認すると階段から立ち上がった。


「俺と賢一で二つ、彼が持っているので三つ。合わせて五つ。これで全てが揃う」


 ルカジャンの説明を聞いたダークスターは無邪気に喜んだ。


「やった、やった! ああ、君らに聞きたいんだけど、銅像になった人でどーすれば戻るの?」


 不躾な問いだったがルカジャンは答えた。


人形ミクロコスモスが願いを叶え終えれば戻るさ」


 非参加者が銅像となったのは非参加者の排除のためだ。人形という概念を強く意識すれば石化現象から逃れられる仕組みだ。ファジーで雑なルールだが、これを作った古代人の変能に文句を言ったところで仕様がない。

 ダークスターは安心した。これで自分の願いを遠慮なく人形ミクロコスモスに願うことができる。


「うひひっ! 最高! 憂いなし!」

「ま、そうだな……」


 賢一はダークスターに同意しつつも、三日月を傍に寄せて臨戦態勢をとった。漆黒の三日月は、彼の傍に立つように剣を構える。欠けた闇を担い手で満たすように。

 ルカジャンは階段を一歩下へ下がった。再びショコラガーデン全体が揺れ始める。

 戦いの時だ。時刻は二十一時。そして流れるあの音声。


『皆さま、明かりを落とさせていただきます。足元に気を付けて、その場から動かないようにお願いいたします。では、消灯します』


 パチンと明かりが消えて、ルカジャン・ゲイリーは懐から拳銃を取り出した。


「だから……よこしてもらうぞ! 全てのピースを!」


 階段上、吹き抜け二階の窓ガラスが砕け散り、破片が一階にいる賢一とダークスターに降り注ぐ。ルカジャンが立っていた階段の手すりが鞭のようにしなり二人に襲い掛かってくる。

 そしてルカジャン当人もまた、賢一とダークスターへ向かって躍りかかってきた。



 ガキャンと黒と黒の狭間で火花が散った。黒い人形の剣がギギギッっと、ルカが掲げる拳銃を押し込む。ルカジャンはそれを思いっきり跳ね除けると、脱力しきったような挙動で賢一に銃を向け早撃ちを行った。

 すぐさま、三日月は自身の使い手を引きずるようにして移動した。賢一は銃弾を避け、その場を離脱し、遮蔽物へと身を隠す。

 ルカジャンはゆったりとした足取りで賢一を追う。ただ自慢の妹を誇るような慈愛に満ちた目で、自身の銃と手のひらに口づけを行っている。熱いだろうし、汚れているだろうに、それがなんだと言わんばかりに超然としていた。


「……なんでアイツが戦えてんのかわかった。要はあれだ、あの銃と服は、俺の三日月と同じってわけかい?」


 片手をまるで単体の生き物のごとくうごめかせるが、三日月はぎこちない動きしかない。

 ルカジャンの凶弾は、一本一本、満月を制御するための糸を打ち抜いた。空から降り注いだガラスの破片も、糸を切り裂き。階段から迫った手すりも糸を断ち切った。操作の効きがひどく悪化している。

 あの王子服こそ戦う妹で、あの銃こそ撃つ妹、そしてそれをサポートする兄――あの黒幕は、そういう構図だ。

 ホテルそのものに襲われて、ダークスターともはぐれてしまった。絶体絶命だった。

 がちりとぎこちない音を響かせてと、三日月が賢一の前に降り立った。剣を両手で逆手に持ち、王の前に立つ騎士のように姿勢を正す。その様を見て冬川賢一は、自身が操っているのにもかかわらず怪訝な顔をしたが一瞬後、にやりと笑い、人差し指を立てて、彼女に笑いかけた。


「死ぬときゃ一緒だ、置いてかねーよ」

「いいや、パーツだけは置いていけ」


 ルカジャンは賢一があずけていた障害物に片手をついて逆立ちをし、銃を突き付け、ようとしたが手首を綺麗に捻りあげられて、見当違いの方向へと銃弾を撃った。

 ルカは舌うちをすることもなく、ただ無音で空いている手を賢一に突き出す。

 賢一はそれをいなし、銃を持っている手をひっぱりルカを確保しようとするが、奇妙なことに銃そのものがルカの指の上を一回転し、小指と薬指で撃てる状態で賢一に突き付けられた。


「……!?」


 賢一は驚いたように手を放し、銃そのもの吹き飛ばすように払いのけた。そして同時に蹴りと銃の持ち直しからの発射が行われた。重い蹴りと音と発砲音が同時に響く。二人は互いに視線をやりながら、その結末を垣間見て――。


「……ふざけ……」

「……嘘だろ?」


 ルカジャン・ゲイリーはどさりと気絶する。その脇腹は服(妹)の防護なく剥き出しにされていた。ギリギリのギリギリで、このシスコンは、妹を守るために自分の身を差し出したのだ。妹を身代わりに差し出せば、勝てたかもしれないのに、それでも。

 賢一は自分の両耳を塞ぐように頭を抱え、一歩後ずさった。

 それはありえてはならないことだった。人形師・冬川賢一が絶対にやらないことだった。その現実が、目の前に存在する……。


 三日月が、銃弾を受け止めていた。彼の前で、彼を守るようにして。


「あ、ああ……!?」


 それだけならば良いのだ。賢一は人形を傷つけないとは言え、傷がついた人形を愛さないわけではない。壊れれば、また治せばよい。それもまた人形の素晴らしさであり、美点だ。

 だが、違う。これは話が違う。

 パチンと明かりがついた。


『次回の消灯は二十二時からとなります。それまでご歓談ください』



 人形、三日月は自分の意思でその身を犠牲にして、賢一を守った。照らされた明かりの下のは胸の大部分が砕け散った黒衣の人形が立っていた。


「お、俺は……自分が助かるために……!?」


 さてここまで来たのだから開陳しよう。冬川賢一の変能は何か。明け透けな賢一ですら自分からは説明しない、その能力は、“人形を人間に変えること”。

 意思のない人形を愛する賢一とあまりにも矛盾した変能だった。だから彼は自身の変能を自覚してから一度だって能力を使ったことがない。使うつもりもなかった。

 だが容赦のない弾丸を、避けられないと自覚した時、彼の生存本能がちらりと、ほんの少しだけ変能を発動させた。

 だが、それでも三日月は動かないはずだった。賢一は変質者と断じて良いほど強い思想を持つ人形性愛者であり、強すぎる愛情は生存本能さえも押しとどめていたはずだ。

 それはそれで三日月に心を与えた瞬間に賢一が死亡する瞬間を眺めることしかできない残酷な所業だったが、話はそれで終わらなかった。

 そうルカジャンの妹を強化する変能である。三日月はルカジャンの年下の、女性の、物体であり、強化と意思を施されていた。

 三日月は愛されている人形であるが故に意思を拒絶したが……賢一からの変能(呼び声)を聞いた時、彼女は即座に意識を所持し、自ら動き、賢一を守った。

 二人の変能が合わさり、三日月は、その瞬間動くことができた。それが真相である。だが、賢一が切っ掛けであることには変わりはない。賢一の変能が、三日月の意思を作り、彼女自身に、賢一を守らせた。

 賢一は胸に大穴が開いた愛しい黒衣の人形を見る。

 恐慌し、絶望する彼に、三日月が振り向く、ただの人形でしかなかった彼女の顔に表情が浮かんでいた。

 それはとびきりの笑顔。

 本当に本当にうれしそうに、邪気も恨みも何一つなく、命なき人の躯の仕組みがボロボロになっているだろうに。彼女は、ただ一言、言った。


「よかったわ」


 そして彼女は倒れた。賢一の半身は――三日月のその華奢な体躯は、ピクリとも動かない。


「……あっ」


 賢一はふらふらと三日月に駆け寄り、その身体に触れる――暖かった。


「ああ―――これは駄目だ」


 賢一はルカジャンが所持していたパーツを手に取ると、ふらふらとした足取りでホールへ向かう。

 そこには頭から床へ埋まって気絶しているダークスターがいた。賢一はダークスターからもパーツを奪う。

 五つ揃った。賢一は震える手で頭、右腕、左腕、右足、左足のパーツを並べた。

 人形ミクロコスモスがまばゆい光を放つ。小さかった人形ミクロコスモスがどんどんと大きくなっていく。光が大きく、さらに人型になって、賢一の前に現れた。


「……おや、なんだ、ルカは負けたのか?」


 その人型の光は、ホールのテーブルに腰かけ、足を組んで恐ろしくふてぶてしくつぶやいた。


「少し残念だがしょうがない、そこの少年、願いをさっさと言え――」

「―――――……………おえ……うえっ」

「え?」


 賢一は頭を床に擦り付けて号泣した。どんな願いも叶える小宇宙、人形ミクロコスモスは困惑した。


 バン! とパーティ会場、ホール出入り口が開かれる。現れたのはフェリティシアだった。三日月とまったく同じ容姿をした青い目をした人形遣いはズカズカと力強い足取りで光り輝く人形ミクロコスモスに近づき、足元で号泣している賢一を見る。


「なんかよくわからないけど、勝ったんだね、賢一。人形ミクロコスモスはどこ?」

「んー? 私だぜお姉さん」


 光り輝く人影に言われてフェリティシアはそちらへ視線を向けた。異様に美しい少女だった。


「……ちょっと失礼」


 フェリティシアは泣きわめいてる賢一の横を通り、その発光する少女の頬に触れた。

 少女の目を覗き込む。


「うん、思い違いじゃない……天然もの。。嘘はよくないよ。人形ミクロコスモスは人形だよ」


 どこまでも冷静な言い方だったが、微妙に声が震えていた。なにか嫌な予感、予兆というものを察知してしまったのだろうか。


「元人間で、現人形さ。人間を作って願望機を作りたい、嫌らしい戦争ゲームを引き起こしたい、そんな変能の犠牲者。それが私ってわけだ」

「う、うそだよ……。そんなのうそだよ……。小宇宙を再現することで願いを叶える、人形だって、私も賢一も、分析したのに……!」

「おいおいお姉さん、知らないのかい。


小宇宙ミクロコスモスとは人間のことなんだぜ?」


「……うわぁ」


 フェリティシアは自分を顔を平手でぱちりと叩くと、くらくらとしていた。


「と」

「と?」

「徒労! 徒労! 徒労だよ! ひどすぎるよ! 私、私達、なんのために頑張ってたの!?」

「うーん、何が不満かよくわからないや」

「不満しかないよ! 私は人形の可能性を追求しているのさ! 人間じゃない!! 人間を犠牲にしなきゃ人形ミクロコスモスにならないんなら意味がないんだよおおおお!!」


 最後は悲鳴のごとき叫びだった。骨折り損のくたびれ儲けだった。だがフェリティシアはまだマシな方だ。賢一は半身を失った。それも極めて最悪な形で。さらには愛でることを願った人形ミクロコスモスは、人形ではなく人間だった。泣きっ面に蜂である。

 それは壊れた三日月と号泣する賢一を見ればわかる。フェリティシアはがくりと肩を落としながら嗚咽を漏らす賢一へ告げる。


「賢一、あなたが願いを使いなさい」

「……いいのか?」


 か細い声だった。


「いいよ。勝ったのはあなたなんだから」

「……こんなん勝ったって言えるかよ」

「そりゃそうね。まぁ、この身体の代わりってことで納得してちょうだい。すぐに修理できないのはあなたにとって辛いと思うし」

「……そういうわけじゃ、ないんだがな」


 例え修理用のボディがあったところで、賢一の絶望は薄まらない。三日月は、命を得て、壊れて、死んだのだ。死んだ命は戻らない。

 それこそ、“奇蹟”でもない限り。

 光り輝く少女は肩を竦めると酷い顔をしている賢一へ言った。


「さぁ、勝った変能くん、願いを言うと良い」

「俺の、俺の願いは――――」

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