第6話

「ん~~~~~~」

「ね、いいでしょ?」

「ん~~~~~??」

(正直悪くはねぇ。協力者はいて困らない)

 彼は変能特有のどこか渇いた――オールドローズは固いと評する―――冷徹な思考で分析する。

 賢一はフェリティシアを無傷で制圧したが、あれは思考の間隙を突いて倒したのが大きな要因だ。フェリティシアはオールドローズに襲われ、闖入者に次ぐ闖入者が飛び込んできて、さらには賢一に理不尽に勝負を挑まれ、精神的な動揺が大きかった。人形に関する不思議な業まで持っていることを加味すると、次の勝負はわからないだろう。万全な状態であれば彼女も実力を発揮できる。

 穏便に協力者になってくれるなら、多少のデメリットなど呑み込めるぐらいの頼もしさがフェリティシアにはある。

(それに、フェリティシアの意思も尊重したい。負い目云々じゃなくな)

 賢一は人間をどうでもいいと考えているが、蔑ろにはしない。人は人、己は己、そして愛しい人形は愛しい人形、という個人主義的な傾向が強いだけだ。意思のあるなしを重視しているが故に、人形にはなく人間にはある意思を、彼は尊重する。意思を尊重するから、思うままに振る舞えなくて意思がない人形を愛している面もある。心は大切なものだから心のある何かにあんなことはこんなことはできない。やっぱ心とか邪魔だわ。人形最高!

 複雑な奇人、賢一は彼の道理に乗っ取り、なおもフェリティシアの意思を確かめる。

「こいつは争奪戦だぜ、フェリティシア。争うのは、あの赤い女――オールドローズだったか? と三人だった、奴らだ。それでもやるのか?」

 赤い女。

 執事服の男。

 眼鏡の男。

 着ぐるみ。

 この四人と戦い、人形のパーツを奪い取る必要がある。

「ええ、やりましょう」

 即答。フェリティシアはやる気満々だった。即答すぎてむしろ賢一は不安になる。言葉一つとっても聡明で善人なのがわかり、恩人なのだが……行動派というか。賢一はつい、問いを重ねてしまう。

「俺と同じ変能たちが相手なんだが……?」

「それでもやるけど……? ああ、でも。ねぇ、賢一」

 フェリティシアは涼しい顔で断言してから、ふと気づいたように言う。

「あ?」

「変能って何?」

 賢一は顔をひきつらせた。これだから人間はやりづらい!

「……あー、まぁ七夕人形と同じくマイナーだよな。そうだな、変能ってのは――」




 少し時間を戻し、参加者三人に吹き飛ばされたオールドローズへ視点を移す。

 衝撃と落下で全身複雑骨折、肉も皮もボロ雑巾と化したオールドローズは血の跡を残しながら這うように移動する。

 向かう先はパーティ会場……ではない。戻らなくてよいのだ。

 赤い肉塊はずりずり、ずりずりと庭園からホテルの通路へ入り、エレベーターの前まで来る。ぐちゃりと伸びた奇怪な腕がボタンを押し、しばらくしてエレベーターの扉が開く。

 オールドローズはエレベーターの中に入ると、最上階のボタンを押して扉を閉めた。

 そして最上階までエレベーターが辿り着き、扉が開く。中には五体満足にして無傷のオールドローズがいた。

「少し回復に時間がかかったな。やはり変能相手だとこうなるか、しかし、二人、ことによっては三人か。狂ってるな。四人は流石にないと思うが……。空気が固すぎたのと不意打ちで変能の人数が把握できん」

 オールドローズは一人ごちる。彼女は長年の経験から空気という曖昧なものを感じ取り、変能や怪物の判別が可能だ。しかしそれには観察が必要だった。賢一以外の、あの三人が何かはよくわからない。わかる前にぶっ飛ばされたからだ。

「まぁ問題はないか。むしろ復讐相手が増えて気分が良いぞ」

 変能は古い怪物よりもさらに希少な異常個体だ。二人揃うことすら空前絶後な珍事である。そんな奴らを揃えてくれたのだから開催者という者がいるなら感謝したいくらいだ。

 と、赤い吸血鬼は不敵に口角を歪ませつつ、己の主人が待つスウィートルームのドアを叩いた。

「開けろー、聡―。というか生きてる? どいつもこいつもなんか知らんけど銅像と化してたんだが。無事かー?」

 ホテル中の人間を銅像と変えた下手人はオールドローズではなかった。パーティ会場に入った瞬間に事が起こったのはただの偶然である。

 オールドローズのんびりとした口調とは裏の硬い声掛けに、ゴソゴソと部屋の中から物音がした。

 聡の小さな声がする。

「合言葉は?」

 聡が無事なのを確認して、オールドローズは安心したように小さく息を吐いた。続けて合言葉を発する。

「〈吸血鬼はカッコイイ〉。くふ。当の吸血鬼に言わせるなよ、こんなこと。面白い奴だ」

「……良し、入れ」

 ガチャリと開けられた扉にオールドローズは入った。飛び散った血痕に横たわった銅像たち。七夕パーティ会場にも負けず、スウィートルームもなかなかカオスな状態だった。

「ほぉ、こいつらも銅像になってるのか」

 パーツ所持者以外で霊対やフェリティシアが無事だったのを考え合わせればオカルトに関連していれば免れるとオールドローズは予想していたのだが。聡は無事で他の銀の指揮棒タクトは石化するとは。少し疑問に思ったがオールドローズはすぐに思考を打ち切った。

 これが誰かの変能によるものか、異能か。もしくは人形ミクロコスモスによるものか。どれにしろ現状の手掛かりでは答えは導けない。

「こ、ここは安全だと思ってたんだけど……」

 聡は怯えたように銅像と化したかつての仲間たちを見る。自分を小間使いにしてたような魔術師たちだ。愛着はない。あるのは自分はこうなりたくないという恐怖だけ。

「そうでもない、みたいだ……クソ。オールドローズ。情報収集はどうだった? なんでも願いが叶う魔法……人形ミクロコスモスのなんかをさ、すっぱ抜いたか?」

 オールドローズは聡の命令に従い情報収集のため、パーティ会場で乗り込んでいた。人形ミクロコスモスとは関係ない、言ってしまえば邪魔者たち相手に遊んだりしていたが、目的はそれだ。

 気紛れとは主は主。命令に従い、従僕らしくしなければ暇つぶしにすらなりはしない。だからぶっ飛ばされてもパーティ会場へ戻らず、聡がいるスウィートルームに引いたのである。

 オールドローズは聡に報告する。

「ああ、信じられないかもしれんが、パーティ会場にいたよ、参加者全員な。まったく、これだから変能が混じってる事件は……」

「変能?」

「……人類は忘却の使徒だったな」

 オールドローズはボソリと呟いた。自分ような八百年間、死体しか喰ってないような戦場の亡霊を伝説と呼び、源流である変能は知られていないのだから人類社会は不思議である。変能の希少さが原因だろうか。それとも、あえて記録に残されず、忘れられるべくして忘れられたのか。

「変能というのはアレだ。異常性癖に端を発する異能だ、実際は違うけど」

「違うのかよ」

 聡は呆れる。

「や、その通りではあるんだが、本質は違うということだ。もっとどうしようもない、この下らん世界の真実を……ふん」

 オールドローズは横目で聡を見た。

「知りたいか?」

「え……人形ミクロコスモスよりやべぇのか? それ」

「ああ」

「はっ!? なんでも叶う魔法だぞ!? それよりも?? なんだよそれ、意味わかんねぇ!」

 即座に肯定されて聡は動揺する。この無敵の赤い夜を聡は信頼している。それは圧倒的な化け物に頼り、傅かれることで調子に乗っているとも言えた。その拠り所であるオールドローズが己に譲り渡そうとするのは、なんでも願いが叶う魔法、人形ミクロコスモス。銅像と化す異常現象からも逃れ、順風満帆だった今夜に立ち込めた暗雲に、聡は足元が崩れ去ったような不安に襲われた。

 変能。聞くべきか、聞かざるべきか。オールドローズはニヤニヤと聡の百面相を眺めていた。変能どもへの復讐も悪くないが、主君と遊ぶのも面白い。

「あー、じゃあ、聞くわ! 聞きます! いやっ! やっぱどうしようかな?」

「フッハッ! クク、聞かないという選択肢もありだよ。あまり面白くない事柄ではあるし。私はどっちでもいいぞ。選ぶのはー、主人であるお前だ」

 オールドローズが語るのは本心だ。聡が聞こうが聞くまいが、真実は不変だ。極めて強大な異能者だと理解していれば戦闘に不都合はない。歴史において、変能から派生したもの(・・)を知ったところで思い知るのは困惑と絶望だけなのだから。

 ああだこうだと頭を捻っていた聡は突然、ピンと閃いた。

「ははーん。わかった! お話で言う、“おいおいお前それ重要そうな事柄なんだからさっさと聞いて確かめろ“って奴だな、これ!」

「んー?」

「ほら、あるだろ? なんかすっとぼけた登場人物が聞いとけ! ってこと聞かずに大ピンチになる奴! つまり、そういうことなわけだ。じゃあ聞くわ。教えろ、オールドローズ。僕はアホじゃないからな!」

「面白い考え方だな……」

 自分を伝説に重ね合わせるのはアレキサンダー大王に始まり、古今東西よくあることだが、物語を現実に応用し、教訓とする態度は極めて現代的と言えた。あるいはもっともっと昔の、民話を語り継いでいた古代か。どちらにしても八百年間、戦場を渡り歩く亡霊だったオールドローズにとっては、新鮮な物言いだ。面白い男だ。本当に――。

(うん? 私は何を感じた? 考えた?)

 胸に去来した曖昧な感情にオールドローズは眉をひそめた。過去、抱いたことのない想いだ。老成したオールドローズに欠けているそれは……。

「オールドローズ?」

 聡に名前を呼ばれてオールドローズは現実に意識を戻した。いけないいけない。せっかく面白い催しに参加しているのに、白昼夢で時間を潰すなどもったいない。こんなことは後で考えれば良い。時間なら、永久に等しいほどあるのだから。

「なんでもないぞ。聡。そうだな……この人形ミクロコスモスだが」

 オールドローズは懐から十センチ程度の人形の右足を取り出した。

「深く考えなくてもわかる。これを作ったのは変能だ」

「なんで――?」

 まぁ黙って聞けとオールドローズはジェスチャーで伝える。

「私を吸血鬼にした大本、あの忌々しいヴァンパイアフィリアも、変能だった」

「――?」

「奇蹟を生み出したのは変能だ。吸血鬼を生み出したのは変能だ。魔術を生み出したのは変能だ。超能力を生み出したのは変能だ。あいつらだ! あいつらだ! あのクソッタレの、腹立たしい、オリジナル共!!」

「オールドローズ?」

 聡に名前を呼ばれてオールドローズは正気を取り戻す。

「……ああ、ごめんな。昂ってしまった。そう、そうだな。……古い怪物はみんなみんな知っているんだ。幻想われわれ人間へんのうから生まれたのだとな」

 それがオールドローズの絶望であり、古い怪物が世の表に出て暴れない理由でもある。古い怪物。つまり変能に影響を受けた者である伝説級の怪物は、変能の意味を知っている。それでどうして、表社会で暴れられるだろう。オカルトを世界の真実だと得意げになれるだろう。

 悪い、冗談だ。

「悪い冗談だろう? え、マジ? そーすると、僕の古巣な銀の指揮棒タクトが、異常性癖ので秘密結社気取ってた残念組織になるんだけど」

 源流へんのうとはそういうことで、末流オカルトとはそういうことだ。オールドローズは哂う。自身も含めて、哂う。

「ハハハ。それは正解だ! みなそうだとも、私も裏社会も、変能の残骸・・で遊んでいるだけだ!」

「えー、うわー、えー……」

 聡はガリガリと頭を掻いた。ガラガラと、聡を構成していた常識が崩れていく。オールドローズによって銀の指揮棒タクトが壊滅させられた時など比較にならない、価値観の崩壊。

 ……銀の指揮棒タクトのシステムや魔術の理論は論じるには値しない。いやそもそも警察庁霊障対策室だの対吸血鬼武装だの、そんなものすら価値はない。

 七夕の夜、ショコラガーデンで行われてるのは、もっとも世界の根幹に近い乱痴気騒ぎ。

 古い怪物と変能たちによる人形争奪戦なのだ。

 オカルトに人生を狂わされかけていた聡は、突然齎された荒唐無稽な事実に、もう一度、えー、と呟いた。

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