第10話

 対話を欠かさない賢一は名乗りもしっかりと行う。


「俺の名前は賢一、冬川賢一だよ。こっちの人は、まぁ見ていただろうがフェリティシア・ルノアールだ」

「どうも、フェリティシアよ」

「よし、名前を教えろよ。ついでに性癖をぶちまけてもいいぜ?」


 返答は、あった。


「………ルカジャン・ゲイリー、だ。性癖については、ノーコメント」

「ルカ?」


 フェリティシアの言に銀縁眼鏡の男、ルカジャンは否定する。


「違う、ルカジャンまでが名前だ。別に、あなたにどう呼ばれようと、私は気にしないが」


 心底どうでもいいというような口調だった。フェリティシアはルカジャンの態度に気分を害することもなく素直に謝る。


「あら、そう、ごめんね、ルカジャン」


 次に言葉を発するのは賢一である。


「ふーん、ならルカジャン。アンタはこのホテルの戦況がわかっているんだよな?」

「ああ」


 賢一の言葉を肯定するルカジャン。作戦がバレている状態で誤魔化すのは無意味だ。


「それを――他の参加者の情報をいくつか教えてくれたら、今回だけは見逃してもいいぜ?」


 突然の賢い提案にフェリティシアは驚愕した。賢一の口からから、そんな交渉事が出るなんて信じられなかった。


「え!? 賢一、あなたそういう駆け引きするの? ていうかできたんだ」


 賢一は不服そうにフェリティシアを見返す。


「お前、俺のことなんだと思ってんだよ。情報を隠す趣味がねぇだけで俺は馬鹿じゃないからな?」

「趣味云々で命賭けてるあたりただの馬鹿だと思うけど……」


 情報を隠す趣味がないからと、弱点になるかもしれない名前やらなにやら垂れ流しにする男は、まぁ馬鹿である。

 一番賢いと名前についた賢一は、鼻をふんと鳴らしてシニカルに告げた。


「お前人のこと言えんのか、セカンドチャンス」

「………………………」


 痛烈なカウンターにフェリティシアは押し黙った。一緒にされたくないとか、あなた私に二度危機を救われてるけど三度目あるの思ってるの、とか。あなたそれに助けられたと思うんだけど? とか。それはもうたくさん思ったが聡明で大人なフェリティシア・ルノアールは賢一の売り言葉を沈黙によってスルーする。

 さて、そんな賢一とフェリティシアの掛け合いは置いておいて。

 ルカジャンは賢一の取引を吟味する。答えが出たのか、二十秒ほど経った頃ルカジャンは絞り出すように言った。


「………いいでしょう。しばらくお待ちください」

「おう、しばらくお待ちするぜ」


 賢一は片手をつきだし、元気よく了承した。あとお待ち~は尊敬語だ、自分で言うな、とフェリティシアは言いかけたが、日本語ネイティブではないのでツッコミは差し控えた。

 その代わり感心を素直に伝える。


「双方に利益のある提案ね、私たちは参加者の情報がわかる。ルカジャンは代わらず引きこもれる……」


 セキュリティルームへ押し入ってルカジャンを打倒し、人形ミクロコスモスのパーツと一緒にセキュリティルームも奪取してしても良かった、と彼女は頭の片隅で思う。

 だが情報を引き出すかルカジャンを攻撃するか、どちらが正しいかは一概には断言できないこともフェリティシアはわかっていた。敵はルカジャン・ゲイリーだけではないのだ。オールドローズやら式神やら彦星くんやら……それに、ルカジャンを襲うなら後でもできる。もっと効率的に。そしてそれは賢一も考えているはずだ。

 フェリティシアと賢一は顔を合わせ、頷いた。

 そんな不吉な、無言のやり取りを知らない……セキュリティルーム前は監視カメラがついていない……ルカジャン・ゲイリーは扉越しに告げる。


「では二点だけお教えしましょう。まず一つ、着ぐるみの彦星ですが……彼は変身能力の持ち主なようです」

「変身、ねぇ。具体的には?」


 賢一は情報を出し渋るルカジャンへ具体性を要求する。曖昧な表現などいらない。ルカジャンはそれに応える。


「小さな、ネズミでしょうか? に変化したシーンがフロントのカメラに映っていたので、確かです」

「うーん、有益。有益だけど、もっと言うと位置が知りたいな。次は他の参加者の位置を教えてくれない?」


 敵の変能、能力を知っているというのはとてつもないアドバンテージだが、接触できなければそもそも敵を倒すことはできない。


「そうですか。好戦的、ですね。では……おや」


 ルカジャンはふと気づいたように言った。


「ん、どうした?」

「位置、ではあるな……ありますね。二階レストラン前で……常盤のエージェントとオールドローズたちが、接敵しました」



 賢一とフェリティシアを撒いた式神は一度最上階のスウィートルームを経由してから二階レストランへと戻った。自分が警察庁霊障対策室と共に仕込んだ捨て石、銀の指揮棒タクトの経過を見るためにだ。彼は階段を駆け足で登っていったため、エレベーターで下へと降りていくオールドローズたちと入れ違いになった。もちろん互いの存在には気づかない。

 式神が聡とオールドローズが去った後、スウィートルームに辿り着くと、そこにはズタズタに引き裂かれた部屋と銅像と化した構成員たちしかいなかった。

 故にわかったこともある。


人形ミクロコスモスというキーワードだけ教えた“霊対”が無事で、願いを叶える儀式と伝えた銀の指揮棒タクトが銅像と化していらっしゃった以上、ルールが見えた、かもしれません。ただあくまで一対一の対象実験ですからね。確証はありません。部屋が血だらけでボロボロだったことから何者かと接触した……つまり不確定要素が混じってしまった可能性もある。どこかで確かめなくては……)


 黙々と作戦を脳内で練りつつ、式神は、エレベーターに乗って二階に降りた。そして、面倒だったので変能を活かしてするりとレストランへ入り込む。しばらくニコニコと笑みを浮かべて常盤しずねの横に立っていると、ようやくしレストランの全員がいつのまにかそこにいた式神に気づいた。


「式神! 戻りましたか!」

「またしても貴様、よくわからんところから……!」


 相も変わらずしずねは式神の無事を喜び、SP達は式神を忌避していた。

 式神はどちらに対しても優雅に一礼する。


「ええ、なかなか一筋縄ではいきませんで……ふむ?」


 式神は振り向いた。懐で人形ミクロコスモスが共鳴している。


「いらっしゃいましたね」

「なに! 本当ですか」

「………式神」


 SPの統率者リーダーに名前を呼ばれて、式神は微笑を浮かべて首を傾げる。底知れぬ不穏さのある式神にやや気圧されながらも統率者リーダーは思い切って命じた。


「貴様一人で見てこい」


 SPの暴挙にしずねは声を荒げる。


「なっ――! 鈴木! 都合の良いことにわざわざここに来てるんですよ? 式神と共にチームを作ってですね……」

「しずね様!」


 鈴木と呼ばれたSPリーダーは強く自らの保護対象へ告げた。


「失礼ながら言わせていただきますが! 我々はしずね様を守るためのSPです。敵へ特攻してはしずね様を守れません。敵に対応するべきなのは、この、馬鹿げた夜に我々を巻き込んだ式神であるべきです!」

「いいえ、私が命じます! 式神も守りなさい!」

「聞けません! 式神、速く行け! テーブルの下のアレを使って敵を此処から引き離してもいい!」

「式神、少し待ってください。キッチンにいる彼の意見の聞いてみるべきではないでしょうか? それからでも遅くはありません」


 言い争う常盤しずねとSPリーダーに他のSP達は戸惑う。式神も敵が迫っている場面でやることでもないだろうと呆れた。


「はぁ」

「式神……?」


 間の抜けた溜め息のような返答に、しずねは瞠目した。


「ああ、失礼いたしました、しずね様。貴重な時間を無駄にするわけには参りませんので、……こちらにご注目ください」


 そう言って式神はしずねの目の前で両手を打ち合わせた。高らかに鳴った拍手の音にしずねはしゃっくりあげるように驚き。

 式神の変能によって、精神的ショックを受けたしずねの心が真っ白になった。そのしずねに式神は告げる。


「《一分前後の記憶を忘れてください》」

「―――」


 呆けたように口を半開きにしたしずねにSPリーダー鈴木は怒号をあげた。


「しき、式神、貴様、ついに馬脚を露し――!!」

「皆様、SPの皆様―――『役立たず共』!!!!」


 SPリーダーの言葉も聞かず、式神は彼を――彼らをより大きい声で喝破する。その罵倒はしずねの私兵(SP)の精神を吹き飛ばす。


「「「―――――」」」

「《今いらっしゃってるお客様を暴力で歓迎してください、盛大に!》」


 式神の言葉を聞いたSP達はぞろぞろとレストランの外へと出て行った。


 最上階から、適当に押した三階へエレベーターで降りたオールドローズと聡は、三階を散策した後、階段で二階へと降りた。そして階段を降り切った、廊下への一歩目でレストランにパーツ所持者がいることを把握した。入口を守る黒服の男たちとオールドローズが対峙する。

 そして二階のレストラン前に現れたオールドローズへ常盤しずねの私兵(SP)たちが襲い掛かる。彼らは思考停止したまま磨き上げられた柔術等の技を振るう。だが対人形用の暴力など、怪物であるオールドローズには届かない。


「ワンショット」


 凶器の腕が振られる。その場にいたすべてのSPたちが弾き飛ばされた。冗談のように無数の人体が宙に浮き、天井、壁、床に叩きつけられる。レストラン前に立っていたSP達は一瞬にして全滅した。


「オール・キル……なんてな! 殺してはないさ!」

「はーはっはっはっ! いやぁ、良い光景だ! スカっとするね!!」


 全員倒されたことを確認すると、聡は壁の影からひょこりと顔を出した。黒服たちを見て彼はすぐに隠れたのだ。戦闘が終わった後、悠々自適に吸血鬼に近づき、彼は喜びを露わにする。オールドローズは不敵に告げた。


「はっ、聡が良いのなら快い。お前こそが我が主なのだから」

「良いなんてもんじゃないさ。最高に使える従者と、どんな願いも叶える人形を貰えるなんて、実に僕が選ばれてて、気分がいい」


 ようやっと聡は、自身はチートな従者を得たのだと、強くて無双ゲーを行えてるのだと実感できてご満悦だった。理不尽に振り回されるのはもうオシマイ。今度は自分たちが理不尽に振り回す番だと絶好調になっていた。

 しかし、今夜に、そんな優越感は似合わない。オールドローズはレストランの出入り口に立った誰かの気配に目をやった。


「……ふん、そううまくはいかんようだぞ。本命のお出ましだ。下がれ聡」


 レストランから無防備に一人の執事服を着た青年――式神が現れた。柔和な風貌に感心の感情を映しながら、無音の足運びで周囲を見回す。


「あーあー、常盤の私兵(SP)が……。うーむ、人間以外の参加者とかマジやばいですね。こわっ」

「なんだあいつ?」


 聡は呆れる。自身の同年代だろう優男、危険性があるようには思えない。従える吸血鬼に比べれば無害な兎も同然だ。こんなに恐ろしくないのであれば、話に聞く変能でもないだろう……。


「……」


 吸血鬼は、その異様な目を執事から離さない。間違いない、二人目の変能だ。

 式神はピタリと足を止めて、聡、そしてオールドローズを真正面に観察する。真っ赤な吸血鬼を視界に収め、式神は一瞬真顔になった。あの時は奇襲して即座に離脱したから気づかなかったが、この赤い吸血鬼は……。


「……おや? あなた……わたくしと同属でございますね」

「んー? どこらへんがだ、変能?」


 オールドローズは変能きさまと一緒にされたくないという腹立たしさを隠しつつ、化け物らしく愉悦たっぷりに聞き返す。式神は肩をすくめた。


「ああ、自覚がないならいいんですよ。。……それで? いったいいかなる御用でこちらにいらっしゃったのでしょうか?」


 式神の慇懃無礼な態度に聡は堂々と言った。


「そりゃ、人形ミクロコスモスのパーツを貰いに来たのさ。後ろでひっこんでた弱虫が出てきたってことは、くれるってことでいいんだよな? お前に戦闘能力があるなら、黒服と一緒に襲い掛かってきてたはずだし」

「へー、思ったより頭は悪くないんですね。ええ、戦力の逐次投入なんて、持ち駒をすり減らすだけの愚策でございます。なるほどなるほど……」


 オールドローズは執事の薄っぺらな言葉に哂う。


「はっ! そんなこと気にするタマかよお前が。匂うぞ……己しか愛せない傲慢さがプンプンとな」

「……ふむ」


 執事の柔和な顔に浮かんでいた笑みは、おおげさで演技めいた不満に変わる。


「戦力の逐次投入? 笑わせるな。戦力・・にすら数えていないだろうが。あれは私たちを探るためのだ。……そういうことだろう? 同属とやら」


 それは怪物の論理である。それは悪魔の発想である。式神は邪悪性を以って、オールドローズを同属と呼んだ……わけではない。オールドローズの解釈は見当違いだ。式神がオールドローズを同属と断じたのは別の理由である。

 だが式神はそれを指摘しない。気づかれても不愉快だからだ。だから式神は溜め息を吐いた。


「……なるほど。お話はよぉぉぉぉく、わかりました。ふー………」


 そしてニヤリと笑う。


「ならそんなこともわからない、そこのどうでもいい彼は、『無能』ですね?」

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