第7話
「って俺が昔知り合った変能の幼女が言ってた」
長話をしながら庭園からホールへ移動した賢一はようやっと変能について話し終えた。
喉が渇いたので未使用のコップにお茶を注ぎ、ゴクゴクと勢い良く飲む賢一にフェリティシアは遅れて仰天した。
「いやいやいやいやいやいやいやいや、嘘でしょ?」
賢一から世界の
受け入れられない。賢一の
「それに、そうなるとルノアール一族だって……ああ!」
フェリティシアはポケットからスマートフォンを取り出した。確かめるにはいい手段がある。
「賢一。ちょっと待ってて」
「構わんが」
フェリティシアはスマートフォンを操作する。秘境も秘境である人形の里出身のフェリティシアは電子機器に慣れておらず、このスマートフォンも日本に来て購入したものだった。だが、人形の里には古臭いが固定電話は存在した。
つまりフェリティシアは実家の人形の里に電話を掛けたのである。国際電話だ。
『―――――』
『
『―――――?』
『少し聞きたいことがあって、あー……(イタリア語)』
フェリティシアは電話口を手で押さえて賢一へ日本語で問うた。
「変能ってイタリア語ってなんていうの?」
「知らん知らん。聞いたところによると、英語だとハードハートとかオリジナルとか言うらしいが、そんな有名じゃねぇしな。……ああ、だからオールドローズは俺をオリジナルと呼んだのか」
賢一は口に出してから納得する。赤い吸血鬼は大仰な物言いだったが、あれでオールドローズなりに筋道通った台詞を吐いていたらしい。
フェリティシアはありがと、と短く告げると電話口に戻る。
『ハードハート、オリジナル、ヘンノー、この言葉の意味を知ってますか?(イタリア語)』
『―――!!! ―――!?』
『あっ。はい、もうわかりました。完全にわかりました。そうですか(イタリア語)』
フェリティシアはルノアール始祖の慌てた声に、賢一の言は正しいのだと確信した。
『――!! ――!』
ほとんどパニックしながら戻ってこいと求めるルノアール始祖にフェリティシアはそっけなく応じた
『じゃあ切りますね。お元気で。用事を終えたら一度戻ります。息災をお祈りします。では(イタリア語)』
『―――――――――――――!!!!!!!!!』
フェリティシアは通話を切った。人形の里の代表者相手だろうと譲れないのだ。迷いはない。迷いはないのだが。
「………そうかぁ。そっかぁ……私たちも始まりもそうなんだぁ……。もう信じるしかないよこれ」
つまり人形に関する不思議な業を持つルノアールの始まりもまた変能だということだ。ショックを隠し切れないフェリティシアへ賢一はとぼけた真顔で言った。
「えらい叫び声が向こうから聞こえたが」
「気にしないで」
「お、おう」
フェリティシアはしばらく頭を抱えていた。しかし気を取り直して背筋を伸ばす。
「よく考えたら関係なくない? そうそう。素晴らしいものは変わらず素晴らしい。この素晴らしいものってのは人形のこと! 欲しいことに変わりはなし! 敵が強大でも味方も変能だし……よし、いける!」
理論武装を終えたフェリティシアは胸を張って賢一に問うた。
「私は覚悟を決めたよ、賢一」
「そうか、そこまでの意思があるなら尊重しよう。組もうか、フェリティシア」
賢一は手を差し出した。
「よろしく、人形遣い」
「こちらこそ、人形師」
二人は改めて握手をした。互いに本音をぶつけ合い、本性をさらし合った彼女と彼はようやく、本当の意味で意気投合をしたと―――。
「そういえば賢一、あなたはどうして
人形好きの二人にとって叶えたい願いはない。元より、
だがそれにしたって目的とする理由はあるだろう。人形の可能性を追求したいフェリティシアのように。
組むのだから賢一の理由も把握しておくべきだろうとフェリティシアは軽く問うた。賢一は力強く首肯した。
「もちろん願いなんぞどうでもいい、そうだな、そこも擦り合わせておかないと。性癖をぶちまけてな」
賢一はもう一度懐から人形の右腕パーツを取り出した。そして活力に満ち、とぼけた顔に似合わぬテンションの高さで叫んだ。
「やっぱさ、キレイな腕だよなぁ! この美人は欲しいよなぁ! ひたすらに味わって! 舐め尽くして! 愛でさせてもらいたいよなぁ!!」
賢一の目は欲望よりも苛烈な欲求に煮えたぎっていた。
フェリティシアは唖然とする。
フェリティシアも賢一も人形を愛している。だがその愛の形は違う。フェリティシアのそれが職人的、遣い手からの愛だとすれば、賢一の愛は――ぶっちゃけて言えば性愛だった。
賢一は、異常性癖に端を発する異能者、変能である。道理であった。
「お、おおう……」
賢一がフェリティシアを理解し、許すのにかなりの葛藤を必要としたように。フェリティシアも“
「……でも、よろしい! 条件を飲みます。
フェリティシアの懇願にも似た提案に、賢一はシニカルに笑った。
「おいおい、俺たちパートナーだろ? 互いに正直にいこうじゃないか。何せ人間同士だ。意思疎通を欠かすとすぐに駄目になる、不便な生き物だしな!」
「……了解」
意気投合した相手に欲望と性癖をぶちまけられ、これからも隠さないと断言されたフェリティシアは複雑な気持ちだった。
(相互理解は大事だけどさあ、明け透け過ぎてもちょっと……いや正論だし、うん!)
「ああ、そうわかったよ! 後悔しないことね! 私はすでに後悔してるけど!」
「じゃあやめるか?」
その質問は狡い。
「やめない!!」
本当の意味での意気投合はまだ少し遠いかもしれないが、ついに同盟はなった。
悟ったような常套句などなんの意味も持たない。
一つ言えるとすれば――変態注意、だ。
さぁ、乱痴気騒ぎを始めよう。
「主役は俺たちだよ」
「そうなの?」
夏の暑い、七夕の夜。人形師と人形遣いはとぼけたやり取りをしながら、戦いに臨む。
と言っても敵はこの場にいない。ホールはひどい有り様だった。銅像がおのおの佇んでいる。それだけならまだしも、ウーウーと呻くだけの霊対メンバーがフェリティシアの糸で拘束されている姿もあった。
フェリティシアはオールドローズに血を吸われ、真っ青な顔をした真井の目を覗き込む。
「んー、だめだね。正気を失ってる。このままにしておこうか。死んでないだけマシだよね」
我を失ってこそいるが、人間のままなのだ。夜明けも迎えても灰にならないだけ安く済んだと思ってほしい。
フェリティシアは人形を操り、霊対メンバーの意識を一人一人刈り取っていく。後からオールドローズに回収されても面倒だ。先んじて全員を気絶させておけば憂いもない。情報を隠したまま死地に放り込まれた恨みは、
「よし、これでいいでしょう。いこうか、賢一」
フェリティシアと賢一はホールを後にして廊下へ出た。人気のない――ところどころ銅像はあるが――廊下を通り、フロントまで赴く。
そこでさっそく他の参加者に遭遇した。そこには床にひっくり返った彦星くん(着ぐるみ)と執事服の男がいた。
「おや?」と執事服の男が賢一とフェリティシアに気づく。そして礼儀正しく溜め息を吐くという器用な振る舞いをした。
「はぁ、困りましたね」
優しげな風貌。柔らかな物腰。無傷で彦星くんを踏みつけている行為と雰囲気がミスマッチだった。
「さっそく一人倒せたのは僥倖だったのですがね。これではパーツを奪えないじゃないですか」
彦星くんの懐を探るなんて隙を見せた日には己もやられると理解しているのだろう。降って湧いたジレンマにどう対処するか執事服の男は練っている様子だった。
賢一は唇を舌で舐めた。たまらない。全員が一同に会した時は混ざってわからなかったが、こうやって対峙すればわかる。
「人形のにおい(・・・)がする。よだれ出そうなほどジューシーなのが二つ! 男は腕! 着ぐるみは足!」
「例えが気持ち悪い」
フェリティシアは冷たい声で突っ込むが、賢一の目はディープな愛で輝いていた。コミカルなやりとりをするフェリティシアと賢一を眺めて、執事服の男はあっけらかんと言った。
「これはこれは。先ほどぶりです、お二人とも。特に霊障対策室に雇われていたフェリティシア・ルノアール様、ご無事だったのですね。安心いたしました」
「――――なんで私のことを知ってるの?」
フェリティシアは己の名前を呼ばれたことで警戒心を強くする。執事服の男は穏やかな口調を崩さない。
「先ほどの吸血鬼の言葉を借りるわけではないですが、答える義務はありませんね。あなたこそ、どういう風の吹きまわしでそこの変能と?」
「んー、そうなると私も答える義務はないっていうかな」
フェリティシアも答えをぼかす。知られても困る情報ではないが、これは駆け引きだ。言葉でのやり取りで敵と勝負を――とフェリティシアが次のセリフを述べようとしたが。
「
賢一がすっぱりと答えてしまった。フェリティシアは腕を組んで目を閉じる。気を落ち着けてから彼女は呟いた
「賢一、私の台詞を台無しにしないで」
「わりぃな、情報を隠すのは俺の趣味じゃねぇ」
賢一に駆け引きの流れは一刀両断されてしまった。弛緩した空気が流れる。
「はぁ、まぁそういうわけ」
フェリティシアは溜め息交じりに賢一の言を肯定した。
「これはこれはご丁寧に」
執事服の男は慇懃無礼に応じた。
「お礼にご相手をさせていただきますので、少々お待ちくださいませ。具体的に申し上げればこの方からパーツを奪うまで……ってありゃ?」
床に倒れていた着ぐるみの彦星くんが忽然と消えていた。
「いなくなってます……」
「……」
「……」
執事服の男の寂しげな独り言に人形好き二人は応える言葉を持たない。彼は険しい表情で二人を見た。
「すいませんが帰ってもいいですか?」
「待て、拗ねんな!」
「ていうか逃がしちゃったの?」
「あなた方のせいなんですけどね」
グダグダだった。埒が明かないと、賢一は一歩前に出て胸を張って名乗る。さっさと話を進めよう。
「俺の名前は知らねぇよな? 冬川賢一だ。――名乗れよ執事」
執事服の男は感心したような、呆れたような面持ちになった。
「流石はあのオールドローズに話を振った愚か者。……式神です。式神彩人。以後お見知りおきを」
執事服の男は――式神はフェリティシアへ視線を向ける。
「後は、そうですね。フェリティシアさんの名前を知っていた理由ですが」
「あ、教えてくれるんだ」
「情報を一方的に貰いっぱなしというのも気分が悪いですしね」
嘘だった。賢一がフェリティシアの参戦理由を教えてくれたおかげで勝ちの目が見えたから冥土の土産に応えてやろう的な意味合いが強い。
「何のことはありません。警察庁霊障対策室に
「……え?」
フェリティシアをショコラガーデンにいるきっかけを作った犯人は己だと式神から告げられ、彼女は困惑した。
「な、なんでそんなことを……?」
式神は何気なく応えた。
「……まぁ敵情視察でしょうか。あの品のない手紙では何が起きるかわかりませんでしたからね。どうでもいい方たちを放り込んで、何が起きるか観察すれば、ルールや特徴も簡単に把握できるかなと。そういった次第です」
そういえば比較対象として“願いが叶う儀式”という概要だけを教えて呼び寄せた銀の
式神はリトマス試験紙として警察庁霊障対策室とどこぞのオカルト組織を丸ごと利用していた。
賢一も話に口を挟む。
「オールドローズが参加者なのを先んじて知ってたってことか? どうやって?」
「あんな目立つ化け物が同時期に日本に訪れてるんですから、そりゃ関係あるでしょう。外れてても別に構いませんでしたしね」
オールドローズがショコラガーデンに訪れなくても霊障対策室メンバーや銀の指揮棒の構成員はホテルにいるのだ。戦場に放り込んでテストするという目的は叶う。式神に損はなく、得しかない。
式神という執事は狡猾で、性根が腐りきっていた。
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