太陽の街①

 南仏と言えばコートダジュール。カンヌやニースといった高級リゾートのイメージが浮かぶ。真っ青な地中海と海岸沿いの舗道。テラスが並んでいて、サングラスをかけたリッチでお洒落なピープルがお洒落なカクテルを飲んでいる、みたいな。コーヒーが一杯五ユーロ? ふざけるな、みたいな。

 やっかみ半分の偏見に満ちたイメージだが、おおかた外れてもいないだろう。


 フランス語で「ブリンブリンしてる」という表現がある。これは「成金っぽく飾り立てた鼻もちならない感じ」を意味するのだが、ニースとかカンヌなどには僕はどうしてもこのブリンブリンを当てはめてしまう。このあたりへバカンスに来る人たちは大抵白人の裕福層だろう、とか、このあたりのアフリカ人と言えば偽物のブランドバッグを腕にいっぱい引っかけて、通りすがりの人たちに「いかがすか~」と売りつけるような怪しいのばっかりだろう、とか。これもステレオタイプではあるが、あながち間違ってはいない、と思う。


 だからそういう所には行かない。


 じゃあどこの話かというと、マルセイユである。


 フランスでは第二か第三ぐらいに大きな街だ。南仏では一番の主要都市といってもいいだろう。

 あれ? と拍子抜けするほど庶民的な街だった。ニースやカンヌに抱いていたセレブなイメージがない。ごちゃごちゃして汚い。お洒落じゃない。コーヒーが二ユーロしない。


 マルセイユはフランスで一番古い港町である。

 中心部の旧港はこれまで見た港の中で一番大きいものだった。真っ白な帆掛け船が整然と並び、数えきれないほどの背の高いマストが揃って突き出している風景はちょっと圧倒される。

 

 紺碧海岸コートダジュールというだけに、アジュールというのは濃いめの青だと思い込んでいたのだが、地中海はもっと明るく薄い色だった。それが遠くへ行くほどに濃さが増していく。どこら辺をもってアジュールなのか、色の定義がいまだに分からない。

 海岸線はもう青ではなくエメラルドグリーンというやつで、肉眼でも先まで透けて見えるほどに透明だった。こんなに透明な水も初めて見た。僕は沖縄に行ったことがないが、沖縄の海もこんな感じなのかな、と想像した。


 海沿いに走る道を南下していくと、途中にはいくつも小さな入り江がある。そこには白い小型船が行儀よく泊まっていた。大きな帆掛け船がたくさん並んだ旧港とは違ってこじんまりとしていた。

 入り江の海岸道路は高架になっていて、アーチ形の橋が架かっている。日が暮れると、そのアーチの間から空がオレンジと紺のグラデーションを作るのが見える。黒い影だけになった橋の上で、高架道路を照らす街燈とバス停の照明だけが残っていた。それはきれいというより、妙に淋しいような気持にさせる眺めだった。


 すっかり暗くなってから埠頭へ行くと、アジュールの海は漆黒に変わっていた。向こう岸には市街地の明かりが散りばめたように輝いていた。姿の見えない海は音だけが繰り返され、たまに波が何かに反射して光っていた。

 夏の夜はぬるい風が気持ちよく、遠くに見える街の明かりもきれいだったが、足元の海には誘うような闇があった。このままここへ飛び込めば重しをつけなくても果てしなく沈んでいける、そんな心地にさせた。

 少し離れたレストランバーで賑やかに夜を楽しむ人たちの姿が絵空事に見えた。


 内陸の方は丘になっていて、そのてっぺんにはノートルダムが建っている。泊まった場所からはこの丘の上の教会がライトアップされているのが見えた。真っ暗なのでこの教会だけが白くぼんやりと浮かび上がっている。その眺めは夜のサクレ・クール寺院に似ている。


 バスと徒歩で丘に登った。

 教会は昼間に見ると太陽のせいで白い建物がさらに眩しかった。壁には横縞の模様がついていたと思う。中に入ると、装飾は船のモチーフだらけで、おもちゃのような船の模型がいたるところにジャラジャラとぶら下げてあった。

 この教会は船乗りの守り神なのだそうだ。

 縞模様とか、船とか、いかにも海の街っぽい。


 外に出るとマルセイユのパノラマが広がっていた。

 海の先には小さな島が浮かんでいた。

 反対側にはカサカサに乾いた色の山々が連なっていた。

 眼下には白い壁とオレンジの屋根がこまごまと並んでいた。

 飛行機雲が太陽を串刺しにするように横切っていた。



 (②へつづく)

 

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