ヒーロー
ただ、ヒーローに憧れていた。
かつて両親から聞いたことがある。いつかの正義の味方のように力強くて優しい、そんな子に育ってほしい。そんな願いが、名前に込められていると。
そんなことを知ってか知らずか、俺はヒーローへの憧れを持っていて、だから俺はそういう人生を送ってきた。人の役に立って感謝されるのは誇らしかったから。人が心の底から笑っているのを見るのが、本当に好きだったから。
夢はヒーロー。目標は人を救える仕事。必死に努力した。地頭は悪くても、努力すればなんとでもなる。平凡な体躯でも、鍛え上げれば武器となる。ただ目の前の日々を必死に生きた。走り抜けてきた。悪い噂を、偽善者と罵る声を、ただ振り切るようにして。
まあ、こんなふうに頑張ってきたが、その原動力はほとんど家族だった。ただ良い兄貴であれと力を尽くしたりもした。
……十歳で父を亡くした。死因は自殺。悲しみに暮れる中、家族は俺が守らなくちゃいけない、という思いが、無意識のうちに芽生えていたから。
その後の十五年を、俺はただがむしゃらに生きてきた。力も強くなったし、頭もそれなりに良くなった。何より、優しさなら誰にも負けない自信がある。
ただ、現実は残酷で。思いとは裏腹に、俺は、近い人間も守れないほど非力で。
「あいつらの言うことを信じ抜いた」
いいや。俺があいつらに甘えただけだ。俺は、己で決めかねて、選択から逃げた卑怯者。
「あいつらは選択に悔いを残していない」
嘘だ。あいつらだって生きたかった。俺は、自らの都合を押し付けた最低の人間。そうだ。私利私欲のために、俺は、……二人、殺した。
皆のヒーローになんて、なれやしなかった。
……何を言ったって、もう言い訳だ。今更何を言い逃れするでもない。もう済んでしまったのだから、後はあいつらのために生きるしかない。分かっている。分かっているし、現にそうして生きている。消えたものはもう戻らないのだから。
何かを守ろうと生きてきた俺の人生は、気づけば守りきれずに消えた大切なものの残骸だらけになっていた。皮肉なもんだ。守ろうとしていたものから守られていたのに気づいたのは、失ったあとだった。辛いときも苦しいときも、嬉しいときも何も無いときも、俺の傍には常にあいつらがいて。それだけで、生きている意味はあった。できることなら、あいつらともっと話がしたかった。
……正直、俺が死ぬまであいつらは生きていると思っていた。きっとそうなるだろうと、俺はたかを括っていたのだ。全く、どこまでも甘い男だ。
今となっては、もう叶わぬことなのだろうけれど、願ってしまう。
もう一度、あなたと、あなたたちと話がしたい。
十五年を共に生きた、寡黙で優しい弟。
共に過ごした時間はどうだった?
俺は最後まで、お前の傍に寄り添っていられたかい?
誰よりも強く、麗しかった妹。
面倒臭い自覚はあったけれど、ひどく拒絶されていたけれど、でも俺はお前の兄であることが誇らしかった。
俺の愛情、ちゃんと伝わってたか?
偏屈で天才で、母の死を誰よりも悼んでいた弟。
お前の相手はなかなかにハードだったけど、でも、俺とは全く違う価値観に、俺は確実に影響を受けた。
いつかまた、ふらりと帰ってくるのを楽しみにしてるぜ。
聡明で、でも繊細で、とても優しかった”あちら”の弟。
お前は、俺と同じ苦しみを味わってきたと見える。失う悲しみも、置いていかれる者の辛さも、分かった上であの最期を選んだんだから、立派なもんだ。
兄弟を残して逝かせたこと、いつか謝らせてほしい。
長い間、女手一つで家族を養ってくれた母さん。
苦労を減らしてやることは出来なかったけど、助けになれたのなら嬉しい。
だから、そっちの世話は任せましたよ。
俺達を遺して死んだ父さん。
あなたの選択を許すつもりはないが、そのおかげで俺は強くなれた。だからもう、否定も肯定もしない。臆病なだけで、悪い人じゃなかっただろうしさ。
ただ、下を向かずに、あいつらと仲良くやってくれ。
……失ったものは多いが、残っているものもたくさんある。
だから生きるのだ。救えなかったものよりも多くのものを救う。消え掛けの灯火を守る。それが今の俺にできることだ。失う辛さを知っているから、そんな思いを一つでも減らすために、今日も俺は闘う、闘い抜く、生き続ける。
……ああ、そうだ、最後にひとつ我儘を。
母さん。父さん。俺、頑張ったんだ。だからさ、
「お前は充分ヒーローだった」って、褒めてほしいな。
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