診断メーカーより

蜜柑

「流れ星って、文化によっちゃ不吉らしいしね」

「ロマンチストなんですよ、私」

 後輩はそう言って、次々に夜空に絵を描いていった。あれが天秤座、あれがさそり座、ビルのちょうど上にあるのがわし座で、その左上に十字の白鳥座。

 歌うように星を結ぶ彼女の横顔をちらりと見て、俺は手元の財布の中に視線を戻した。自分一人なら絶対に来なかったであろう場所に、残業終わりのところを半ば強引に連れて来られ、かと思えば財布を忘れたと野口たちを誘拐され、いろんな疲労から缶コーヒーを買えば、ハゲた皮財布は中身まで貧しい。

 仕方なく虚しいそれをしまって缶コーヒーに唇をつけた時、「あっ!」と声がして顔を上げた。その一瞬。

「流れ星!」

 ほんの一瞬、細く短く一筋の光が通り過ぎたのが見えたような気がした。が、コーヒー入りの缶を勢いよくあおってしまい、そのまま地面に顔をつける勢いで思いっきり咽せた。

 ごほっごほっと咳を繰り返す。せっかく買ったコーヒーがいくらか無駄になってしまったことが残念で、睨むように後輩に視線を向ける。能天気に「花火まだかなー」などと抜かしている後輩に余計苛立ったので、今回の屋台代が幾らだったか脳内で計算を始めた。

 夏の夕方は昼間に比べ、思いの外涼しい。

 しばらくスマホを弄っていた後輩は「げぇ!」と子女らしからぬ声を上げても気にした様子もなく、花火大会は中止となったことを嘆いた。

「むぅ……でもいいですもん!今日は流れ星も見れたし。ちゃんと願い事もできたもんねー!」

「そうだね。それに流れ星って、文化によっちゃ不吉らしいしね」

「ちょっと先輩!せっかくのロマンチックを壊さないでくださいよー!」

「じゃあもうちょっと現実を見せてあげようか。今日飛んだ野口の枚数、俺はちゃんと覚えてるから」

「寂しいひとり身女の夕飯代くらい、優しい先輩なら負けてくれますよね?」

「やだ」

「ケチ」

 そんな会話の途中でふと、空に一筋見えた光のことを思い出した。あんな小さな光の粒が、不吉だというのだろうか。災厄か何かを連れてくるのだろうか。それを言うならむしろ。

(……この女の方が、よっぽど不吉)

 夜風に攫われ消えるように、はは、と小さく息を吐いて、残ったコーヒーを飲み干した。

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診断メーカーより 蜜柑 @babubeby

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