犬とオオカミの間

フランス人の名前

　新しい仕事を始めて一年ほど。これまで色々な人と知り合う機会があった。

　誰かと知り合うときに僕がいちばん興味をそそられるのは名前である。会う前に名前だけを知っているときは、この人はどんな顔なのか、年齢はどれぐらいか、どんな声かと想像するのが楽しい。

　実際に会うとああやっぱりと思うほど似合っていたり、逆に意外な人物だったりして、答え合わせをしているような気分になる。

　ありがたいことに今まで出会った人は好人物ばかりだけど、実は名前を見て「あっ」と思ったことが二度ほどある。それは自分の書いた小説の登場人物と同じ名前に当たったときである。おまけにそれが悪役の名前だと、内心グフっとなってどうも落ち着かない。

　はじめましてと表面はつくろいながらも、自分の名前に対するイメージとご本人の顔が一致しないので、気まずいような笑いたいような変な気持ちになる。しかもそういう方に限って非常にいい人なので余計に申し訳ない。名前を悪用したかのような罪悪感を覚えながら「ごめんね」と心の中で謝るのみだ。

　さて、フランスの名前は定番が多く、昔からあまり変わらないのだけど、その中でもやっぱり流行り廃りというのはある。

　日本にも「昭和っぽい名前」とかがあるように、フランスでも名前で世代が分かるのだ。例えばロランとか、ミシェルとか、この名前は四十代から、この名前は五十代からしか生存しない、という感じ。今どきミシェルなんてちょっとかわいそう、みたいな感じ。これは説明のしようがなく、名前に中年の気配が混じってしまっているのだからしようがない。権三郎なんて名前の十歳の男の子は日本にはいないだろう、それと同じである（いたらごめんなさいm(__)m）

　女性の名前も同じで、フランソワーズとか、カトリーヌとかは熟女系の方だとすぐに分かる。これもがっつり世代が出る。クラシックすぎるとついにはお蔵入りになる。ジュヌヴィエーヴなんて名前はシェルブールの傘屋にしか存在しないのだ。

　じゃあ今はどんな名前が流行ってるんだろうと思って、出来心で調べてみた。こちらは2022年の新生児の名前ランキングである。

　＜男の子＞

　1.　ガブリエル　Gabriel

　2.　レオ　Léo

　3.　ラファエル　Raphaël

　4.　ルイ　Louis

　5.　アルチュール　Arthur

　6.　ジュール　Jules

　7.　マエル　Maël

　8.　ノア　Noah

　9.　アダン　Adam

　10.　リュカ　Lucas

　＜女の子＞

　1.　ジャド　Jade

　2.　ルイーズ　Louise

　3.　エマ　Emma

　4.　アンブル　Ambre

　5.　アリス　Alice

　6.　ローズ　Rose

　7.　アンナ　Anna

　8.　アルバ　Alba

　9.　ロミー　Romy

　10.　ミア　Mia

　男の子の名前は意外と定番ぞろいだった。でもジャンとかピエールとか、いかにもフランス人な名前は上位には入っていない。これらの名前はどの世代にも一定数いるので、流行りではないけど安定した名前なんだろう。決して中年臭はしないのでご安心を。

　女の子の名前はへえーって感じだった。定番も入っているけど今どきっぽい。すっきり短い名前が好まれているようだ。やっぱりアントワネットとかジャクリーヌとか、長い綴りの名前はもうダサいのだろうか。

　あと、アンヌ＝マリーや、ジャン＝ピエールなど、ふたつ組み合わせた名前も流行らないらしい。確かにドレスを着た貴婦人かフェルト帽をかぶった画家みたいだし、こういうタイプも消えていくような気がする。ちょっと寂しいけど。

　そういえば日本にはキラキラネームというのがあったけど、まだ健在なんだろうか。僕などは読めと言われたら零点をとる自信がある。

　アルファベットしかないフランス語では、個性を出したければ外国っぽい名前をつけるか、文字や綴りを工夫するほかない。

　例えば、KやYなどはフランス語ではあまり使われない文字なので、これが入るとちょっと個性が出る。サッカーのエムバペ選手の名前はキリアン（Kylian）で、KとYが両方あるからけっこうキラッとしている（ような気がする）。

　外国の名前はエキゾチックだから個性を求める親は好きだと思う。そのうち日本の名前がブームになって、フランス人のタンジロウが現れるんじゃないか？

　しかし、これもあくまで現在の流行りだ。今の新生児たちが親になる頃には、リバイバルブームでジュヌヴィエーヴがランキング一位に輝いてるかも知れない（それは多分ない）。

　名前も流れるものだなあと思う今日この頃である。小説でヨーロッパ風な名前を探している方は、時代ごとの流行りも参考にされると面白いのではないだろうか。