グレンという魔術師
といっても、二人に用があるわけではないらしい。ただ、中庭を突っ切って、向かい側の建物に行こうとしているだけのようだ。男が――まだ若い男だ――二人に気付いた。ゲオルクは、男の顔を見て思った。グレンだ。
特別に親しいというわけではないが、何度か話したことがある男だ。年が近いので、自然と接する機会があった。グレンは目の大きな、彫りの深い顔立ちをしており、その肌は褐色だ。南方の血を引いているのだ。異国的な、非常に美しい容貌をしている。
グレンもまた二人に気付き、笑顔で挨拶をした。愛想のいい男だ。しかし、ゲオルクはグレンに対して、どこか距離を感じていた。にこにことこちらと親しくはするが、決して心の奥にまでは踏み込ませないようなところがある。何故そう思ってしまうのか、美しい顔はややきつく、それがどこか冷淡さを見るものに与えるからなのか、それとも、グレンが異国の血を引いていることにゲオルクが知らず知らず壁を作ってしまうのか、それはわからなかった。
グレンはそのまま建物の内部へと入っていった。彼を見送って、アントンはやや声をひそめて言った。
「グレンのことだが。やつもさっきの話と関わりがないわけでもない」
「竜を嫌っている奴らのことか? 彼もその一人であると?」
「さあ……。ただ、彼の師匠がそうだった。もう高齢で亡くなっているが。グレンが南方の出だということは知っているだろう。彼の母は国境地帯にいた。父親は異国のものだそうだ。その父親が亡くなり、母はこの町の住人と結婚してこちらに来た。グレンは貧しい生活をしていたが、魔術師としての才能はあり、そこを師匠に拾われたんだ。結局大した出世さ。王室付きの魔術師となるほどの」
「グレンは魔術師としてすごいのか?」
「そうだな。錬金術に詳しく、占いの才もある。天体や鉱物の知識も十分だし、薬草や人体や病気についてもよく知ってる。すごい奴ではあるな。だが……」
アントンは言葉を濁した。そして続けた。
「彼をどう評価していいかわからなくなる時がある。俺だけじゃないと思うんだ。グレンは周りの魔術師と上手くやっていると思う。けれど、時に、それが全て演技じゃないかと思うことがある。なんていえばいいか……」
「心を開いてないんだな。俺もそう感じるときがある」
「そうなんだ。そんなに悪い人間ではない、と思うんだが」
同じことを、ゲオルクも思っているのだった。そして自らを振り返り言った。
「それはこちらの偏見かもしれないな。グレンが異国の血を引く人間だからだ。どこかで、自分たちとは違うものだと思っているのかもしれない」
「それもあるだろうな」
アントンは同意した。
今度はグレンに話をきいてみようか、とゲオルクは思った。アントンとの話には思いもかけない収穫があった。グレンと接触することによって、塔の謎がさらに解けるかもしれない、とゲオルクは思ったのだった。
ただ――グレンが今回の件に関わっているという可能性もあるのだが。グレンは一体どういう人間なのか、ゲオルクは判断を下すことができなかった。
――――
ユンが空から落ちてから、しばらく経った後。城でパーティが開かれることとなった。その日、日も落ちて灯りの点る室内で、ルチアは侍女に髪をといてもらっていた。
ルチアの柔らかく長い金髪が、侍女の手によって何度も丁寧にくしけずられていく。ルチアは机の前に座って、鏡の中の自分を見ていた。美しく装うのは、心はずむことだった。それに今日はなんといってもパーティの夜なのだ。
これまでは、パーティの初めにほんの少し顔を出して、それからすぐ自室へと引き上げさせられた。けれども今夜は違う。長くいてもよいことになっている。父が言ったのだ。「ルチア、おまえもそろそろ結婚のことを考えなくてはいけないね」その言葉から察するに――婿選びも兼ねているのだろうか。
結婚のことはあまり真剣に考えたことはなかった。けれどもそろそろ直面しなければいけない問題でもある。ルチアは、自分はどんな男性と結婚したいのだろうかと考えた。上手く思い描くことができない。そもそも結婚したいのだろうか、と思う。けれども王の娘に生まれれば、それはしなくてはいけないことではあるのだろう。
ルチアはふと、ユンのことを思い出した。綺麗な若者だった。自分と――外見的な――年齢も近い。ルチアは自分でもあまり意識せぬままに、侍女に尋ねていた。
「竜と人間って、結婚できるのかしら」
侍女、プリシラは驚いて、一瞬手を止めた。
「どうでしょう……聞いたことがありませんけど」
「そうよね。私もだわ」
「竜と人間が結婚といっても、寿命も違いますし、そもそも子どもができるか――……ああ、えっと、こほん」
プリシラは顔を赤らめ、不自然な咳払いをした。そして真面目な表情を作って言った。
「今夜のパーティにも幾匹か招待されているようですね」
「そうなの。でもつまらないおじいさんばかりだって、お姉さまが言ってたわ。人間のパーティに招待されるのはそういう竜たちばかりなんですって」
「まあ、つまらないだなんて」
「若い竜は来ないのかしら」
「各分野で相当の実績を積んだものだけが招待されるんですよ。若者はいないでしょう。ああ、人間の貴族や名家の若者は別ですよ。だって、その人たちが姫さまの婿に――」
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