2 蛍の光の中で

 「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 かれこれ洞窟の出口を出て、森を走り続けて、30分が経った。だが、レノはまだ国境を超えておらず、追われている。


 「毒のせいで苦しいだろ! 諦めろよ!」


 後ろの遠くにいるノートンが叫んできた。苦しくて仕方がないレノは返答などできず、走り続ける。


 そっちこそ諦めればいいのに。


 レノが国境の外に出ても、毒があって生きていける保障はない。

 仮に毒を解毒できたとしても、どうやって生きていく? 住む場所は? 働く場所は? 


 そんな状況のレノに、別の国いるノートンたちをどうこうできる余裕があるはずがない。


 痛みと格闘しながらも走り続けていると、ようやく国境を示す塀が見えてきた。


 あの壁はなかなかの高さがある。

 レノはバッグに入った魔石の数を数えた。


 バッグの中にあったのは3つの魔石。1つ使っても、2つ残る。塀を乗り越えて、ノートンたちが追って来ても一時は逃げれる。

 レノは魔石を手に取り、魔力を体に流し込む。そして、ただの石となった魔石を捨て投げ、壁へと走り続ける。


 「レノ! お前まさか! 国を出る気か!」


 ノートンはレノの考えをようやく理解したのか、遠くの方で叫んでいた。

 そんな彼に『はい。そうですよ』などとは答えず、完全無視。


 そうして、壁の前まで来ると、ジャンプ。

 さらに魔法を使い、ジャンプ力を向上。空中で体をクルクルと回転させた。


 ――――――――その瞬間とき、満天の星空が見えた。

 

 レノが追われていること、死にかけていることなどどうでもよさそうに、星々は輝いていた。


 ――――――――――――ああ。

 本当はこの空を落ち着いた状況で、毒の回っていない健康な体で見たいのにな。


 なんて考えているうちに地上に着地。

 壁の向こう側から、レノを呼ぶやつらの声が聞こえた。


 「じゃあな、裏切者」


 そう言い捨て、レノは右目を隠しながら、残った力でその場を去った。




 ★★★★★★★★




 国境を超えたレノは森を抜け、少し開けた場所に来ていた。

 魔石は残り1つ。レノにもう一度走り出す元気はなかった。

 

 「ここまで来れば…………と言ってもあいつらは塀も乗り越えていないか」


 目の前には青い花が広がっており、月明かりによって美しく照らされている。その青い花畑を歩いて行くと、小さな川が見えてきた。

 

 「あれは…………?」

 

 川をじっと見ていると、黄色い丸い光が飛び交っていることに気づく。

 その光はやがてレノの所にもやってきた。


 「蛍…………?」


 かなり昔に感じる、日本にいた頃の前世。

 その前世で見た蛍の光を俺は思い出す。


 俺、なんで異世界こんなところにいるんだろう。

 殺されても、自殺しても、何度も繰り返される異世界での生活。しかも、生き返るのではなく、新たな転生で別の人間の途中から始める。


 日本あの世界に帰りたい。

 たったそれだけのこと。


 なのに、帰れない。


 徐々に力が入らなくなり、レノの体は地面に崩れ落ちていく。


 あの世界に帰れないのなら、せめて死にたい。

 死んで天国なり地獄なりあの世に行きたい。

 

 ――――――――でも、それすらも叶わない。

 

 死んで、別の人生。死んで、また別の人生。その繰り返し。

 そして、勇者に何度なって頑張って生きても、裏切られるだけ。


 裏切られるのを避けて1人になろうとしても、結局勇者か何かにされる。

 

 なぁ、神様。

 俺に何を望んでいるんだ?

 何度も異世界に俺を送り込んで、一体何をしてほしんだ?

 転生者・転移者を嫌うこの世界で何をしたらいいんだ?


 ――――――――俺にはさっぱりわからねーよ。


 最強の武器をくれるわけでもなく、最強の能力をくれるわけでもなく、ただただ自分を異世界に送りつける神様。

 

 あー、クソっ!

 なんか、また神にだんだん腹が立ってきた。

 神様、殺してやりたい! 


 ――――――――でも、また俺は死ぬ。

 レノという少年の人生を終えて、また次の人生を始める。

 もううんざりだ。


 レノは寝返り、星空をまた眺めた。目の前には満点の星空と美しい青い花で、最高の景色が広がっていた。

 

 蛍の光もこんなにたくさん…………もしかしたら、今までで一番いい死に方かもしれない。


 「…………大丈夫ですか?」


 視界に突如入ってきた人の影。

 寄ってきた蛍の光が人の正体を教えてくれた。


 覗き込んできたのは、レノと同じくらいの身長の少女。

 水色の髪を揺らす彼女は青い瞳をじっとこちらに向けている。

 

 綺麗な子だ…………。

 

 しかし、レノは声を出す気力もなく、ただただ彼女を見つめていた。

 

 「返事がない…………大丈夫そうではないですね。ちょっと失礼します」


 そう言って、少女は俺をじっと観察。少女の瞳は白く光出していた。

 この子…………聖女の力を使ってる?


 異世界で過ごしてきた俺には、聖女の力というものを目にしたことがあった。世界ごとに聖女の形態や能力が多少異なることもあるが、基本的な能力は一緒。


 きっと彼女は能力を使って、自分の状態を把握しているんだろう。


 「毒!? しかも強力な毒に侵される…………これはまずいわ。あ、お父様」


 じっと少女を見ていると、視界に男の姿が見えた。

 水色の髪…………少女の父親なのだろうか。


 「どうしたんだ、アシュレイ…………その子は?」

 「ここに倒れていました。どうもかなり強い毒に侵されているようでして…………」


 「こんな小さな子どもが? それはまずい。すぐに彼を近くの屋敷に連れていこう」


 どんどん彼らの声が遠のいていく。

 

 …………。

 こんなに小さな子どもって。そこにいる娘さんと大して変わらないいんだと思うだが。


 レノは誰かに抱えられ、どこかへと連れていかれる。レノの意識が次第に遠のいていく。だが、少女が自分の手を握り、治癒していることは目にできた。


 必死に治癒魔法をかけてくれる少女は天使のようだった。

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