走れ海香!

「ありがとうございましたー」

「気をつけて帰るんだぞー」


 ここ、わたしのアパートの目の前ですけど。

 叔父さんのアルフォート号が見えなくなるまで手を振ります。

 さて……よし、ここからが正念場です。すでにわたしの心は決まってます。


 今夜はギョーザにします!

 ギョーザを自分で作ります!


 なぜだか知りませんがそんな気分になってました。叔母さんにもらった白菜がわたしの背中を後押ししてくれてます。ちょうどギョーザに使いますからね、白菜!

 そうと決まればこっちのものです。腹ペコですが勇気が湧いてきました。これでも料理は得意なんです。ひと通り揃ってますからね、調味料!


 ちなみに言っておきますと、わたしはコンビニごはんで適当に済まそうなんて、元々全然考えてません。なんだか負けた気がしますから。ましてや、餃子の王将なんてもってのほかです。こんな遅い時間に花の女子大生がひとりで王将なんて、大事なものを失くしちゃいそうな気がしますから。


 なので! さあ、急ぎますよ! わたしのいつものあのスーパーへ! 閉店は十時です! 今から行って着く頃には、残り時間は十分じっぷん少々でしょうけど、買うものは決まってますから十分じゅうぶんです! 頑張れます! わたしは、腹ペコに報いなければなりません! いまはただその一事です! 走れ! わたし!


 行って帰ってきた道をまた自転車をこいで行きながら、ふとわたしは考えました。この向かう先で待っているのは、セリヌンティウスさんとかではなくて、食材です。そのためにわたしは走っています。わたしには彼氏なんていません。思い起こせば、中学生のとき、それに近い人がいたことがありました。部活を引退してから、なんとなくその人と、毎日ふたりで一緒に下校するようになりました。かといってそれで何をした、とかそういう話ではないんですけど……。

 すっごい前の話ですね。ああ、あの時は、何年後かに自分がこうして夜遅くに腹ペコのために疾走してるなんて、全然想像もつかなかったな……ぎゃひー……。


 そんな苦悶もありましたが、十五分後、わたしは愛しのいつものスーパーにたどり着きました。間に合いました。夜は自転車のライトをちゃんと点けましょうね。


 まずは野菜コーナーです。白菜がもうありますから、あとは長ねぎだけでいいですね。わたしの狙いはそれだけです。他の野菜には目もくれません。こっちは腹ペコなんです。それくらい追い詰められているんです。


 次はお肉のコーナーです。豚! の挽き肉! です! わたしの狙いはそれだけです。ちょっとだけトンカツ用の分厚いロース肉に目がくらみました。でもうちには今、お米が無いので我慢です。また会いましょう! ロース肉よ!


 そしてだいたい、こういう挽き肉コーナーにはギョーザの皮も置いてたりします。ありますね。むむむ。小麦粉コーナーも見てみます。むむむ。

 調理時間を短縮するのならギョーザの皮を買っちゃう一択ですが、コスパを考えると小麦粉のほうが全然割安なんですよね。それに、皮はどうせ買っても全部は使い切らないでしょうし。あとうちには今、お米が無いのでごはんも無いですし。それなら、自分でもっちもちの皮を作ってもっちもちのギョーザにしちゃえば、ごはんも要りませんし一挙両得じゃないですか?

 これはいい思いつきです。ボリューミーでジューシーでごはんいらずのパーフェクトギョーザなんて最高です! そうです、自作の皮なら大きさも自由です! たまりません。よだれが出ちゃいそうです。出ちゃいました。


 という結論に達しましたので。小麦粉をカゴに入れて、わたしはお酒コーナーへ向かいます。ここぞとばかりに、発泡酒と缶チューハイをどさどさと買い込みます。「終わってる」ですって? いえこれはむしろ始まりなのです。王将で同じだけ飲んだらお勘定がアウトするくらいの量を確保しました。いやいや、これを全部飲むわけじゃないですよ?


 レジで同い年くらいの男の子に変な目で見られましたが、わたしは動じません。「蛍の光」を背に(今は冬ですが)、無の心で、私は帰途に就きました。でも、家に着いて買ってきたものを置いて眺めてちょっと絶望しました。この先に続くギョーザ完成までの道のりの長さを思って。わたしの今立っているところは、まだ折り返し地点でしかなかったのです。がくりと膝を折りました。何か軽くつまめるものを買って来ればよかったですね……。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る