26。白雪姫をあなたらしく
この世で一番大切な人は誰か。そんな簡単な問いに答えることが苦手でした。「大切な人」と聞くたびに、本当の母の姿と、彼女に優しく抱かれた幼い私が思い浮かぶからです。この問いを投げかける先生や使用人たちは、たとえば書類仕事をしながら、たとえば父王の背中を目で追いながら、たとえば母の肖像画を背にしてこれを言いました。そしてなかなか答えない私を意外そうな目つきで見て、それから別の話をするのでした。
その頃、母を失った哀しみを隠しながら、継母への警戒心と心変わりした父への淡い軽蔑心を隠しながら、私は上面の笑みだけ誰よりも上手にして生きていました。継母が来た途端に彼女の色に染まり出した城は、彼女と父の部屋から放射状に彼女色に染まっていきました。そのため彼女の部屋の二つ隣にあった母の部屋は、気づいた時には物置と化し、遺品もほとんど残されていませんでした。後で知ったことですが、彼女はこれらの早急な模様替えを、義娘の私が実の母の面影を見て悲しまないようにと、私のためを謳って進めていたようでした。私は内面も見た目も変わってゆく城の様子を、愕然として見ていることしかできませんでした。唯一良いことがあったとすれば、母と私が描かれた肖像画を1枚だけ、売り払われる前に救い出せたことです。あっという間に何もかもが変わり、使用人も継母の息のかかった者ばかりに囲まれて過ごすようになりました。私は表面だけ取り繕って、継母も、使用人も、父王も、人間をまったく誰も信じられなくなっていました。
人を欺き、作り笑いを浮かべ、そうやってどれだけの季節を越えたでしょうか。四周忌を過ぎた頃だったように思います。ある時私は、ある一人の使用人を自室に招きました。その頃私は母の死に対して、まだ心の底から受け止められていませんでした。四年経ってもなお忘れられない母への思いから、私は自室にあの肖像画を飾り、ひざまづくとちょうど母が愛おしく見下ろしてくれるような高さに母を仰いで、毎晩眠る前に一日の出来事を報告していました。これは生前の母へも毎日していたことで、今や触れられなくなった母が絵の中から私を見守ってくれていると錯覚することが、私の心の支えとなっていました。その絵は普段は別の絵で隠し、部屋を訪れる誰にも見せないようにしていました。また、大切な人が亡くなった時は喪に服し、黒を身につけるのだと教えてもらったために、私は足の人差し指の爪をインクで黒く塗っていました。人差し指だけ塗ったのは、人差し指はお母さん指とも言ったからです。私は塗料が剥がれる前に塗り直し、いつも爪を黒くしておきました。そしてそれを靴下で隠して、誰にも見つからないようにしていました。もしもまだ母のことばかり考えているなどと継母に知られてしまったら、私は新しい環境に来て娘を持って不安がいっぱいの継母に寄り添わない、親不孝な子供にされてしまうからでした。
部屋に招いた使用人は年若く話のしやすい人でしたけれども、その使用人は私付きの者ではなく、もっと格下の雑用ばかりしている使用人でした。彼女の名は忘れました。たしか黄色い花の名前だったような気がします。
彼女は私の部屋に入った時、「ひええ」だか「ぎょええ」だか、大変驚いて天井を見つめ、部屋中を物色しようとしました。私はそんな彼女の手を掴んで、「待って。その前に消毒をするわ」と椅子に座らせ、薬箱を取りに少しの間席を外しました。そして歩いて医務室へ行き、適当な理由をつけてお酒と脱脂綿を貰い、歩いて自室へ戻りました。戸を開けると彼女は大人しく椅子に座って、こちらを見ていました。私は言葉を交えながら彼女の擦り傷を手当てし、彼女はお礼を言って部屋を出ました。私は良いことをした気分になって、機嫌がたいへん良くなっていました。そしてその夜は母への報告も忘れて、眠気に任せて眠ったのでした。
変化に気づいたのは、翌日の晩でした。寝る前に母にご報告をしよう、昨日忘れていたことを謝ろうと思って被せていた絵を取り除くと、そこにはたしかにあの肖像画があったのですが、それを見た途端私は呼吸の仕方を忘れてしまい、へなへなと床に座り込みました。その肖像画は、母の顔の部分だけくり抜かれていたのです。
私はとっさに助けを呼ぼうとしました。が、どうしてこんなことが言えましょう?継母に隠れて実母の肖像画を飾っていた娘を、新しい両親はどんな目で見るでしょう?使用人や先生たちにも、きっと軽蔑されるでしょう。
どうすれば、どうしてこんなことに、誰が。思考がぐるぐると回って、ふと昨日の使用人が部屋にきたときのことを思い出しました。きっと彼女です。それ以外の使用人は、私がいる時にしか私の部屋に入ってはいません。私に気づかれずにこんなことができるのは彼女しかおらず、足先が冷えるような怒りが込み上げてきました。自分でも気づかぬ間に、私は彼女を友達のように思っていたのでした。そして人間不信だった私はこの時、友に裏切られた怒りと、人は裏切るのだという諦めと、友と思っていた人に騙された愚かな自分への嘲りとで、心がいっぱいでした。そのまま継母やかつての友に感情を吐き出しに行かなかったことは幸いでした。
しかし、夜はまだ終わりませんでした。
ノックの音がして、私は慌てて肖像画を隠しました。そしてちゃんと隠れているのを確認してから、呼吸を整えて「どうぞ」と低い声で言いました。入ってきたのは新しい両親でした。継母はゆったりとした服を纏っており、父王は彼女の肩に手を回して立っていました。二人の目は私を憐むように見ていました。一体これは何なのだろうかと困惑する間もなく、父王が口を開きました。
「使用人から、お前がまだあいつを忘れられないのだと聞いた。この母を疎ましく思っている、とも」
「ああ、あなた、そんなこと言ってはダメよ!この子はとても寂しがっているのよ。ごめんなさい、私を受け入れられないのも、仕方のないことよ……」
継母は慈愛に満ちた両腕を広げて、あやすように私を抱きしめました。知らない人の匂いがしました。
「ごめんなさい、ごめんなさいね。私が先妃様の代わりになんて、なるわけがなかったのに。あなたの哀しみをわかってあげられなくて、ごめんなさい。こんな母なんて、死んでほしいと思って当然よ!」
「そんなことはない!君はもっと自分を大切にしてくれ!……いいか?お父さんとお母さんは、お前が正しく清らかな人間になって、幸せになってくれることを願っているんだ。お前はあいつが恋しいだろうが、だからといって、お母さんを呪うなんてことはしてはならない」
「……呪う」
身に覚えのない言葉に、首をひねりました。継母は顔を両手で覆っていたので、くぐもった声がしました。
「私、聞いたのよ。あなたが足の人差し指の爪を、真っ黒に塗っているって。お母さん指を黒く塗っているって。お母さんに、私に死んでほしいと思ってやっているのでしょう?」
あまりの驚きに、その時私は目を見開いたまま固まってしまいました。もちろん私は継母に死んでほしいなどと思っていたわけではなかったのですが、その見当違いすぎたことが思考回路を鈍らせ、言葉をうまく理解できなかったのかもしれません。
「ああやっぱり!そうよね、そうだったのね!ごめんなさい!」
継母は私が返事をする前に耳元で大きな声で叫び、再び私を抱きしめました。父王も哀れむ目を斜め下に逸らしてから、継母の上から私を抱きしめました。その様子はきっと、扉の隙間から覗く使用人たちにとっては、困った娘を持つ両親が子供に寄り添う美しい光景だったのでしょう。私はただ、この人たちは全く信用できない人たちなのだなと、失望を強めていました。そして知らない人たちの匂いを吸い込んで、震える手で少し抱きしめ返しました。
それから、私は2、3年間は取り繕った面をさらに厚くして、人を信じずに生きました。それからは?……いいえ、猫被りをやめたわけでも、人を信じられるようになったわけでもありません。ただ面が顔にへばりついて、信じることを忘れただけです。
30日物書きチャレンジ 蜜柑 @babubeby
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