第13話

 賢一とフェリティシアは庭園の奥も奥へ逃げて、その場に腰を下ろした。庭園と言ってもパーティ会場に使われていた部分ではなく、離れた場所だった。

 ショコラガーデンの名の通り、このホテルの自慢は庭である……庭園は建物を囲うように大きく広がっていた。


「はぁ、はぁ。展開がジェットコースター過ぎる……」


 フェリティシアは冷や汗を流しつつ地面へ腕をつく。魑魅魍魎が蠢くホテルだ。予測不能は当然だが、それにしたって勢いが過ぎるとフェリティシアは肩を落とした。

 賢一は……唖然とした表情でフェリティシアを見ていた。


「フェ、フェリティシア……?」

「なに? 賢一?」

「お前それ……身体……」

「身体?」


 フェリティシアは不思議そうに自分の肉体を見下ろした。

 腹に複数の大穴が開き、肩がえぐれていた。


「あら?」


 フェリティシアは自分の顔を触ってみる。右目から顎にかけても盛大に吹き飛んでいた。


「あー………私だけ集中攻撃喰らってた……みた……い……」


 フェリティシアはバタリと棒のように倒れた。賢一は焦ってフェリティシアの傍による。


「なんで生きているんだお前?」

「掛ける言、葉ひどくない……?」

「いやジョークじゃなくてだ。血も出てねぇし、喋れてるし」

「……私の身体はね、人形で出来ているのさ」

「にんぎょぉ?」


 賢一はフェリティシアの手を取って匂いを嗅いだ。


「嘘吐けよ、人間の匂いしかしねぇぞ」

「少しは、ためらいなよ……そうじゃなくて……私は人形の人間のハーフなんだよ」

「………???」


 賢一がわけがわからないと顔面いっぱいに表現した。


「私はハートさえあれば……補修できる……ルノアールなのさ」



 フェリティシア・ルノアールの出身であるルノアール一族は、人形制作者の里であると共に人形の里だった。なぜならばルノアールの始祖は、人形だったからだ。

 何かの比喩というわけではない。正真正銘の人形だ。創造者に作られた始祖は人と交わることのできる人形だった。創造者と人形の間に子が生まれ、その子がまた人間と交わり、人形と人間のハーフ同士が婚姻したり……そんなことを繰り返し、イタリアの秘境にある人形の里は形となった。


「子供が作れて、自分の意思で生きてて、社会を構成する? それ人間だろ。絶対人形じゃねぇ。ハーフもクソもない」

「私もそう思うよ。くくっ……」

「んで、どーすりゃいいんだ? 病院に連れていく?」

「いらないよ。さっきも言ったけど補修すればいいのさ」


 フェリティシアは懐から白い木彫りの人形を取り出した。その人形がポンと弾けるとフェリティシアとまったく同じ姿の女性が出現した。


「うわ……」


 賢一は絶句する。これは人形だ。人形の匂いがする。


「ちょっと待っててね……すぐ終わるから」


 フェリティシアが糸を操るとセリーヌが人形遣いの懐から飛び出して、穴だらけのフェリティシアの胸を切り裂いた。

 賢一は目を見開いてその姿を見る。セリーヌはフェリティシアの心臓の部分からソレを取り出した。

 青い色をした木製のハートだった。デフォルメされた三次元のハートマークはセリーヌに運ばれて、人形のフェリティシアの胸の中に収められる。

 セリーヌはあっという間に人形のフェリティシアの胸を縫合した。賢一の感覚はその変化を捉える。人形のフェリティシアの手足肉体に生命力が廻る。

 ぱちりと無傷のフェリティシアは青い目を見開いた。


「よし、復活!」


 フェリティシアは起き上がるとぐるぐると肩を回した。賢一はしげしげとフェリティシアを眺めた。


「驚いた。本当に人形が人間になったな。便利な身体だ」

「そうでもないよ。私は始祖様からかなーり血が遠いからね。普通に歳を取るし、死ぬ時は死ぬし……血がないから表社会だと結構生きづらかったりする」

「ふーん……? しかし容赦ねぇな。マジで殺しにきたってことだろあいつ。兄だ妹だ………そうか、奴は兄か」


 賢一は呟く。フェリティシアは賢一へ視線を向けた。


「兄?」

「妹を……支配? いや。違うな……強化してるんだと、思う」


 妹を支配する兄には見えなかった。それにしては言葉に妹への情愛がこもり過ぎていた。


「妹?? 強化?? いや妹だの兄だのは言ってたけど……え、変能?」

「変能以外の何物でもねぇだろ、あの野郎」


 ルカジャン・ゲイリーはどう見ても変質者だった。扉越しの会話は理性的に進められたが、ドアを開けて一皮むけば、である。

 能力のスケールもデカすぎる。この世界では、神様だってあんな真似はできない。ならば当然の帰結として、ルカジャンもまた変能だった。


「いやいや、おかしいでしょ、妹の強化? それならあんなふうに物が浮いて突撃してくる理由がわからないわ」


 フェリティシアは常識的に疑問を呈した。賢一の分析と起こってる現象が対応していない。だが、賢一は絞り出すような声で疑問に答えた。


「………ショコラだ」

「え?」

「奴は呼びかけてただろ。と……俺は良く知らんが……このホテルは、施工からそんなに経ってないはずだ」


 ホテル中を回っていれば嫌でもわかる。新築というほどでもないが、ショコラガーデンは真新しいホテルだ。壁にも床にも綻びは少なく、色は鮮やかで……恐らく築十年も経っていない。


「……いやいやいや、ちょっと待って」


 フェリティシアは恐ろしい予測に身を震わせる。


「あいつは歳喰ってるようには見えないが、それでもショコラガーデンの方が年下だろうよ」

「だから待ってって!!」


 先ほど起こった騒乱の原因を賢一は断言した。


「『妹』は……だ!!」

「うわぁ! 聞きたくない! 聞きたくなかった!!」


 フェリティシアは叫んだ。年下で“ショコラ”ガーデンという可愛らしい名前をしているのだから妹だ。そんなことを本気で考えるばかがいて。ショコラガーデンが妹になって自分たちの敵になってる。

 頭がおかしくなりそうなロジックだった。故にそれは変能だった。


「それなら、この場所そのものが! 敵じゃない! そんなの、そんなの、ルカジャンにとって有利すぎるでしょ! ふざけてる!」


 だが頭がおかしい論理だろうと成立しているものは成立している。虚妄ではなく現実の理由であるならば、理由にもまた理由があるものだ。


「有利過ぎる……ショコラガーデンで逢いましょう……」


 賢一はうわごとのように言った。十中八九正しいだろう、という予測がついてしまった。不明だった事柄の一つ。この乱痴気騒ぎを始めたのは。パーツを送り付け、ショコラガーデンへ呼び寄せたのは誰か。

 もしも戦場を決められるのならば、よっぽどの愚か者でもない限り、自身に有利な場所を選ぶだろう。最初から戦場を知っていれば、最高に優位な場所に陣取るだろう。

 だから彼はショコラガーデンを主戦場に選んだ。

 だから彼はホテルを一挙に監視できて、パーツの共鳴も地下へ降りなければ起きないセキュリティルームを根城に選んだ。

 状況が指し示す。このふざけた夜の主犯。黒幕――主催者。


「ルカジャン・ゲイリーが、人形ミクロコスモス争奪戦スクランブルの開催者だ」


 賢一は確信した。聡明なフェリティシアも遅れてその事実に気づく。続いて、あらゆる意味で優位に立っていたルカジャンの悪辣さに頭を悩ませる。

 フェリティシアは賢一へ対ルカジャン策を提案した。


「これ、乱戦とか言ってる場合じゃないわね……賢一、組みましょ」

「ああ、組めるだけ、組むぞ」


 賢一は頷く。五つの陣営が一つずつ対立して争う――など言ってられない。そもそも四:一にしなければ勝ち目が見えない可能性がある。ルカジャン以外の参加者で同盟を組まなければ、戦いが成立するかも疑問だった。

 戦いは新たな局面を迎えたと、賢一は気合を入れて立ち上がった。続いてフェリティシアも立ち上がる。

 だが、今度は二人から少し離れた場所で、ガサッと植木が揺れて――。


「こんばんは、さっきぶりですね」


 ひょっこりと執事服の男が顔を出した。冬川賢一にフェリティシア・ルノアールが間違えるはずもない。柔和で優しげな美少年風のその容貌は、先ほど遭遇した式神のものだった。


「お前……」

「おっと! 攻撃しないで下さいよ。手ぇあげてますから、無抵抗無抵抗。話し合いに来たんです」


 式神はへらへらした様子で両手をあげて振る。賢一は憮然とした態度で応えた。


「……なんの用だよ」

「賢一……」


 フェリティシアは彼の名前を心配そうに呼ぶ。式神と“会話”は悪手だ。彼の罵倒の効き目が二人とも悪いとは言え、油断して良い変能ではない。

 しかし賢一は余裕だった。


「ああ、大丈夫だ。もう俺は折られねぇ。いや、それでなくともさ」

「……はぁ、ならいいんだけど……」


 他の参加者と組むのが必要だと判明したのだ。同盟の提案はどうあってもしなくてはならない。フェリティシアは経過を見守ることにした。

 対して式神はひどくおどけて、苦笑しながら頭を掻いた。


「いやー、ハハ、実はですね、わたくしのお嬢様が……その、浚われちゃいまして。助けてほしいなーって」

「あー? そりゃ大変だな」


 賢一は他人事のように言った。式神は眉をハの字にする。


「ほんとうにもう、この人形の取り合いから降りますから、はい。協力して欲しいのですよ。ほら、わたくし、人形のパーツ持っているでしょう?」

「……ああ、持ってはいるな。俺が持ってるパーツと共鳴してる。んじゃぁ、さ、近づいてよく見せてくれよ……」

「見せるだけですからね! これは手伝ってくれた後の報酬ですから! もし奪おうとするなら、わたくし、あなたたちをボッコボコにしますよ。ほら、人形の操作をしないで……手を放して……あなたもです。無駄な戦いなんかしたくないでしょう? わたくしの力をよく知っているならなおさら、ね」


 すたりすたりと賢一に近づく執事。その歩みは自信満々だった。


「ああ、そうだな。ごちゃごちゃ言ってないでよく見せてくれよ。その―――を」


 一拍、たった一拍だった。


「はえ?」


 その刹那に賢一は執事の前に踏み込み関節技をかけ、彼を制圧していた。


「アダダダダダダッ、なにをするんだ、ですか!?」

「奴が最初に持っていたのはなんだよ、足じゃない。そもそも奴は二個のパーツを持ってるはずだ。ああ、……覚えてるぞ、その、その味。お前、着ぐるみヤローだろ」


 賢一には最初からわかっていた。彼は人形への愛の力により、人形ミクロコスモスの匂いをかぎ取ることができる。パーツはただ共鳴するだけだが、彼はどの部品かも嗅ぎ取れるのだ。ゆえに執事の正体が彦星くんであることはお見通しだった。

 賢一は彦星くんが式神に追い詰められている場面で、においがする! と執事は腕で着ぐるみは足! と酔ったように情報をぶちまけていたのだが……。痛みと絶望に意識を持っていかれていた彦星くんはそのセリフをちゃんと聞いていなかったのだった。


「うゆゆゆゆゆ!!? くぅ、バレてたのなら最初に言ってよ! 無駄な努力しちゃったじゃないか!」


 式神とは似ても似つかない言動で叫ぶ執事(?)。その瞬間、彼の顔が縦に真っ二つに裂けた。しかし、血しぶきなどのグロテクスな様相を見せることはない。ちゅるんと彼は変身した。まさしくそのような擬音にしか感じられなかっただが、ちゅるん、だ。

 小柄な少年だった。真っ黒な襟を立てたトレンチコートに黒いズボン。顔には真っ白な、笑顔を意味する切れ込みの入った仮面がついている。

 その小柄な少年は地面に二本足で立ち、ポケットに両手を突っ込んでいた。


「覚えてろよ! つ、月のない夜に気を付けることだね!」


 そしてたぬろりと――まさしくそのような擬音にしか思えなかったパート2――嘘のようにその仮面の少年は消えてしまった。

 あと月のない夜と言ったところで、今夜の月は満月を二日過ぎたぐらいの真ん丸さだ。微妙に文脈がずれている。

 だが彼が逃げ出すことは叶わなかった。経過を見守っていた。言い換えれば油断なく観察していたフェリティシアは正確に動き出す。現れた執事の正体が式神ではなく彦星のカリカチュアだったのは驚きだが、それで器用さを失うフェリティシアではない。


「逃がすわけないでしょ」


 フェリティシアの呆れたような声と共に劈く爆音。収納人形から上空で展開された鉤爪の人形たちが地上へ降り注ぐ。


「ぽぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 ガシガシガシガシッと地面へ突き刺さる鉤爪人形たち。フェリティシアは小型動物になって地面を這って逃げようとした彦星くんを捕まえることに成功した。鉤爪で逃げ場を奪い、人形たちの物量で彼を完全に確保する。


「いちいち声とか動きの擬音がおかしくない?」

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