第17話
執事と人形師、人形遣い、ついでに気絶した黒い星(式神状態)は庭園からホテルへ逃げ回る形で近づいていった。
ホテル入口から戻るのが難しいのなら、庭園をぐるっと回ってパーティ会場から入り込めばいいという判断だ。
「……覚悟はよろしいですか? 皆様」
包帯まみれの姿で執事が駆けつつ、賢一とフェリティシアの覚悟を確かめた。
「ねぇ、あなた巻き込んでおいてどうしてそんな味方オーラ出せるの? 馬鹿なの? 屑なの?」
フェリティシアは式神の厚顔さに悪い意味で驚く。動物の銅像たちに追いかけられていたのは式神であって、人形組は擦り付けられた側である。
賢一は苦笑した。
「こいつもこいつで頭おかしいからな……そういう奴だと思っとけ。つーか式神、お前三つもパーツ持ってるじゃねーか、よこせよ」
「……検討させていただきます」
式神は嫌そうに返答した。
「断るなら普通に断れクソ執事」
「じゃあ嫌でございます」
賢一と式神は睨み合う。フェリティシアとしては気が気でない。
「ホテルへ入るのはいいんだけど追ってくる銅像たちはどうするのかな? 密閉区間で追い詰められると死ねるんだけども……」
「ああ、それは―――っ。上方注意!!」
執事の叫びと共に、賢一たちの正面になにかが凄まじい勢いで落下した。もくもくと砂埃が舞い、落ちてきたモノが――いや、化け物が現れた。
「グッドイブニング 追い立てられる羊共 吸血鬼だよー!」
赤い化け物だった。そしてその後ろから現れたのは。
「……おや?」
「さっきぶり、ですね……式神」
執事の元協力者である、令嬢だった。急いででホテル側から来たらしい。オールドローズと同じ方向から来た以上、組んでいると賢一たちは判断した。
フェリティシアは前方のオールドローズとしずね、後方の銅像たちに頭を悩ませる。
「あー……これは……戦力を裂かないとまずいねぇ……」
「いや待て。ここは協力しないとルカジャンを倒せない」
賢一はずいっと前に出るとオールドローズとしずねへ向かって言った。オールドローズは人形師の妄言を哂う。
「私達はパーツを持っていない。だから交渉は成立しない」
「ぐっ……」
賢一がダークスターと接触した時、パーツを奪わなかった理由はここにある。
だが……と賢一はちらりと式神を見る。このド外道執事がダークスターをボコしてパーツを奪ったので台無しになった。だから責任をとってこの男になんとかして欲しい。
「………」
執事は、口を開かない。険しい表情を浮かべ、ただ一点だけを見つめている。賢一はそれに疑問を持った。
「……式神?」
式神が睨んでいる先は、常盤の令嬢、ではなく。
不敵な笑みを浮かべる、吸血鬼の方だった。
「……クソ」
「あ?」
「クソクソクソクソ!! クソッタレの女吸血鬼め!! 哀れなドラキュリーナめ! 貴女―――わたくしより先に、主を手に入れやがったな!!」
「……は?」
罵倒はすれど、幼稚な悪意は示さなかった執事が。感情のままに、憎しみを――嫉妬を吐き捨てた。そして、その内容に、しずねは疑問を持った。
「あなた、私以外にお嬢様がいるのでは、ないのですか?」
「今はいませんよ。これから得るんです。この
式神は激怒と陶酔をまぜこぜにしたような赤ら顔で自らの願いを謳った。その意味不明な言い分にしずねは困惑する。
「意味が、意味がわかりません……せ、説明してください、式、神」
式神はビシリッ、と自分を親指で指差した。
「言っておきますが、わたくしは、誰がなんと言おうと執事でございます!! 故に、求めるのは自身よりも大事なもの。この身を投げ出すことに幸福を抱ける至高の少女! ……わたくしは、願うのであります。―――――――仕え甲斐のある、わたくしだけのお嬢様を!!」
式神は執事である。式神はお嬢様を愛している。だが愛すべきお嬢様を彼は未だ見つけておらず、故に求めている。
「……そういうことか、そういうことか
オールドローズは式神の言葉に、怒りに納得がいった。いってしまった。自分が変能であるということを最後のピースとして組み立てれば、なぜ式神が己へ怒り、そして激怒しているかがわかる。
つまり……同じご主人様趣味なのだ。従僕嗜好なのだ。同類ではなく同属。式神が執事であるように、オールドローズは従僕だ。
だから何より式神は腹だしい。
式神にはわかる。わかり過ぎてしまう。オールドローズは終生の、たった一人の主を手に入れた。己から主も守れない欠点だらけの吸血鬼が、己よりも先に、主を!
従者趣味と合わさって、自己愛と傲慢さと加虐趣味で構成されている式神には、本当に我慢ならなかった。オールドローズは式神の激怒を受けて、考える。己が変能であることは死にたくなるほど屈辱的であるが……。
(聡に私が変能であることなど、どーでもいいと言われた。ならば私もどうでもいい。気にしない。むしろ聡のために利用する)
「ならどうする? お前の目の前に、妬ましい私がいるぞ、お前が欲しい
式神はオールドローズの煽りに一瞬で沸点を超えた。最悪の執事は柔らかに微笑むと優雅に一礼した。慇懃無礼はオールドローズへの攻撃的仕草だった。
「All Right. 乗って差し上げましょう、吸血鬼。……冬川さん」
「……なんだ、執事」
あまりにもイカレた嗜好と願望をカミングアウトした式神にちょっと引いている賢一だった。
「ここはわたくしと――フェリティシアさんが受け持ちます。黒幕を倒して人形のパーツを持ってきてください。待ってますので」
「!?」
いきなり一方的に殿を任せられたフェリティシアは驚愕した。と同時に背後から迫ってくる大量の動物の銅像たちに彼女は莫大な数の人形を顕現させる。木彫り人形たちは、銅像の津波を一手に押しとどめた。
「……ああもう! 結果的にそうなっちゃったんだけど!! 言われて咄嗟にやっちゃったよ!!」
例えオールドローズに怒りの全てを向けていようが、式神は全方位加虐生命体だった。うまいこと言葉で誘導されたフェリティシアはヤケクソで後ろから迫ってくる動物たちを食い止めては地面に糸で縫い付けていた。
はからずして役割の割り振りは完了している。ならば――。
賢一は四角いカバンから三日月を取り出すと、傍に浮かせた。加えて中身を取り出した四角いカバンをフェリティシアへ投げる。
フェリティシアは多くの人形で、そのカバンを受け取った。
「任せたフェリティシア! やばくなったらソレを使え! あとすぐにだけは倒されるなよ執事!!」
賢一はパーティ会場へと駆けだすだけだ。特に妨害を受けることもなく、賢一はホテル内に侵入することができたのであった。
「……おや、見逃してよかったのですか? オールドローズ」
「一人だけで何が出来る。それに、どうせパーティ会場にも奴がいるのだ。せいぜい殺し合えば良い」
オールドローズは肩を竦めた。オールドローズは賢一がどのような変能であり、どんな戦い方をするかは知らない。吸血鬼が聡に受けた命令は執事を打ち倒すことだ。賢一とフェリティシアの優先度は低い。
(ああ、そうか――、これが私の変能か)
とオールドローズは胸にストンと落ちた。命令だ。式神に同属と表されたオールドローズの変能は、命令を中核とする受託能力だ。主に命令されると、その命令を叶えるために、オールドローズは本気になることができる。自身の限界を超えることができる。
そうだ、そもそも八百年の怒りを台無しにするような、オールドローズが変能であるという指摘に、あんなにすぐに冷静になれるわけがない。
落ち着けた理由は、聡の命令だ。そしてオールドローズが受けた命令は、式神を打倒すること。
(素晴らしい。負ける理由がない)
攻撃態勢に移らないオールドローズに式神はにんまりと微笑む。
「おやぁ? かかってこないので? いやはや、敗北感を乗り越えられていないんですかね? だとしたら、少し、可笑しいと存じますが……」
式神の見当違いな台詞にオールドローズは哂った。
「舐めるなよ。要はお前からショックを受けなければいいんだろ? 万国びっくり人間ショーだろうが、世紀の手品だろうがかかってこい。驚きゃしないさ。もちろん、罵倒でもな」
式神は苦笑した。オールドローズはすっかり落ち着き払った態度だ。
「ありゃりゃ、すっかり覚悟完了しちゃってやりづらいですねぇ」
(まぁ、それでも負けるつもりは毛頭―――)
「私を―――」
式神の隣に立っていたのはしずねだった。しずねは拳を振りかぶっていた。
「え?」
「無視するなァァァァァァァァァァァァ」
振りぬかれた拳は、正確に式神の横っ面を捉えた。錐もみ回転しながら、式神は木々の中に突っ込む。数本の木をなぎ倒して、彼は地面に横たわった。
「ああ! 初めて人を殴りました! 暴力なんて嫌いです!」
しずねは式神を殴った手をもう片方の手で包みながら、怒り心頭だった。世界そのものに対して怒気を叩きつけるように気炎を吐きだす。
「いってぇ……。……ああ、”自分より年下の少女の強化”ですか。なんとも面倒くさい」
“妹”の強化。常盤しずねは、ルカジャン・ゲイリーによって強化されている。式神が把握しているよりもしずねのステータスは上昇していた。忍び寄る力も。パンチ力も。
「そら、ノびている暇はあるのか?」
真っ赤な吸血鬼が悠々な足取りで迫る。吹き飛んだ材木を踏み潰し、純粋な暴力が哂っていた。
「……ああ、ホント、貧乏くじでございます」
式神は少しだけ身を起こし、吸血鬼とかつての協力者令嬢を見て、困ったように微笑んだ。
賢一は肩に抱えていたダークスター(式神状態)を途中で地面におろした。
「おい、起きろ。軽いけどずっと抱えてると重い。つーかなんで俺はこいつを運んでたんだ?」
バシバシと賢一は軽く偽執事の頬を叩くが、ダークスターは気絶したままだった。仕方ないので賢一は彼を放置することにした。
パーティ会場の片割れである庭園に侵入した賢一は、なんの歓迎も受けなかった。手荒な歓迎もだ、ただ純粋に静寂だけが庭園を支配している。恐る恐るホールへと入るが変化はない。気絶した警察庁霊障対策室の職員たち三十人と人間の銅像だち。子供の銅像へ警戒して近づくが、彼ら彼女らは動くことはなかった。妹の強化、自立行動がルカジャン・ゲイリーの変能のはずだが、何らかのルールにより銅像と化した人間たちはルカジャンの変能による干渉はできないらしい。
ひとまず安心だった。くんくんと賢一は鼻を動かす。ルカジャンはついさっきここを通った。
「こっちだ、嗅いだにおいがする」
迷いなく、賢一はホールの扉を開けて、廊下を駆ける。
二階へ上がる階段。その踏み場の一つに、腰かけているのはルカジャン・ゲイリーだった。
まるで玉座に座る王のごとく、兄はそこにいた。
「やぁ、楽にしてくれ」
「お構いなく。俺にとっちゃここにあるものは全て、俺に向けられた凶器だしな」
物が浮遊していないし、手すりの窓も暴れていないが、ホテルショコラガーデンは、ルカジャンの妹だ。わざわざ彼が
だがルカジャンは悲しそうな様子だった。
「武器じゃない。大切な妹だ。……と、こう言ったところで信じてもらえるはずもないか」
賢一はルカジャンの言葉に、首を振った。
「……んにゃ、信じるぜ。大切なものを使い捨てるような変能が自分にあるのって、嫌だよな。凶器って言ったのは謝るよ」
「お前は―――、そうか」
「ああ、そうだ」
ルカジャンと賢一は同意した。ならば当然だ。賢一がルカジャンを否定できるわけがない。同じ種類の変能を持っているのだから。
オールドローズと式神のような同じ性癖が歪な鏡のように相似しているのとは違う。能力が、悲しい。ここで初めてルカジャンと賢一は、互いとまともに向き合った。
そして向き合ってしまえば、他人の意思を尊重する賢一は、言わざるおえない。聞かざる負えない。相互理解の第一歩。
「まずは話でもするか? 性癖でもぶちまけてさ」
「ふん、そうか、そうだな……」
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