秋雨と石畳
秋のパリは一番きれいだと思う。特に色づいた街路樹が冬に向かって全て散ってしまう直前の、十一月の初めごろがいい。木々にはまだ黄色い葉っぱが残っていて、それと同じぐらいの落ち葉が舗道に絨毯のように積もっている頃だ。普段は道の脇に掃き固めてあるが、子どもがよく面白がってその葉っぱを蹴散らし、親に怒られていたりする。
僕の住んでいる辺りの道はほとんどアスファルトだけど、この落ち葉には石畳の道が似合うと思う。そして雨に濡れているのが一番絵になる。ちょうどこの季節はほとんどの日が雨模様なのでおあつらえ向きだ。
雨模様の灰色の空で濡れ落ち葉が石畳に張りついているなんてちょっと暗いと思われるかも知れない。事実この景色を目にするときは気温も低いので、寒さも手伝って侘しさが倍増する。でも僕に言わせればここまで徹底的に淋しい方がよりこの季節を味わえる。視覚だけじゃなくて肌で感じるからだ。
石畳は雨に濡れるとつやが出て光る。特に違った色の石が埋め込まれている道は、それぞれが明かりに反射して自分の色を強調する。いびつに並んだ古い石畳ほど余計に光沢が出る気がする。きっと何百年も前から沢山の人が歩いてすり減らしてきたしるしだろう。
その上に落ちるのはできればプラタナスの葉がいい。プラタナスの葉は大ぶりで、カナダの国旗の葉に形が似ている。春や夏の間は濃い緑だが、秋になるとオレンジと黄色を混ぜたような色になる。この少しまだら模様の大きな葉が石畳に重なり合って濡れているのが、いかにも秋を思わせて絵になるのだ。
カイユボットという画家の絵に『パリの通り、雨』というのがある。パリの雨の日の風景を描いたものだ。濡れた石畳が印象的だけど、この絵には街路樹がない。それが自分にはちょっとだけ物足りない。都会的すぎるというか冷たいというか。ここにプラタナスの葉が落ちていたら少し温かみがあるのに、なんて思うけど、これは絵を知らない素人考えかな。
秋と言えば、十一月一日はトゥッサンというカトリックの祝日である。日本語では諸聖人の日という。死者を偲ぶ日で、日本のお盆みたいな感じだろうか。この日には先祖のお墓を掃除したり、花を供えたりする。花は日本と同じ、菊の花が主流だ。
パリの墓地はとても木が多くて、このトゥッサンの頃には沢山の落ち葉が墓石と墓石の間を埋めている。夏の天気の良い日に散歩するのもいいけど、この落ち葉で彩られた墓地には特別な風情がある。その中でも雰囲気があるのは、ペール・ラシェーズという墓地だ。パリの三大墓地のひとつで、ショパンやエディット・ピアフやオスカー・ワイルドなどが眠っている。
この墓地は石畳の道が多い。しかも古くてデコボコしている。ずっと前にこの季節にここへ来たことがあるが、その時も雨だった。古い墓碑と石畳が雨に濡れていて、そこへ落ち葉がへばりついていた。渋さを通り越して悲しさの方が勝ちそうな光景なんだけど、太陽が燦燦と照らす夏のそれよりも、こちらが本来の「墓地」なのかも知れないと思った。
フランスでは残念ながらまた都市封鎖が始まってしまった。でもトゥッサンだけは墓参りが許されるそうだ。天気はどうやら雨っぽい。
石畳に濡れる木の葉を見てみたいけど、それは来年まで取っておこう。巷に降る雨ならきっと色んなものを洗ってくれるだろう。
お墓参りに行く人たちにはゆっくりと、ご先祖様と語り合って欲しいと思う。
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