おとぎの国のアルザス

 僕はアルザスという言葉の響きが好きだ。なぜか分からないけど、単純に語感がいいというか、きれいな音に聞こえるから。Alsaceというスペルもすっきりして好きだけど、カタカナで書いた時の方がよりかっこよく見える。なので今回は「アルザス」を連発できる喜びに勝手に浸っている。


 アルザス地方はライン河を挟んでドイツと隣り合わせになっている地域だ。国境は河の途中。水の中の国境ってなんか変な感じがする。一度橋を渡ってみたいと思いつつそれはまだ実現していない。

 

 一番大きい街はその国境にあるストラスブールなのだが、個人的に好きなのはそこから電車で三十分ほど南へ行ったところにあるコルマールという町だ。ストラスブールと比べてどちらがお勧めかと訊かれたら、僕は迷いなくコルマールと答えるだろう。

 

 まず、ストラスブールよりずっと規模が小さいこと。その分、古い街並みが凝縮して保存されていること。だから歩いてじっくりと見て回るのにとても適している。


 アルザス地方の旧市街は独特の木組みの家が並んでいる。高さはせいぜい三階建てぐらいで、魚の鱗を敷き詰めたような屋根は角度がかなり傾斜している。これは雪対策だろうか。

 建物の壁を交差する木組みは意味があっての組み方なんだろうが、そのデザインがみんな面白い。三角や台形の模様だったり、バッテンになってみたり。木材がボコボコとまっすぐじゃないところが何よりあたたかい印象を与える。

 壁の色はパステルっぽいというか、淡いピンクや緑や水色で、木材の焦げ茶色とのコントラストが効いている。ピンクの家の隣に黄色の家、その隣にブルーの家、という具合にくっつき合って建っているのが可愛らしい。


 夏の太陽の下ならきっと色も鮮やかに映るだろうが、冬空のくすんだ背景でも、この木組みの町並みはおとぎ話の舞台のような味があった。春でも、秋でも、この風景はきっと一年中絵になるだろうと思う。

 しかもおあつらえ向きに町の中央には運河みたいな川が流れている。「小さなベニス」と呼ばれているぐらいだから、どれほどフォトジェニックか察してもらえるだろう。

 とにかく写真に撮ってくださいと言わんばかりのサービスたっぷりの景観。ここまで揃えてくれれば完璧である。まるで絵本の挿絵のよう。

 この町は言ってみればメルヘンの世界なのである。


 僕は古いものマニアなので中世みたいな建物が残ってるとアドレナリンが放出されるのだけど、ここでも少し歩くだけで大量放出した。なにしろ古い。全部古い。「いいねえ~いいねえ~」とナントカのひとつ覚えのような感想とため息が出る。


 だけどこの渋さと可愛さの混ざった町並みに感動するのは僕だけじゃない。なんといってもここはジブリ作品の舞台なのだ。『ハウルの動く城』をご覧になった方は、最初の方でハウルと主人公が空を歩くシーンを覚えておられると思うが、その町がコルマールだ。なんなら実在と同じ建物がそのまんま出てくる。ミヤザキさんも目をつけるほどの美しい町なのである。


 ここへ行ったのは冬のクリスマスの時期だった。今でこそフランス中でクリスマス市をやっているけど、始まったのはこのアルザス地方からだ。これは隣のドイツの影響である。有名なのは大都市のストラスブールで、装飾もイルミネーションもパリの比ではない。街中が宝石箱みたいで、一年分の金をここへつぎ込んでるんじゃないかと思うぐらい華やかだ。

 コルマールはその点ゴージャス感には欠けるけれど、それでも建物のラインに沿ってライトアップされた建物は美しく、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 しかし。

 ……寒い。

 つま先から凍ってきそうなほど寒い。


 パリの冬仕様ではとてもじゃないが足りない。アルザスはヴォージュ山脈の足元にある。夏は暑く冬は寒いの典型の地方だ。メルヘンに気を取られるといつの間にか体が凍っていることになる。


 地方の料理とはよくできたもので、その土地の気候に適したものを食べるようになっている。アルザスの料理は、ソーセージ、キャベツのザワークラウト、ジャガイモ……ドイツそのままである。普段なら好んで食べる種類の料理ではないのだが、ここでは有難く頂戴した。この重たい、もとい、あったかい食事が凍りついた体を溶かしてくれる。郷土料理とは風土に根差しているのだなと改めて感じた。


 ところで、食事をした店では水のグラスにアルザスの民族衣装を着た子どもの絵が描いてあって、とても可愛らしかった。そしたらコーヒーのカップにまで民族衣装の子どもの絵が描いてあった。観察してみると飲食店だけでなく、店の看板、菓子のパッケージにまで、至るところにやたらとこのアルザスの子どもたちの絵が目に付く。

 これは何だろう?


 その正体はすぐに分かった。


(つづきます)

 

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