第18話

 ルカジャン・ゲイリーの物語は、彼の妹であるケイリーがから始まった。

 ケイリーは昏倒し、目覚めなかった。彼はケイリーが呪われていることを突き止めると、妹の呪いを解くために片っ端から様々な曰く付きの道具を収集した。金に糸目をつけず、手段を選ばず、疑わしい代物まで掘り出して……。


 その中に人形ミクロコスモスがあった。五体が揃い、胴体まであった完品の人形だ。だがそれは、ただの人形でしかなかった。

 使い方は単純だ。頭、右腕、左腕、右足、左足の五体に分解すると胴体が消失する。そして五つのパーツをそれぞれ……人形ミクロコスモスを強く意識する “変能“に長時間持たせれば良い。後は所定の場所に集めて、争奪戦スクランブルを開始すれば、人形を強く意識している人物以外は全て銅像と化し、状況は整えられる。

 変能を参加者とし、変能を動力とし、変能を争わせることで完成する、変能の人形。

 変能とは世界に刻まれる莫大なエネルギーだ。それを五つ絡めて組み立てれば、完璧な人形、完全なる小宇宙、人形ミクロコスモスが完成する。


 賢一はごくりと唾を飲み込んだ。どんな願いも叶える荒唐無稽な夢の力。必要なのは変能。埒外に埒外を重ねる、馬鹿げた試み。


「どんな願いも叶えられる、なんて御伽噺にすがったのか? それほどまでに重い呪いなのか?」

「その問いに対する答えは、ノーだ。ケイリーに掛けられた呪いは、あの子に対する嫉妬心でおまじないをした女学生のものだった。ケイリーは優秀で、可憐だからな。はんば偶然でかかったそれは、少しばかり発想の転換が必要だっただけで、割と簡単に解呪できたよ。人形ミクロコスモスを変能たちに発送しただったがね」


 七月七日ホテルショコラガーデンで逢いましょう。ルカジャンを除いた四人の変能は必ずショコラガーデンに現れるだろう。今更やめるなんて手紙を出しても、パーツを返せなんて要求しても聞き入れるわけがない。賽は投げられてしまっていた。

 それに……。


「欲が出てしまったんだよ。……俺は妹を呪った人物の正体が、妹の同級生だと知った時、憎めなかった。俺はたった一人の血のつながった妹を傷つけた相手を、少女を――憎むことができなかった。俺は妹を大切に想ってはいないのではないか? そんな疑念が俺を侵した。だが、真実はこうだ。俺にとって大切だったのは、たった一人ではない妹全員だった。傷つけられた実妹と同じように、傷つけてしまった妹に、俺は情を向けていた」


 ルカジャンは淡々と告げた。恥とは思わない。こんなものはただの事実だからだ。変能とは変質者の能力を意味すると同時に、心無い変態・・・・・を意味する。肉親の妹が特別なのではなく、全ての妹を愛している。それはラブだが、人間の心ではない。変能とは大なり小なり、そういうものだ。


「ケイリーの呪いが解けた後、残ったのはケイリーの兄、ではなく“おれ”だった。妹を、例外なく幸せにしたい。そう自覚して――もう一度言おう。俺は欲が出た。 俺はケイリーと全世界の妹たちによる理想郷を作りたい、いや作ろう。ことここにいたれば、俺の楽園成就に不安などあるものか。夢のようじゃないか!」


 そうルカジャンは自分の性癖をぶちまけた。そして提案する。


「賢一。人形ミクロコスモスは使った後でくれてやる。確約しよう。だから俺と組め」


 突然の同盟の提案に賢一は驚いた。


「俺と組むっていうのか、ルカジャン?」

「ああ、俺はオールドローズと最後に戦う約束をしている。奴の主は一騎打ちと言っていたが、……俺とお前が一つの陣営となれば、オールドローズが最後まで残っていたとしても安定して勝てるだろう。俺にとっても得なんだよ……お前の勝利は望みが薄い。悪い提案ではないはずだ」


 先ほどの狂気にも似た性癖の暴露とは違い、ルカジャンは理知的な態度だった。賢一は戸惑う。


「よくわからねぇがよ……あんたの願いが叶ったら、この世界無茶苦茶にならないか?」


 全世界の妹たち、など明らかにスケールが大きすぎる。賢一の懸念にルカジャンは薄く微笑んだ。


「ならんよ。ただちょっと――これから以後生まれる全ての妹が、俺の理想郷に行くというだけだ。実に安穏で平穏で幸福だろう? ああ、安心しろ。三日月もまた妹だ。必ず俺が幸せにする。故に何の問題もない」


 問題がありまくりだった。有機物無機物問わず、兄と妹の理想郷に集めると宣言されて、さらには三日月を奪うという理不尽に、賢一は断固として抗議した。


「残念だ、俺は三日月を手放すつもりはない」

「だがそれは三日月が決めることだろう?」


 ルカジャンはパチンと指を鳴らした。


「人形の妹への強化を、強めた。三日月。妹よ、目覚めるといい。ご存知の通り、俺が強化した妹は自立行動を――意思を持つ。君が決めろ」

「―――――………」


 賢一はあらゆる感情を失った。無意識に賢一は傍の三日月を片手で抱きしめる。三日月は、動かない。人形師は安堵した。


「は、ははは、良かった、良かった。そうか、そうだよな! 意思がないから人形なんだ。愛おしいんだ。よかった。俺の三日月は変わらずいるぞ。はははは」


 ルカジャンは小さく、そうか、と呟いた。。三日月という人形は賢一のために意思を持たなかった。愛がなければできない行為だ。ルカジャンは妹を決して支配しない。妹の幸福がそうであるなら、ルカジャンは受け入れる。


「意見を撤回しよう。三日月はお前の傍にい続ける。どうだ、それでも、俺と組まないか?」


 賢一は口を閉じた。ここで組めば、必ず賢一は人形を手に入れることができる。自分は圧倒的に不利であり、目的は人形ミクロコスモスだ。妹以外に冷淡なルカジャンとはいえ、嘘を吐いてるとも思えない。

 人形を愛する賢一は人形ミクロコスモスが手に入ればそれでいい―――。


 とは思えなかった。


「駄目だ。俺はフェリティシアと約束したんだ。どんな願いも叶える人形ミクロコスモスを見せるってな。使った後だあいつは絶対に納得しない。だから、悪いな……先に組んでる奴がいるから無理だ」


 フェリティシア・ルノアールは人形の可能性を追求する人形遣いである。どんな願いも叶えられる状態の人形ミクロコスモスを研究することが彼女の目的だ。何度も助けてくれたフェリティシアを、賢一は裏切れない。

 同盟を拒絶した賢一に、ルカジャンは静かに告げた。


「……ならば賢一。笑うがいい、喜ぶがいい。これが正真正銘の、ラストバトルだ」


 賢一とルカジャンが所持する人形ミクロコスモスが共鳴する。第三者が現れた証だった。そして階段の下に登場したはたった一人の人影で―――。


 時は戻り、庭園に横たわる式神。身体にまかれた包帯はズタズタになり、口元から血を垂れながら、木の残骸によりかかるようにして、座り込んでいた。

 しずねに殴り飛ばされた後、さらにオールドローズにぶっ飛ばされた式神はボロ雑巾と化していた。


「あいつの一発と私の一発で落ちるか、脆いな――なんて言うと思うか? 気絶したふりをするなよ、クソ従者サーヴァント


 真っ赤な吸血鬼は拳を二度三度振ると、拍子抜けしたように――それでも闇の中目だけが見えているような恐ろしい化け物然とした外見なのだが――つぶやいた。

 執事は、動かない。しずねは自信の服の裾を両手で掴んで、式神をずっと見つめている。


「……ふん」


 吸血鬼は、傍に落ちていた一本の木を手に持った。それはかなりの大きさと太さをしていた。人間に当たったらひとたまりもない。


「言ったはずだぞ執事。そんな手品など――タネがわかれば児戯に等しいとな」


 そして吸血鬼は、その凶器を投げようとした。


「……あれ? あれれ? 吸血鬼ちゃん? ここは誰? ぼくはどこ? ここは天国!? 地獄かにゃ!?」


 その寸前、オールドローズに人間の何十倍の聴力にひっかかった、遠くにいる執事の声に気付いた。


「――っ。しまっ……」


 吸血鬼は驚いてしまった。ショックを受けてしまった。予想外のことが起きて混乱してしまった。また負けてしまう。……しかし、いくら待っても茫然自失になることはなかった。

 彼女の頭は回転する――あの執事の変能の条件を洗い出す。つまり、間接的にしろ直接的にしろ、あの執事自身がショックを与えなければならない。自分が変能をくらってないということは―――。

 にい、と哂う。あのもう一人の執事は、本物じゃない。考えてみれば、最初からあの執事は自身を包帯で包んでいた。賢一が肩に抱えていた男は式神ではない。入れ替わりトリックは発生していない。変わっていない。なにも変わっていない。


「……ハハ」


 そう思い、憂いなく全力で、これ以上ないほどの全力で木を振りかぶり、カチリとスイッチが入った。

 式神は最悪な男である。抜け目がない。当然のごとく彼はホテルの外で戦うことも考慮に入れていた。だから彼のポケットの中には庭園における起死回生の切り札を起動するスイッチが入っていた。

 常盤の黒服たちに設置させたスポットライトが点灯する。木々が照らされ、神秘的な雰囲気がそこを包んだ。もともとのホテルの趣向なのだろう。そしてその光の中には―――。


 バン!!


 フリルのついたロングスカート。頭に光るカチューシャl。エプロンドレスが闇夜に照らされそれはまさしく舞台女優のごとく―――。


【お嬢様だけの素敵な従者】


【式神彩                        人】


 プロジェクターで木々に映し出されたのは、メイド服姿の式神の姿だった。


「―――――ぶふっ」


 たまらず吹き出す吸血鬼。式神という男を知っていれば知っているほど刺さる、ショッキングな映像に彼女の心はかき乱された。

 女装? メイド? 傲慢で外道で自己愛でプライドの塊の男が? 執事が?


 驚きかけてそれを防ぎきり、ほんの少しだけ気の緩んだところを狙い打ったそのコスプレメイドな写真は的確に彼女の精神をぶち抜いた。


「――――――」


 完全に真っ白になったオールドローズにボロボロの式神は立ち上がり、歩み寄ると全力で彼女の額に頭突きをした。当然いくら頑強であっても式神は人間。ダメージは式神にしか行かないが、――これで頭と頭がくっついた。

 オールドローズが耳を潰していたとしても、骨伝導で指示が通る。


「《その木を、ご自分の心臓に全力で突き刺せ》!! このダメンズ好きめ!!」


 式神は後ろへぶっ倒れた。と同時にオールドローズはその巨大な木を己の心臓に杭のごとく突き刺した。

 オールドローズは血しぶきをまき散らし、服を自身の血で染めて仰向けに倒れた。

 執事は五体を投げだし、空を見上げる。スポットライトで異様に明るい庭園、執事は、勝利の余韻に浸ることは……。


「よう。僕らの勝ちだな」


 できなかった。吸血鬼の主が、執事の額を靴の裏で踏んづける。その隣には常盤しずねもいた。


「……おや? わたくしの晴れ姿は見なかったので?」

「ああ、メイド服姿だろ? オールドローズが知らせてくれた」


 聡の手の中にはだらんと脱力した赤蝙蝠がいた。パーティ会場から徒歩で式神がいる方向へ向かっていた聡はオールドローズの指示で、賢一を避けてここまで来たのだ。

 その際、最後の最後、オールドローズの心が吹き飛ぶ寸前に、彼は自身の従僕から聞いている。だからもう負けはない。


「……ふん、みやしないさ、残念だったな。……さって、執事、負けを認めるか? ああ? お前は一人で、こっちは二人……三人か。だから当然の結果なんだが、それでも、ほら、認めてくれないとこっちの気分が悪いだろ?」

「式神……」


 ボロ雑巾と化している式神の傍にしずねが座り込んだ。しずねは式神が庭園に仕込みを入れていることを知っていた。どんな仕込みかは知らなかったが、きっと式神のことだ。予想外で、衝撃的で、不可避だ。だからしずねはオールドローズから離れていた。

 もう式神には言葉以外なにもない。

 しずねは式神に言いたいことがたくさんあった。言えるタイミングを待って、そしてその時は来た。

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