葵 高校生の時
葵が詞とよく話すようになったのは、出席番号が近かったからだ。
詞はとにかく人より三倍も喋っていた。葵は殆ど話を聞いていなかった。言う前に理解していたからだ。
普通ならここで自分が興味を持たれていないことを悟り、傷つくのだが、詞は大して気にせずしゃべり続ける。
たまたま気まぐれで葵は彼の話を聞いてみた。しかし、彼の内容はやはり、想像した通りのセリフだった。
好みの本も、好きな食べ物も、観察すればわかることだ。彼が演劇部に入っているのも知っている。クラスメイトの所属部活も頭に入っているからだ。他の生徒たちの会話を繋ぎ合わせれば、彼が今日何が起きたのかもシュミレーションできる。
けれど、それでも喋り続ける詞の行動は、葵にとって予想外の事だった。
思い通りの反応がなくてもひたすら喋り続ける人間を、葵は初めて知った。
誰に対してもそうなのか、と思ったが、詞は他のクラスメイトにはそんな風には喋らない。大人しく物静かな男子だった。
それは一体、どのような行動原理なのか。
葵は初めて、他者に興味を持った。
「私、あなたの会話に興味がないのだけど」
「ウン、知ってた」
「どうして私にずぅっと喋りかけるの? 喋ることが目的なら、人形でもいいんじゃないかしら」
「それはヤバい人間じゃないかなっ?」
答えない人間にずっと話しかけるのも、大して変わらないだろう。この時葵はそう思った。
「うーん、何でかな? よくわからないや」
結局葵がその答えを知るには、それから二年後のことだ。
▪
「夢を見るなって言われるんだ」
埃っぽい空き教室の窓辺で、詞は言った。
「お前には出来ないことが多すぎるんだから、近場の大学に合格して、職種に困らない手堅い資格をとりなさいってさ。……なんかこれから僕の人生、そうやって終わるのかなって思うと、足が全然動かないんだよね。すごくつまんなくて」
葵は視線を画面から外さず言った。
「夢って、俳優になること?」
「……そう言えたら良かったんだけどね」
詞は笑って言った。
「元々身体弱いからさ、自分でも無理だって思ったんだよね。演劇部も、今は脚本やってるんだ」
「そう」
無機質に答えながら、葵は答えた。
「でも50年後には、自分の身体を動かすのではなく、バーチャルの世界で演じるようになると思うわ」
「……えっと、それ、意味ある?」
「どうして? 今だって、ロボットに歌を歌わせている時代じゃない」
いやまあそうなんだけど、と詞は頭をかいた。
「肉体がないなんて、なんだか味気なくない? ほら、演技って役者の外見も含まれるわけだし……」
「選んだ訳でもない遺伝子より、自分の意志でカスタマイズ出来るもののほうが、よっぽど誇れると思いますが」
「う、うーん、否定できないけど頷きたくない……」
反論したいが言葉が続かず、詞は別の話題を口にした。
「ところで、今ちらっと見たけど、本読んでるの? 何?」
「『Le Petit Prince』」
「……なに?」
「『星の王子さま』です」
詞は空を仰いだ。ひょっとしなくてもこの天才少女は、原文で読んでいるらしい。やっぱり天才なんだ、と思いつつ、意外だと詞は思った。
「葵って、そういうファンタジーは読まないと思ってた」
「何故です?」
「え、非科学的というか……」
「科学も文学も、元を辿れば一緒よ」
そういうもんなのか、と詞は思った。あれかな、空想科学読本的な、物語を科学してみるみたいな。
「この物語は、宇宙誕生とよく似ていると思うわ」
「……なあに、それ」
詞は尋ねる。
「ビックバンのこと?」
「ビックバンは、どうして生まれたのか知ってる?」
「え、無から生まれ……あ、違うんだねその顔は。本当は無じゃないんだねその顔」
葵は笑った。
「宇宙の始まりはね、寂しい真空に、他所からやって来た素粒子がやって来たことなの」
葵は決まった解答を出すことを求められたことはあったが、質問をされ説明を求められたことは、詞が初めてだった。
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