淑宴の後始末

 彼は哀れな男だった。嘘が下手で、そのせいで死んだ。

 私は幸運だった。苦虫を噛み潰して罵詈雑言に耐えた甲斐あってか、嘘を吐くのは少しばかり得意になっていた。

 双子を牽制し、女と共謀した結果、彼が嵌められて死んだ。

 然しながら彼は聡い男だった。

「昨晩、顔色がよろしくなかったようですが」

 心配すら見せるような素振りでそう言った彼の顔が思い出される。


 ……死ぬべきは、本当に彼だったか? そう少し考えて、すぐにやめた。

 真相は文字通り葬り去られてしまった。誰があのクソ野郎を殺したのかは知らない。正直、興味もない。アイツは、死んで然るべき存在だったから。あの立ち居振る舞いに対する反抗で、その犯人が裁かれることすら納得がいっていない。少なくともあの場にいた全員が被害者ではないのか。

 ……罪の為に、或いは単なる冤罪の為に、アヴェーンは本当に処罰されるべきだったのか? そこで、考えるだけ無駄だと悟り、思考をやめにした。


 日が沈んだあとの厨房で、暫くぼんやりと立っていた。

 私に罪はあるだろうか。死体に刃を突き立てるのは罪か。

 正直なところ、分からずにいる。でも、気にしてはいない。


 ……また、嘘を吐いた。

 最後まで無実を訴えた彼が本当に無実であれば、私は人を殺めたも同然である。加担してあの生真面目な男を殺した私は、そういう意味では罪を背負わなければならない身だ。それを気にしてしまって、心が痛んでいる。

 ……いや、違う。それも違う。

 私は秘匿した。バレるのはまずい事だと理解していた。その時点で、既に私は加担した罪を自覚したようなものだった。恨みを持てども、既に死んでいた人間を解体する等、ただのエゴでしかない。踏みとどまれなかった自分が、ただただ怨めしい。

 もっと言えば、……私が引っ掛かっているのは、真に仕えるべき主君が見せた、あの悲しげな顔だ。彼女もまた聡くある故、私の殺意にはとうに気付いていたかもしれない。もしかしたら、全て見られていたのかもしれない。その疑念すらも抱いたまま、私は生きていかねばならない。

 ただ、ああ、しかし、まあ。彼女は本心を語った。あんな性根の曲がった男でも、彼女はただ一途に愛していたと云う。ならば、祝福すべきだったのか? いや、幸せから遠ざかっていくのを見るのは、……、…………。やはり、耐えられなかった。あの時点で仮にアイツが虫の息であったとしても、私は確実にそれを殺したであろう。

 打ち明ける、べきだろうか。いや、私は曲がりなりにも彼女の愛した男に蛮行を施したのだ。追い討ちをかけるような真似は避けなければならない。

 ……。

 ……そんなことすら即座に断ずることが出来ない。私の思考は血に塗れて、なまくらのように錆び付き切れ味を失っていた。裁かれることのない十字架を背負って、明日からどんな顔をすればいいのかも分からない。

 深夜零時、仕込みの終わった厨房で、私は慟哭した。安堵か、憐憫か、はたまた絶望か。煮詰まった感情がどろどろとしたものになって、狂いそうになっていた。これ以上は精神衛生上宜しくない。少しばかり外に出て、外の空気を吸おう。

 こうして私は、眠れない夜を明かした。そうして出来た目の隈を、怪訝に思う者は誰もいなかった。

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