3 ハジェンス家の魔導士

 「…………」


 レノが目を覚ますと、ベッドの上にいた。

 大きな窓に、豪華な装飾が施された家具。周囲を見渡すと、とにかく高価そうなものが置かれていた。


 ここはどこだ…………?

 

 気を失う前のことを思い出す。

 ノートンたちに裏切られ殺されそうになった。それで逃げ、国境の壁を超えて、それでお花畑みたいな場所で倒れて、綺麗な女の子が現れて。

 

 「それで、その女の子の父親らしき人に運ばれたような…………?」

 

 つまり、ここは女の子の住む家ということになる。

 この家の豪華さから、きっと女の子は貴族の者だろう。

 

 「はぁ、まさか貴族に拾われるとは」

 

 とレノが息をついていると。


 「あ、目を覚ましたんですね」

 

 1人の女の子が部屋に入ってきた。彼女は死にかけの俺を見つけてくれた少女だった。

 水色の髪を揺らし、少女はレノの所に近づく。


 「あ…………はい」

 「まだ激しい運動は控えてくださいね。お医者様から4日間は安静にするよう言われていますから。困ったことがあれば私や使用人におっしゃってくださいませ」

 「あ…………はい」


 そう言って、せっせと動く少女。

 彼女は使用人たちとともに、ベッド上で食べれるよう、食事を用意してくれた。

 

 「どうぞ召し上がって」

 「あ…………はい」


 少女に促され、俺は目の前に置かれたパンを手に取った。

 ほんの少し焼かれた柔らかいパン。香ばしい香りが鼻にすっと入ってくる。

 

 レノはふと彼女を見た。


 「ねぇ、なんで見知らぬ俺にこんなことをしてくれるの?」

 

 少女とレノは赤の他人。

 レノは確かに隣国の勇者ではあるが、勇者と分かる手の紋章は国境入ってすぐに魔法で隠していた。

 

 だから、レノを助ける理由なんてどこにもない。少女に利益もない。

 

 少女をじっと見つめていると、彼女はうーんと唸る。

 

 「死にかけの人を見かけたら助けるのは当然のことだと思いますが…………」

 「俺、あんたの赤の他人だよ? それでも助けるっていうの?」

 「はい…………特にあなたは放っておけませんでした。私と年が近く思えましたので…………それに」

 「それに?」


 少女は赤く頬を染める。


 「年の近い友人など1人もいませんでしたので、助けたら友人になってくれたらいいなぁ、なんて思いまして…………えへへ」

 

 実際、レノの年齢はあんたの10倍以上はある。

 しかし、レノはそんなことは口にせず、別に気になったことを聞いてみる。

 

 「あんた、友人いないの? お嬢様なんだよな? 1人や2人ぐらいいたっておかしくないと思うけど…………」

 「アハハ…………そうですよね。普通の子ならそうなのかもしれません」


 少女は優しく微笑む。その笑みはどこか寂しそうだった。


 「私はハジェンス家の者ですからね…………友人なんてできませんよ」

 「…………」


 レノは手に取っていたパンを置き、ベッド上で立ち上がった。


 「あ! まだ動くのは…………」

 「大丈夫。こう見ても俺の体、頑丈な方だから。それよりも…………」


 レノは彼女の方に右手を伸ばす。

 

 「俺はレノ・キーロック。なぁ、あんた。俺と友人にならないか?」

 

 そう言うと、彼女はぱぁと顔を輝かし始める。そして、レノの右手を取り、握手を交わす。


 「ええ! もちろん!」

 

 すると、アシュレイは「あ」と呟く。一体どうしたのだろうか。

 レノが首を傾げていると、アシュレイが答えてくれた。

 

 「自分の名前を言ってなかったと思いまして」

 「あ、ホントだ。確かに聞いてない」

 「私、アシュレイ・アナベラ・ハジェンス。アシュレイと呼んで、レノ」

 「おう。アシュレイ、よろしくな」

 「こちらこそよろしく!」


 そうして、レノとアシュレイは友人となった。

 その後、レノは彼女からこの家について話を聞いた。隣国のことなんてさっぱりだったレノにとっては助かる話。

 

 レノはそっとアシュレイの話に耳を傾ける。

 アシュレイはハジェンス家という公爵家の娘であり、公爵令嬢。

 しかし、仲良くしてくれる令嬢はおらず、かといって、身分の違う者と交流することはできない。

 

 兄がいるが、彼もまた王都の学園に通っているらしく、ずっと1人だったらしい。


 「公爵令嬢が1人ぼっち……………………そんなこともあるんだな」


 レノはアシュレイに聞こえないよう、小さく呟いた。


 


 ★★★★★★★★



 数日後。

 アシュレイから動くことを許可されたレノは、恩人の1人に挨拶をしていた。

 アシュレイにある部屋に案内される。その部屋は書斎らしく、多くの本があった。窓際には1つの机。そこには1人の男がいた。

 

 アシュレイと同じ水色の髪の男。彼がアシュレイの父であることはすぐに分かった。


 「お父様、レノをお連れいたしました」

 「ああ。ありがとう。さぁ、そこのソファに座ってくれないか」

 「はい、分かりました。レノ、ここに座って」


 アシュレイに促されるままに、レノはソファに座る。

 

 「あの…………」

 「レノ君、昨日の新聞を見たかい?」

 「いいえ…………」


 男は背を向けたまま、窓の外を眺めていた。

 新聞に何か書いてあったのだろうか? そんな疑問がs自然にレノに浮かぶ。


 「先日、隣国アムシャの幼き勇者が死亡したそうだ。ドラゴン討伐中、戦死。彼の死によって、ドラゴン討伐は成功。仲間も無事だったそうだ」

 

 アシュレイの父はくるりと身を翻し、こちらに顔を向ける。彼の顔には微笑みがあった。

 この人、まさか…………。

 

 「レノ君。君の右手に掛けられている魔法を解除してもらえるかね?」

 

 この人はまるでレノが勇者と知っているかのよう。しかも、手に掛けている魔法にまで気づいている。

 さすが公爵様。


 「分かりました」

 

 レノは手に掛けていた魔法を解き、紋章を見せる。

 レノたちの会話についてこれず、首を傾げていたアシュレイだが、ようやく理解したのか、立ち上がっていた。


 「勇者…………? レノが勇者?」

 「レノ君、君はやはり勇者だったのか。新聞で報告された勇者は君なのだろう? 一体何があったんだ?」

 

 「それは…………」


 レノは一瞬ためらったが、彼らに全てを話した。

 勇者としてアムシャ王国で魔物と戦っていたこと、ドラゴン討伐の際、仲間に裏切られ、国境を越え、ステラシエロ王国ここに逃げてきたこと。 


 2人は終始話を黙って聞いてくれていた。

 話し終えると、アシュレイ父はコクコクと頷く。


 「そういうことだったのか…………つまり君は今無職ということだね」

 「そういうことになりますね」

 「じゃあ、レノ、私の家ここに入ればいいわ! ね! お父様!」

 「でも、何もせずに居座るとかはちょっと…………」

 

 貴族の家に見知らぬ人物が居座っていたら、噂の的になる。アムシャ王国ではレノは死んだことになっているため、できれば自分は目立ちたくない。

 

 「なら、ハジェンス家の魔導士として働くのはどうかい?」

 

 とアシュレイ父は提案。

 貴族ハジェンス家の魔導士…………か。悪くないけどさ。

 うーん。

 

 「君が高度な魔法が使えそうだから、魔導士と言ったけど、騎士でもなんでもいいよ」

 「なんでもいいって…………」

 

 ハジェンス家に使えるなら、魔導士が一番レノにはいいと思うが。


 レノが熟考していると、アシュレイがキラキラと目を輝かせていた。


 「お父様、その案には賛成です! レノはしっかりと働くことになりますし、私も友人と遊ぶことができます! レノ! レノはどう思う? 私はレノと一緒にたくさん遊びたいの」

 

 ハジェンス家に使えるのも人の目を集めそうなものだけれど…………。

  アシュレイはキレイな青い瞳を輝かせ、レノの両手を取る。

 

 「1人は寂しいの」

 「…………」

 

 うーん。どうしよう。

 断ったら、アシュレイは泣くかもしれないな。


 ここ最近、部屋の外に出れないレノの相手をしてくれたアシュレイ。チェスやカードゲームなど遊びをしていたのだけれど、その時の彼女の顔は本当に生き生きとしていた。


 アシュレイは本当に友達を遊ぶことがなかった。そのことをレノは実感していたし、分かっていた。

 

 「レノ君。アシュレイは早くに母親を失くしていてね。私もそのうち仕事でここを少し離れるから、アシュレイは本当に1人になってしまうのだよ」

 

 追い打ちをかけてくるアシュレイ父。

 断ると言っても、レノはどこにも行く当てもない。


 なら、結局ハジェンス家の魔導士として働くのが一番なのかもしれない。

 そう決意したレノは立ちあがり、アシュレイ父に頭を下げた。


 「ハジェンス様、よろしくお願いいたします」

 「やったー!」

 

 その時誰よりも喜んでいたのはアシュレイだった。

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