クロウタドリの唄

 パリにはたくさんの鳥がいる。道端のハトやカラスをはじめ、セーヌ河にはカモメ、それから公園の池にはカモや白鳥。都会のわりに公園が多く、街路樹や芝生もいたるところにあるから、鳥たちにも住みやすい環境なのかも知れない。


 パリに住む鳥の中で僕が好きなのは「メルルMerle」という名前の鳥である。英語では「ブラックバード」、日本語だと「クロウタドリ」というらしい。大きさはスズメとハトの間ぐらい。体は真っ黒でくちばしだけがオレンジ色をしている。これはオスで、メスは茶色っぽく、ツグミに似ている。


 街の中に住んでいるくせに人間には懐かない。ハトのように道路をうろついてゴミを漁ったり、カモメのように大勢でパン屑に群がったりすることがない。彼らは街路樹の上やアパートの裏手の芝生なんかにいて、小さなオレンジのくちばしで地面をつついたりしている。こちらがずっと見ていると、両足で跳ねるように近づいてくるかと思いきや、突然どこかへ飛び立ってしまう。


 真っ黒な顔に黒目がちな瞳がちょっとスズメに似ていて可愛らしく、見つけるとふと足を止めて観察したくなるのだが、サービス精神が皆無というか、素早くて非常にそっけない。しかしこの媚を売らないところが逆にいい。いちいち引き合いに出して悪いが、舗道を占領しているハトの人間ずれした図々しさに比べると、ずっと野生の鳥らしくて好感が持てる。


 クロウタドリは姿も可愛らしいが、さらに素晴らしいのはその鳴き声である。鳥の唄なんていうけれど彼らの鳴き声はまさに唄という言葉がふさわしい。

 一応パターンがあるのかも知れないが、僕の耳には自由気ままに歌っているように聴こえる。リズムも音の高低も一つのフレーズの長さも、どれとして同じということがなく、伸びやかで、聴いていて飽きない。高めのよく通る声が木々や建物の間に響き渡ると、あの小さな体でよくこんな声が出るものだと思う。


 季節を問わず一日中声を聴くことができるのだが、本領を発揮するのは夕暮れ時である。西の空がほんのりと赤くなり、ゆっくりと夕闇に染まっていくその間、まるで自分たちの時間が来たかのように彼らの鳴き声は一層ボリュームを増し、途切れることなく空に流れ続ける。雨が降ったあとの夕暮れは特にいい。洗われて混じりけのなくなった空気に彼らの声はより冴え冴えと響き渡るようで、雨上がりの爽快な気分を上げてくれる。


 面白いのは、クロウタドリがまるで話をしているように聞こえることだ。どこかの木の上から一羽が朗々とさえずると、それに呼応するように少し離れた木の上から別の声がする。もう一方が長いフレーズで返すと、さらに輪をかけるように長いメロディで相手が答える。そんな風にして彼らの歌声は延々と続いていく。

 抑揚があり、バリエーションに富んだその鳴き声は、まるで遠いところから熱心に会話しているように聞こえる。いったい何を話しているんだろうと可笑しくなるほどである。


 夏の朝なんかは彼らの声で目覚めることもある。窓を開け放していると、夜明けと同時にその歌声がアパートの中にまで流れ込んでくるからだ。そんな時は寝ぼけた頭でここはどこだ? なんて思うこともある。なんだか森に囲まれた家にでもいるような感覚がして、とても気持ちがいい。

 パリの中で一番自然を身近に感じさせてくれるのは、何よりもこのクロウタドリの歌声なのである。

 

 と、ここまで褒めておいて落とすのもなんだが、フランス語ではメルルというと、「ずる賢い人」とか「ペチャクチャよく喋る人」とか、あまりいい例えとして使われない。古い歌に「からかうクロウタドリ」という一節もある。昔の人はこの鳥がうるさくて嫌いだったんだろうか。かわいいのに。


 そういえば最近では、この国の王様と女王様の座をめぐって、人間もよくさえずっている。人間の声になるとどうも口汚く、足を引っ張り合うさえずりになるから残念なものである。

 いかに相手より大声を出すかで人間は躍起になるが、誰が王座につこうと、木の上のクロウタドリは知らん顔で、相変わらず美声を響かせるのだろう。夕暮れ時の会話で、彼らは人間のさえずりの下手さをからかっているのかも知れない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る