第15話

 式神は共鳴するパーツの持ち主……賢一の元まで走っていく。

 賢一は走ってくる執事に気づいた。つい先ほど嗅いだ左足パーツの匂いを感じ、賢一は声を掛ける。


「おお、無事だったかダークスター……」


 勢い込んで走る執事の前に飛び出した人形師は、セリフを途中まで言って驚いたように呟いた。人形ミクロコスモスのパーツの匂いが三つする。執事が、執事を抱えている。

 そして包帯塗れの執事は物腰柔らかに微笑んでいた。


「……本物じゃねーか!!」

「へい! 冬川さんパス!!」


 そして投げられるもうひとりの執事(偽)。美少年じみた体格とはいえ、男は男。賢一はごふぅと、お腹の中から空気を吐き出しながら後ろによろめいた。賢一は肩へ抱える形でダークスター(式神形態)をどうにか抱える。

 その合間にバッと両手を広げた式神は、化け物めいた腕の速さを発揮し、最後に額にきゅっと包帯を巻いて応急処置を完成させた。


「迎撃するならお好きにどうぞ!」


 一方的に告げると執事は賢一とフェリティシアの横を駆け抜けていった。


「なに、あいつあぶないわ……」


 ドドドドド……という音がフェリティシアの言葉をかき消す。賢一は苛ついたように叫んだ。


「撒いたわけじゃねぇのかよ!!」


 賢一とフェリティシアは響きの発生源へと目を向ける。

 実寸大の動物の群とあまりにも巨大な狼が、全てを飲み込まんと波のように迫ってきていた。


「わぁ……」


 フェリティシアは呆けたように言った。

 二人の決断は早かった。先ほどの式神を追いかけるように、賢一とフェリティシアは駆けだす。


「これはひどい、ろくでもない、ネタはネタでも厄ネタだよ!」

「なんかこっちも標的にされてるぞっ!! てか軽ッ! こいつ軽ッ!!」


 賢一は肩に乗ったダークスターの重みに驚く。ちなみにダークスターは体重も仮装できるので、賢一が感じる体重は式神のものだった。


「これ完全にあの黒幕シスコンの仕業じゃないかな!! どんな強硬策!?」

「あれ? これ誰の仕業がご存じなんですか? 教えていただきたいのですが」


 全身包帯まみれの執事が少しペースを落として、賢一たちに併走する位置に来ていた。フェリティシアの言葉に反応したらしい。そして、こんな時でも律儀に答えるのが賢一だ。


「ルカジャン・ゲイリー!! 推定この人形ミクロコスモスの開催者! 変能は、推測でしかないが、有機物無機物問わず妹――年下の少女を強化し操ることだッ!」

「ありがとうございます。ふむ、監視カメラ……いえ、庭園全域にカメラはない……カメラのない場所にわたくしは隠れていた……近くに潜んで直接見ている? いえ、パーツを手放すとは思えない……カラス? いや、さすがにそんな大きなものには気づく……大きさ? ……あ、ああ、ああ、そういうことですか!」


 なにかに思い至ったように、式神は自身の首を右手のひらで覆った。首筋には蚊に吸われた跡があった。




 戦場跡のごとき有り様のセキュリティルーム。監視カメラを映す画面に、一匹の蚊が映っている。その血を吸って身体を膨らませた蚊はただカメラのレンズに止まっているようだったルカジャンは、そのただの蚊の映像に満足げに頷いていた。、いかなる原理か、彼はもちろんから情報を得て、を通じてお願いをしている……。


「……血を吸う蚊はメスだけだ。例えそれが産卵のための吸血であろうと、俺は認めよう。だからは、俺に教えてくれるのさ。……妹を助けるのは全人類の義務であるが、妹たちが力を合わせて兄を助けるのもまた全人類の最高の事業なのだから」


 とち狂った思想だが、故に彼は兄の変能を持つルカジャン・ゲイリーなのだ。庭園を這いずる参加者たちが、倒されるのは時間の問題だった。他の場所にも参加者がいるが、問題ない。


「だから、わかってるぞ、無駄だ、無駄だ。空を飛び続けたところで――兄妹おれたちたちからは逃げられない」


 ルカジャンはセキュリティルームを颯爽と後にした。


 ホテル上空で、聡は意識を取り戻した。そして視界が赤蝙蝠の群れで染まっていることに、彼は驚愕した。


「ぎゃあああああああああああああ!!! 何!? 何!? 何!? 何が起こってるんだぁ!?」

「落ち着け聡、私だ。お前のオールドローズだよ」

「ああ!? オールドローズ!?」


 聡は周囲を見渡す、三百六十度赤蝙蝠がびっちりと詰まってそれぞれが好き勝手に羽ばたいていた。

 聞き慣れた不敵な少女の声は聡の正面にいる赤蝙蝠から聞こえた。蝙蝠たちの違いがわからない聡であるが、声がした蝙蝠がオールドローズの顔なのだろうとそちらへぼんやりとした視線を向ける。


「オールドローズ……そうか、そうだよな、吸血鬼だもんな……あれから何があった?」

「そう大したことはない。あの執事に逃げられたが、我々は無傷に等しい。それと……んむ、絨毯に襲われたが、まぁ脱出はできたから無問題だとも」

「は? 絨毯?」


 聡はオウム返しに言った。意味がわからない。


「つーか脱出……? ここどこだ? お前の蝙蝠で見えないんだけど」

「ショコラガーデンの、庭園上空だな」

「……は? 上空?」


 またもうや聡はオウム返しに言った。三百六十度蝙蝠に隙間なく囲われた球体の中に聡はいた。外から見れば、真っ赤な蝙蝠で出来た丸いものがふわふわ浮いてるように見えていた。

 聡はわけがわからないといった様子だった。


「いったい僕が気絶している間、何があったんだ? ……つーかもー、また負けたじゃねぇか! オールドローズ!」


 言葉の途中で、眠気から覚めるように正気を取り戻した聡は式神にまたしてもしてやられたことに気づき、一瞬で沸騰した。

 オールドローズは、んむ、と平静に返した。どんな言葉を弄そうとも式神に負けてパーツを奪われたことは否定できない。


「やっぱ駄目じゃねぇかよぉ……」


 聡はすっかり気力が萎えてしまった。レストランで遭遇した時は先手必勝とばかりに意識を奪われ、変能に対し対策をとれたかと思えば、その油断を逆手に取られてやりこめられしまった。

 オールドローズを責める気力すらない。自虐に囚われて、聡は天を仰ぐよう脱力してしまった。


(化け物だの変能だの異常存在に殴り込みにいける器が僕にはないのかもしれねぇな……。魔術が残りモノってことも知っちゃいましたし? ……もうなんもやる気おきねぇ)


 すっかり心折れてしまった聡へ活力を入れるのが、従僕たるオールドローズの仕事だった。


「なぁに、聡。これくらい軽い軽い……」

「なにテキトーなこと言ってんだよ、こっからどうすりゃいいのさ」


 オールドローズへ対して緊張と調子のよさが合わさったハイテンションを失って、聡は半目で赤蝙蝠を見つめた。


「我々は切り・・・を手に入れてるんだよ、聡、これがあれば、執事に今度こそ勝てるぞ、間違いない」

「あー? 切り札?」


 意気地を失った聡の眼前に一塊の蝙蝠の群れが、彼女を運んでくる。赤蝙蝠の球体に包んでいたもう一人の人間。

 式神がバイクに乗せて運び、聡とオールドローズの前で頭を打ちぬいた少女だった。


「う、うわあああああ!? 死体?! 死体に聞くのか!?」


 少女が拳銃で殺されたのは、聡の記憶に新しい。恐慌状態に陥っていた聡へオールドローズは仕方なさそうに、でも愉快そうに笑って告げる。


「早とちりするなよ、主……こいつはまだ。さぁ、こいつを使え!」

「……え? え? 僕が!?」


 いくら言葉を弄しても活力が入らないというのなら、動かざるおえない状況に放り込めばよい。オールドローズは聡に見えないところで少女へ活を入れる。

 令嬢の瞼が薄っすらと開いたのを見て、聡は腰を抜かさんばかりに慌てる。


「ってホントに意識を取り戻しそうじゃないか! 尋問やるのか!? やるしかないのかぁ!?」




「さて? 常盤の……しずねだったか? お前には黙秘権なんて生易しいモノは存在しない。聞かれたことには正直に答えろ、いいな?」


 目覚めた常盤しずねに聡は皮肉げな笑みを浮かべながら尋問を開始した。聡がしずねの名前を知っているのは式神が彼の名前でしずね様と呼び掛けていたからだった。


「……勝手にすれば、いいじゃないですか」


 しずねは赤蝙蝠に満ちた空間で偉そうに座る聡へ投げやりな態度で応えた。気色の悪い真っ赤な蝙蝠に座り、視界一杯にぎちぎちに詰まっていたとしても。怯える気力すら、しずねにはなかった。


「まず聞くが、あの執事とお前の関係性はなんだ?」

「……主と執事。そのはずです」


 常盤しずねと式神は雇用関係にある。給金を払い、自身専属の従僕として式神を雇っていた。


「頭ぶち抜かれたのにか? とんだ執事だな」


 だが事実として、しずねは式神に撃たれた。とんとんと自らの頭を人差し指で叩く聡。だがしずねは慌てて弁明した。


「ち、違います! そもそもアレは空砲だったんです! なにか理由があったんですよ!」

「君が思っているようなお優しい理由じゃ絶対にないと思うけどねー。というか万一そうだったとして、君を置いていくわけないだろ?」

「うっ……」


 儚くも式神を信じようとするしずねだったが、現実は残酷だった。


「ま、どうでもいいや。次の質問、あの執事はどんな奴で、どんな異能を持ってる? 知ってる分だけでいいから教えろ」


 聡の問いにしずねは過去というほどでもない、数カ月前を思い返す。ふらりと常盤家に現れた、ずば抜けて優秀な執事のことを・


「彼は――式神は、とても優しくて、素晴らしい執事なんです。なんでもできましたし、無茶を言っても文句ひとつなく、あっというような方法で叶えてくれる。それに、私ですらびっくりするくらい、お嬢様命で……。なにをするにもお嬢様お嬢様言っていて……絶対に主に、危害もなにも与えないとわかりました。だから、私はとても愛おしくなって、だから傍仕えにして……」


 ずっと傍にいた。ずっと自分を守って、尊重してくれていた。少なくともしずねはそう思っている。

 聡は複雑な気持ちになったが、表情には出さずに質問を続ける。


「 ……ふーん、異能は?」

「……知りません。聞いてもはぐらかされました。安心してみていてくださいって」


 式神の周りでは不思議なことがよく起こる。神出鬼没という言葉がふさわしく、突然現れ、突然消える。奇術のような男だった。


「……んじゃあ、最後の質問だ。……”その式神のお嬢様は、自分ことだと思うか?”」


 しずねは聡の、その致命的な質問に背筋を凍らせた。


「な……に」


 理解ができないと言った様子のしずねに、聡は懇切丁寧に説明する。


「非常に簡単なことだ。あいつは一度でも、お前を”お嬢様”と呼んだか? 違うよなぁ? 覚えてるぞ、僕は。あいつは”しずね様”とお前を呼んでいたじゃないか。呼び分ける意味はあるのか? 仕えるのがお前だけなら、そんな必要ないだろう?」


 そもそもの話。式神が“お嬢様”と口にするときと、しずね様と口にする時では明らかに熱量が違う。情熱と言ってもいい。聞いてる側の頭がおかしくなりそうな、情欲と思想を向ける対象に、しずねという令嬢は相応しくない。

 聡の確信に満ちた話に、しずねは子供が駄々を捏ねるように否定した。


「 ……そ、そんな、そんな馬鹿がことがあるものですかぁ!! ふざけるのも大概にししてください! 式神を愚弄しないで……ッ!!」


 しずねの眼前に一匹の赤蝙蝠が羽ばたいた。その蝙蝠は落ち着いた少女の声を発する。


「いや、しずね。私も同意見だ。あいつのお嬢様は、別にいる。キツイことを聞くが……もしや、あいつは、人形ミクロコスモスの話と一緒に、お前に接触したのではないか?」

「……っ!?」


 しずねは息を詰まらせ、俯いた。それがなにより雄弁な答えだった。聡は怒りを表明するような暗い笑みで皮肉げに言った。


「なんて言われたかあててやるよ。”なんでも願いが叶う魔法が、欲しくはないか?”だ」


 オールドローズの誘い文句である。だがしずねは首を振った。


「……そうじゃない、違いますよ……。”お嬢様のために、なんでも叶う魔法が欲しいのです、協力してください”です」


 しずねの言葉を聞き、ドン引きする聡。式神の最悪性を舐めていた。彼はただひたすらに、異常なまでに傲慢で、自己愛の化身だが、人を騙して悦に浸る性格ではない。

 つまるところ、すれ違いだった。


「……ある意味、利用されて捨てられていた方がまだマシなのか……最初っから眼中になくて、ただの協力者扱いだったっつーことか」


 意図的に騙したわけですらない。彼は最初から常盤しずねとお嬢様を分けていた。自明の理だったからそれを説明しなかっただけだった。自身に懸想に、ひたすら協力してくれた常盤しずねを道化に引きずり落とす、無自覚な悪魔の名、それが式神だった。


「ハッハッハッ、 わかってはいたがあのクソ従者サーヴァント最悪だな」

「彼は……あの人は悪くない、です……」


 ボタボタと涙を垂らしながら、小さなくなってしまった令嬢は嗚咽混じりに、吸血鬼とその主の言葉を否定する。聡以上に、弁明の余地すらなく道化だったしずねは、式神を庇う。


「わた、私が……勘違いしてたんです、式神は、嘘なんか、吐いてません……一度もです……」


 悲痛な姿だった。ねじ曲がった性格をしている聡も、哂うことが生き様であるオールドローズも、掛ける言葉が見つからない。笑うなんてもっての他だった。

 道化。ここにいる一人とここである化け物には、他人事ではないのだ。彼と彼女は、道化の側面を孕む存在だ。


「んむ、我が主……」

「……なんだ」


 オールドローズに八百年以上開いたことのない胸の内を、怯え竦み調子に乗る姿が生える人間に伝えた。


。人も殺せず、彷徨うだけの。永い時を漂って、どれだけ古くなったとしても、いかんせん私はローズのままだ。……この小娘と、何も変わらん」


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