第7話…「魔王様の戦慄」
いつもなら、食事の時間と言えば、空腹を満たす事の出来る至福の時間…と相場は決まっている。
しかし、今日の昼食は、やはり食の進みがいつもより遅かった。
皿に乗った野菜たっぷりなサンドウィッチは、みずみずしい葉物野菜、一見血のように赤い酸味の効いた緑黄色野菜、どれも非常においしく、魔力をふんだんに吸って育った野菜たちは、食べるだけで体が軽くなる。
美味しい…美味しいはずなのに、魔王の一口目はなかなか入らず、入ってもなかなか喉の奥へと落ちて行かなかった。
「いやはや、俺達は普段肉ばかりを食っているが、たまには草を食うのもいいもんだな。」
姿映しを使用せず、この場に集まった者の1人、オーク長は、自身の前に置かれた魔王が食べているモノと同じサンドウィッチを頬張りながら、口の周りに着いたケチャップを指と拭き取って、それを自身の口に運んでいく。
「今日のお料理に使用している野菜は、魔王様が直々に手入れされたお野菜を使用しています。今朝がた採られたモノを使用していますので、鮮度も申し分ないかと。」
この場にいる者全員分の食事を持ってきていたメイド長、豪快にサンドウィッチを頬張っていくオーク長へ、補足するかのように話しかけ、その視線を魔王の方へと向ける。
「・・・ッ!?」
その瞬間、何故か、魔王の背には冷たい汗が流れ落ちた。
きっとアレはご立腹で、絶対に怒っているし…自分は睨まれている…と、一瞬、メイド長と目が合うも、すぐに目を逸らす。
彼には後ろめたい事はない…。
ただ、採ってきて…と頼まれた野菜を採り忘れ、ため息を吐かせてしまった…、それだけだ…、そんな言い訳を…、魔王は小さい声でブツブツと言ってみるモノの、横で食事を取っていた軍隊長は、ため息を吐きながら、それを後ろめたいというのだ…と呆れた。
獣人であるメイド長、種となるのは「犬」、その獲物と定めて離そうとしない眼光は、食事中、いつまでも魔王の姿をとらえ続けていた。
一行の食事が終わった所で、定例会議の後半戦が始まる…、議題は前半と変わらず、人の犯行と思われる問題と、その対処だ。
その内容に、魔王はただただため息を吐く。
「さっき話したバイコーン、魔物同士の縄張り争いが原因なら、バイコーンの亡骸は骨になっていると思うのですが、その辺はどうなのですか?」
メモのために書き残していたモノに目を通しながら、軍隊長は首を傾げる。
大樹の魔物トレントの長は、その体のせいもあって、表情の細かな変化は見分ける事ができない、しかし、その体の大きさには似つかわしくないクリクリとしたつぶらな瞳が、瞼に隠れ、その目が左右に揺れた。
「肉が食われた形跡はないのぅ。不自然な事があるとすれば、怪我の割に流れ出ている血が少ない事じゃな。バイコーンの死因は、首を斬られた事による出血死じゃ。じゃが、死に至る出血にしては、血が流れた形跡が少ない。」
「・・・魔物同士…魔獣とのいざこざ…、その辺の問題じゃないな。」
話を聞いていた魔王は、不愉快感から眉をひそめながら、頬杖をついてため息を吐く。
「自分も同意見です、王よ。」
軍隊長も、魔王の意見に同調した。
「王は、森での生活に長けている。魔物魔人の亡骸を見る機会も少なくなかったはず。」
「嫌な事に…な。」
「であれば、そのお言葉には価値がある。」
どこか引っかかる言い方に、良い気がしないが、魔王は頬杖をやめ、姿勢を正す。
「俺が言うまでもなく、状況的に、みなも気付いているはずだ。これは縄張り争いで起きた痛ましい結果ではない…と。血を吸う魔物や魔人、魔獣がいない訳ではないけど、魔物魔獣の類では首を斬って血を吸う…なんて回りくどい事はしない。そのまま首に噛みついて直接吸うだろう。魔人の類なら、道具を使うし、斬る事はするだろうけど、そもそもあの手の輩はバイコーンの血なんて吸わん。吸うなら、同じ魔人か、人間だ。」
それでも物好きはバイコーンでもなんでも吸うかもしれんが…と付け足しながら、魔王は頭を掻く。
自分で言っていて、その言葉から狭められた中から、犯人を捜そうものなら、ほとんど一択に近かったからだ。
それは、弱肉強食の連鎖からは外れた欲を満たすための蹂躙だ。
「そういや、人間連中の間には、延命薬…などと言われ、魔物の血を売りさばく輩がいると聞きます。」
思い出したように、ケンタウロスが手を上げる。
「なんでも、魔力が高ければ高いだけいいとか。バイコーンは魔物の中でも純度の高い魔力を多く保有する種です。もしかしたら…。」
「延命薬…? つまり、本来定められた自身の結末を否定し、他人の命をむしって、その先に行くと? 自然の摂理に反する行動だな。」
人間は、魔王達のような魔族と比べ、極端なまでに寿命が短い種だ。
魔族の寿命が、三桁が当たり前な中で、人間の寿命は二桁…、平均は50前後で長く生きたとしても80、3桁台に乗る寿命の持ち主は、それこそ人間の域を超えた魔法使い連中ぐらいだろう。
しかし、結局それも、蓋を開けてみれば、この一件…延命薬の力を利用した結果だ。
「延命薬も結局は作れる人間は限られる。話だと、その血を飲めば不老不死になれる…みたいな噂まであるとか。数百年前には、それで魔物や魔人が乱獲され、血を抜かれ死に至る…なんて悍ましい事件もあった程です。」
「血だけを奪い去る…か。魔力濃度の高い血を求めるのなら、血を抜いた時点で、魔力は徐々に血から抜けていく。そんなに手に入れてどうするんだ?」
「自身に使う者もいるでしょうが、その多くは…売る…んでしょうな。」
魔王の疑問に、トレントは目を伏せながら、悲し気にため息を漏らす。
「その時代は痛ましい事件が多かった。動物や虫達に事件を調べさせた事があるのじゃが、その時は、五体満足病気知らずな若返り薬…などと銘打って売る者が多くいたそうじゃ。到底庶民では手に入れられないような高値で売られ、買えたのは金持ちの貴族連中のみ。王が言うように、血を抜いてしまえば、そこに宿る魔力は徐々に抜けていく。抜けてしまえばただの血じゃ。売り物にならなくなるや、コソコソとなんの対処もせずに捨て、血が腐敗し、瘴気を生み、挙句の果てには人間側に多少の被害が出た。最終的には魔族の侵略などと騒ぎ立て、全てを我らに擦り付ける始末じゃ。」
トレントはこの中でも一番の年長者、その目で見てきたモノ、その耳で聞いてきた事は、聞けば聞くだけ物々しく、魔王の身を震わせた。
「自身の死を恐れるがあまり、逃れるために他者を襲う…、それは百歩譲るとして…、至福を肥やす為に他者の命を踏みにじるとは…、自然の摂理からかけ離れた…到底理解できぬ行動ですな。」
トレントの悲し気な雰囲気に同調してか、ケンタウロスも頭を抱えた。
「怖い話だな…。・・・めっちゃこわい…。」
魔王の言葉に、一同は頷き、同じ轍は踏むまいと、その件は、警戒を厳にする事で話は決まった。
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