19。魔法使いと科学者のバディ

「お前がそこらへんの科学者どもと同じだったら、俺はお前についていかなかったよ」

 魔法使いはくるくると杖を回し、青いきらきらを作って遊んだ。

 彼の指の隙間から杖の木肌が覗いているのを横目に見て、科学者は一瞬微笑ましそうに目を細めた。が、すぐにフラスコの方へ向き直る。火を覗き込んで微妙にツマミを弄って、厚紙に丁寧に記録した。

「……私も、あなたが普通の子なら拾いはしませんでした。初対面の人間に『魔法を見たくないか』と縋りつくような子供でなければ」

「その話はもうしないって言った!」

 魔法使いは大きな声を上げてから、慌てて杖をもう一方の手で押さえる。机の光が触れたところが少し焦げた。

「また焦がした」

「……ごめん」

「普通の子でなくて良かったと思っています。あなたの力は、無限の可能性を秘めている」

 科学者は言葉を区切ると同時に火を止めて、首だけ振り向いた。

「さあ、あなたの出番ですよ」

 少年が腕を下ろすと、光は飛び散らなくなった。少年はキイキイなる木の板を歩いてフラスコの前でぴたりと止まった。フラスコの口に唇を寄せ、ほう、と息を落とした。粉雪ほどの小さな光の粒子がはらはらと下り、ガラスの中を漂う様は、淡く光っては消える蛍の光にも似ていた。生命の光。希望の光だ。

 それはしばらくそこを彷徨い、やがて全てが水に溶けた。3分21秒と科学者は紙に書きつける。

「……上出来です。今度のはうまく行きましたね」

「そうだろう。ちょっと練習した」

 どことなく得意げに笑みを浮かべる少年から、科学者はふいと視線を逸らした。そのままカリカリと厚紙に何か書き込んで話す。

「おかげで治験の予定日に間に合いそうです。姉も助かります。たくさん練習してください」

 そう言って作業に没頭し、科学者のほんのり口角の上がっているのを、少年は見ていた。少年には、青年の瞳にはまっすぐで力強い光が宿っているように見えた。

「科学ってさ、進歩しないといけないの?」

 科学者は顔を上げなかった。

「いいえ。しかし科学は進歩します。魔法も進歩します。人間はどれほど幸福な暮らしをしていても、力を持つことをやめることはできません。私もそうです」

 魔法使いは何も言えなかった。彼には青年が、自分より幼い子供のように思えた。もしかしたら、魔法使いが大きくなりすぎたのかもしれなかった。

「可能性の拡大と人間性の維持は、相入れないものです。あなたも知っている通り」

「……ああ」

 少年の瞳に影がさしたことなど、科学者は知らなかった。少年は再び杖を振ったが、杖は光を生み出すこともなく、ただ空を切るだけだった。

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