夕立
また、雨が降る。
立ち込める暗雲を見て、そう予感した。
……雨は嫌いだ。この世のモノの中で一番嫌い。
風が、つい先程まで太陽に灼かれていたアスファルトの上を通り抜けていく。その焦臭い匂いに目眩がした。
途端、想起される「いつか」の記憶。未だ微かに痛む右肩を押さえる。あの日この身体に纏わりついた焔が、吸い込んだ煙が、未だ己が身体を蝕んでいる。あの日も雨だった。しかし雨では炎は消えなかった。燃え盛る炎を見て、己の無力を思い知った。
不意に親の顔を思い出す。自分達の意向ばかり優先して、私まで殺そうとした身勝手な奴らのことを。私はアイツらを、未だに許してはいない。墓の場所も知らないままだ。クソ、本当にどうでもいいことばかり思い出す。
このまま降られては堪らない。
通りも疎らな車道の脇を、重いペダルを踏み込んで進み始めた。
─────────────
また、雨が降る。
携帯の通知を見て、空を見上げた。
雨は好きだ。万物を等しく潤してくれる。
窓の外から吹き抜けた風は、部屋の中へ湿った匂いを誘い込む。その穏やかな空気に目を閉じる。
やがて再生される「いつか」の記憶。変化のない部屋、窓の外で揺れる紫陽花。あの時私を包み込んだ深い絶望は、刻み込まれた孤独は、今も心のどこかで声を潜めて泣いている。たまに降る雨が好きだった。雨の時だけは、絵のように動かない窓の外の景色を変えてくれる。人の心なんて気にしない、自由の象徴だった。
あの頃、随分大切な物を失くしたような気がする。それが何かは分からない。けれど、何時かの泣いている僕の姿は、晴れた砂漠にぽっかり空く底無しの穴のように黒く暗かった。これ、なんだっけ。全く、どうでもいいことはすぐに思い出せるのにな。
そういえば洗濯物、入れたっけか。
静かな部屋のその外へ、少し早足で踏み出した。
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