第1話

 世界暦一九七〇年、十二月。エルドランド王国中央、サンダス製薬・社長室。

「それで、依頼というのは」

 私は努めて冷静に尋ねた。

「うむ」

 小太りの社長が、満面の笑みを浮かべて言った。

「君は、航海者(ボイジャー)を知っているかね」

「噂程度には」

「そうだろうな。今やほぼ絶滅状態、都市伝説としてまことしやかに語られているが・・・あれは実在するのだよ」

「・・・なんと」

 私は努めて驚いて見せた。社長は満足げに頷きながら、話を続ける。

「始まりは、三十年前の大戦だった。丁度、それまでオカルトの類いとされてきた魔術やら魔女やらの存在が公にされ、現実として認識され始めていた頃だ」

 話が長くなるのが確定してしまった様なので、私は卓上のシャンパンに口を付けた。とても素面では聞いていられない話だ。

「ある小国の王が、お抱えの魔術師にこう尋ねた。『我が国は兵器も人員も少ない。国内の兵力を全てかき集めても、半年も保たないだろう。だが、我々はこの大戦に勝たなければならない。何か妙案は無いだろうか』とね」

「魔術師にとっては、とんだ迷惑でしょうね」

「だろうな。『こうなるのが分かっていて、何故大戦に参加したのか』と、責め立てたかったやもしれん。立場上無理だろうがな」

「でしょうね」

「だが彼とて、責務を果たさねばならん。そして熟考の末、苦肉の策として考え出したのが」

「『人員召喚』、ですか」

「その通りだ」

 勢いを付けるためか、社長はグラスのシャンパンを飲み干した。

「その魔術によって、多くの別時空――いや、『異世界』と言うべきか。そこから、多くの存在達・・・航海者がこの世界に流れ込んだ。最もその小国は、結局半年も保たずに滅びてしまったがね」

「・・・成程」

「そこからはもう破竹の勢い、と言ったところかな?ははっ。その魔術と国内に整備されていた召喚施設は研究し尽くされ、各国へと伝播した。そこから、それ単体を兵器として扱う研究が為され、彼らは次第に実験動物と化していった」

「・・・・・・」

「終戦後、彼らは戦争犯罪人として取り扱われ、一カ所に集約された。ええと、確か」

「・・・『ツェントラール』」

「そうそう、それだ。そこでも扱いは変わらなかった。いや、寧ろ酷くなったのかな?研究が進んで、意図的に特殊能力者――確か『ギフタード』、だったか。それらを召喚できるようになったからな」


「・・・酷い話です」

「そうかい?素晴らしい話じゃ無いか」

「・・・何がです」

 幾ら努めても冷静に見えないだろう私は、残りのシャンパンを呷った。

「彼らのお陰でこの世界の技術、特に生理学や生物学の分野は大いに発展した。貴い犠牲と言えよう。私の様な人間は、特にそれを感じるのだよ」

「随分と非道な実験も、為されたと聞きますが」

「彼らは我ら人間にとって、今も昔も至極都合の良い存在だからな。我々はその上に立っているのだよ。裏を返せば彼ら無しでは、最早この世界は成り立たなくなっている」

「・・・お詳しいのですね」

「嘗て、ツェントラールに居たのさ」

「・・・左様で。ところで、ご依頼の話ですが」

「ああ済まない、すっかり話が逸れていたな・・・それで、だ」

 ニヤリと社長が笑った。

「ウチにも居るんだよ。とびきりの特上品がな」

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