第4話

「なぁ」


「あ。あなた無事だったのね」

 面長の男はフェリティシアの前に立った。相も変わらず感情の読み取れないとぼけた顔である。

「――冬川賢一だ」

「うん?」

「俺の名前。冬川賢一。さっきはもう会うこともないだろうと名乗らなかったが、俺はやり合う相手にゃ自己紹介することにしてんだ」

 賢一は盾として使われた木彫りの人形たちを見る。ズタズタの、ボロボロだった。残骸と呼んでも差し支えはない。

「守ってくれたのは、わかる。わかるが――人形を粗末にしたよな?」

 四十九体の人形はもはや残骸だった。人形好きの目の前で、彼らは無残に砕け散った。それを為したフェリティシアは悔いる様子もない。賢一は決断した。

「え、いや……」

「気が合った上に、恩人なアンタには言い辛いんだが――」

 ヒュパッと風切り音。男が持っていたカバンから糸が伸び。

「糸――」

 そのカバンから黒衣のドレスを着た等身大の人形が飛び出した。大剣を持ったひどく妖艶なドールだった。

「――人形!」

「許せねぇからぶっ飛ばすな?」

「うえっ!?」

 人形遣いフェリティシアはパクパクと口を開閉する。予想外の展開に困惑を隠せない。自分は何を間違えた? いや間違えていない。すれ違いがあるだけだ。フェリティシアは親しげに笑いかける。

「フェリティシア・ルノアール。……また会ったんだから友諠を深め合わない? 誤解を解いて」

、フェリティシア」

 面長の男――賢一は取り付く島もなかった。

「~~~~!! あー、もう!! なんで! こうなるの!!」

 ついてない女フェリティシアは両腕を前に突き出し、使える人形全てを動員する。数百体の人形を一塊として振り回し――慣性の力によってフェリティシアは浮かび上がった。まるで砲丸投げのごとく人形たちとフェリティシアは空中に放り出され、壁を盛大に破壊しつつ庭園へと着弾した。

 フェリティシアは這うように木陰に移動し、ルノアールの業である収納人形へ全ての人形を仕舞う。そして一息吐く。

(よし、距離を離すことには成功した。目くらましもできた)

 人形たちが視界を遮り、砕け散った壁が邪魔になって賢一はフェリティシアを見失ったはずだ。勢い任せだが仕方ない。あのまま人形たちを散開させるのは愚行だった。見える範囲で攻撃態勢をとっても、大剣に糸を断ち切られてしまうだけだっただろう。

 人形遣いの数の力。集団戦を活かし圧殺するには、それに相応しい作戦を取らねばならない。

 フェリティシアが頭を回しているのを知ってか知らずか、賢一は黒衣の人形を傍らにして、壁へ空いた大穴を潜り抜け庭園へ出る。

「三日月。どこだ。フェリティシアはどこにいる? お前なら見つけ出せると信じている」

 賢一の人形は三日月と言うらしい。

(私と違って一つの人形操作に特化したタイプ。武装は見える限りだと剣だけみたい。けど技量は未知数。未熟には到底見えない)

 変能。オリジナル。言葉の意味はよくわからなかったが、あのオールドローズが警戒した男だ。侮るなど考えられない。

(一応、真正面からの打ち合いは避けて、数で攪乱のち不意打ちの頭脳プレーでいく感じで。とすると十×四で誘導、五を本命、残りを遊撃に―――)

 フェリティシアは木陰に隠れながら無音で腕を振るう。計画通りに人形たちを配置しようと試みたのだ。その際、プチリとほんの小さな糸の切れる音がした。フェリティシアの動きで、張り巡らされていた極細の糸が切れたのである。もちろんフェリティシアの糸ではない。

 切れた糸の元は、三日月だった。三日月を通して賢一はフェリティシアの位置を把握する。

(糸を広げて位置を――)

「そうか」

 賢一の口元がシニカルに吊りあがった。

(しまっ……!?)

 フェリティシアが猛然と立ち上がる。対して賢一は猛烈な勢いで右腕を振るった。三日月が放物線を描き、標的へ大剣を叩きつける。ヒュガッ、と重々しい、滑るような音。

 大剣はフェリティシアから逸れた。フェリティシアが持つ保険の保険、肌身離さず持っていた最高傑作。木彫りの『セリーヌ』を使い、フェリティシアへの一撃を凌いだのだ。セリーヌは自身のアタッチメントである双剣を敵の大剣の峰に沿えて刃を逸らし、フェリティシアを守るように武器を構える。

 そして地面に突き刺さった三日月の大剣へ、わらわらと武器用の人形たちが群がる。重しによって大剣はもう持ちあげられないだろう。武器は奪った。フェリティシアは焦りを隠しつつ、両腕を組んで不敵に告げる。

「惜しかったね。糸を広げて切れたところに特攻する。その博打は残念賞ってところかな?」

(あぶなっ……! 流さず受け止めてたらセリーヌごと叩き切られちゃってた。思い切り良すぎ)

 人形を粗末に……という動機で襲い掛かってきたのだから、少しくらいはこちらの人形への攻撃に躊躇うかと予測していたのだが。まったくそんなことはなかった。

 どんな思考回路をしているのやら、とそんな思考を働かせられるほどの勝利の確信をもって、さらに口を開こうとしたフェリティシアだったが、それは阻まれた。

「いーや。一等賞どころか特賞引いたと思うぜ」

 背後からかけられた賢一の声によって。

「え?」

 彼女が振り返るのと、大回りして背後へ回ってきていた賢一が飛び掛かるのは同時だった。


「ちょ、やめ、イタイイタイイタイ!! 関節はそっちに曲がらな、いっひゃああああああい!?」


「え、そのぶっとい糸はな、いづづづづづ、聞いただけじゃない! 何するの変態!」



 数分後。両目、口、胴体、両足を縄で簀巻きにされて庭園に転がるフェリティシアの姿があった。

 賢一は横たわるフェリティシアの傍に立つ。

「人形を手に取って動かしたり、抱きしめたりする方が俺は興奮するんでな。糸より直接こっちの方が得意なんだよ」

 勝利した賢一は苦虫を嚙み潰したような顔で、三日月に保護させた人形――セリーヌを眺める。

 フェリティシアを捕まえた瞬間、制御を失って地に落ちようとしたセリーヌを賢一は受け止めたのだ。正確には大剣から手を離した三日月に受け止めさせたのだが。

「これだけ毛色が違う。結婚を申し込んで良いくらいの、マジもんの美少女だ。愛がなきゃこうはならない」

 人形を使い捨てたフェリティシアと、後生大事にギリギリのギリギリまで、この美少女を秘めていたフェリティシア。矛盾した二つの行動に賢一は困惑していた。

「よくわからないな。どうしようか、三日月」

「……」

 物言わぬ人形へ問いを飛ばす。もちろん返答があるわけではない。人形愛好家特有の奇行である。台詞を勝手にアテレコして人形遊びをする、アレだ。ロボットに掛け合いをさせて戦わせる戯れと例えてもいい。

「んーんー」

 フェリティシアの呻きはスルーしつつ、賢一は険しい表情で頷いた。

「だよなぁ、話を聞くしかないか」

 特に三日月が言ったわけではないが、思考の整理はできた賢一はフェリティシアの猿轡を外した。

「なぁ、フェリティシア。いくつか質問がある」

「……なに?」

「この子、あー。両手に剣を持ったピンクのドレスの人形は、どんな子なんだ?」

「セリーヌだよ。私の最高傑作。後、そのドレスはロココだね。仮にも人形師なら服飾の勉強は大事じゃないかなーって」

「あ? ロココ調って言えや。ロココ人形と混ざるだろうが」

 マニアックな話題で険悪な空気になりつつも、襲ったのは己だと賢一は自戒して、次の質問をする。

「まぁ、じゃあ次。他の人形はなんだ?」

「話したよね? 私は意味を重視するんだ。みんな純戦闘用の人形。武器にするための人形。振るって、叩きつけて、使う。そこに誤解があると思う」

 誤解だ。すれ違いだ。フェリティシアはそう考える。同じ人形好き同士だ。わかりあえないはずがない。賢一に伝わるように懸命に自分の考えを言葉にする。

「粗末にしてなんかない。それがあの子たちの用途――意味だから。むしろ人形の在り方に文句をつけるなんて愛がない行為じゃない?」

「可哀想とは?」

。意味を全うすることが人形の輝き。究極的に言えば、自爆人形だって認めるよ、私」

「オーケーオーケー。なるほどな。理解できねぇ。だがそれがお前の愛なのはわかる。そうか。骨の髄までなんだな、アンタ」

 フェリティシア・ルノアールにとって人形はひたすら使うものなのだ。遣い手として、用途に沿って、使う。それが人形遣いとしての誇りであり矜持であり、何より愛なのだろう。

 まったく違う人形へのスタンスを持つ賢一には共感不能な考えだ。だが、受け入れることはできた。

「じゃあ最後の質問だ。どうして俺を助けた」

「え?」

 フェリティシアは地面から顔を持ち上げた。目隠しをつけたまま目を驚きに見開く。人形に対するスタンスの違いで対立した賢一が、最後にする質問がそれ?

「アンタ、あの赤い女に襲われて大ピンチだったろ? 周りは敵ばっかで、あの俺の対抗者ども、変な奴らがいたことも知らなかった、よな? 孤立無援の状態だったところに俺が来て、赤い女は気が逸れていたはずだ。なのにどーして逃げずに、あまつさえ俺を助けた?」

「それは」

 フェリティシアは一泊置いて正直に告げた。

「二度目の機会セカンドチャンスは誰にだってあるべきじゃない?」

「二度目の機会セカンドチャンス?」

「私は二回まではチャンスをあげることにしてるんだ。あなたはいきなり襲われたから、一回目。だから助けたの」

 賢一は眉をひそめる。

(なんだそれは。それではまるで)

「自分がヤバくてもか?」

「別にそこまでピンチじゃなかったかな。今の方がよっぽどピンチだよ!」

 先ほどが人形遣いのとしての愛の表明であれば、これはフェリティシア個人の信念だった。ババを引かされたのだとしても彼女はこの考え方を変えず、霊障対策室室長、真井へ二回チャンスを与えたのだ。にべもなく扱われてしまったが、真井がチャンスを掴み取れば、フェリティシアはその全霊をかけて真井のために逃げ出す隙だけは確保しただろう。

「そうか、そうかぁ……」

(まるで、じゃねぇ。信じられないくらい良い・・・だ。こいつ)

 賢一は何よりも人形を優先する。意思なく、ただそこにあるヒトガタを愛おしく思う。人間などどうでもいい。フェリティシアも似たようなものだと思っていた。

 だが実際は、賢一とはまったく違う。彼女は、人形遣いで、良い奴だった。

 賢一は少し悩むと、指先を撫でるように動かした。フェリティシアを縛る全ての縄……実際には糸の束がはらりと解ける。

「あら」

 フェリティシアは起き上がった。身体の調子を確かめて、指を動かす。三日月の手にちょこんと乗っていたセリーヌが浮かび上がり、フェリティシアの肩に乗る。操作は万全。不調なし。

「あーなんだ。……こういうのが正しいのかもわからないんだが……悪いな」

「今更!?」

 フェリティシアはわかりあえると思っていたが、それはそれとして問題無用で襲い掛かってきたのは賢一だった。当の賢一は憮然とする。

「怒ってたのも理解できないのも確かだぜ。俺だって三日月を傍にして戦いはするが、それは一心同体だからだ。アンタとは違う。それでも……認めよう。フェリティシアは立派な人形遣いだとな。上から目線か? ならそれも謝罪する。人間のことはよくわからないんだ」

 賢一は淡々と述べつつ三日月をカバンに仕舞い、フェリティシアに背を向ける。

「今夜、このホテルはかなりヤベェ。帰った方がいいぜ、フェリティシア」

 賢一にとってフェリティシアとの戦いは前哨戦ですらない。争うべき相手は他にいる。じゃあなんで戦ったという話だが、それはそれである。人形師が人形の愛故に暴走するのは当然だ。

「待って」

 人形遣いが人形への愛ゆえに、さらに危険へ深入りするように。このままはいそうでうかと立ち去れる諦めの良さがあるなら、フェリティシアはオールドローズに襲われなかった。

「ん?」

 振り返った賢一に、フェリティシアはまず落ち着いて問う。

「私にも質問させてくれない? あなたもしたんだから」

「別に、構わないが」

 まずは何がどうなってるのか知ってからだ。知ってから何をするか判断する。故にまず知るべきは、今夜のキーワード。

人形ミクロコスモスって、なんなの?」

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