第6話…「魔王様の定例会議」


「ふぁ~~ぁ…」


 魔王は大口を開けて欠伸をしながら、テーブルに頬杖をつく。

 そんな魔王に向けられる視線は、怒るでもなく、馬鹿にするでもなく、蔑むでもない…が、冷たい視線だ。


「ンッン~ッ!」


 そんな彼に、横に立つ鬼人の男は、わざとらしく咳払いをした。


「悪い…「軍隊長」」


 自分を責めるように発せられた咳払いに対し、それを無視する事も出来なかった魔王は、申し訳なさそうに姿勢を正す。


「それでは王よ。次の話に行っても? ちゃんと聞いていただけますかな?」

「ああ…ああ、もちろん」


 疑いの籠った目を向けながら聞いてくる軍隊長、そんな彼に、俺を信じろ…と自信を多少なれど含めた笑みを、魔王は向けた。

 その顔に免じてもらったのか、それとも呆れられたのか、ため息をつきながら、軍隊長は手に持った資料へと視線を戻す。

 今、この王宮のとある一室では、クレイドルで各地を治める長達を招集した定例会議が行われていた。


 この王宮がある地底以外にも、本物の太陽の日差しが届く地上にだって、クレイドルの領土がある。

 地上と地底、上下に領地を持ち、上下にも横にも、その広さを極めたクレイドルを治めるには、王1人の力だけでは負担が大きいと、各地に、その土地柄を理解する種族をあてがい、長として治めてもらっている状態だ。

 例を挙げるとすれば、海の領域を「アプカルル」、平原の領域を「ケンタウロス」、大森林の領域を「トレント」と、地上はこの3種族が主に統治をし、地底は魔王とそれ以外に、地上から地底へと続く洞窟が2つあり、最も大きな道を守護する「タイタン」、もう1つの洞窟を、クレイドル内でもその人口の多さと屈強な肉体を武器に軍隊として駐留する「オーク」の2種族が統治をしている。

 魔王の愛犬ケルベロスは、そのオーク軍が守る洞窟を守護していたが、そこで起きた勇者との戦闘で傷を負い、今に至る事となった。

 今日はそんな5人の長と魔王の集まる定例会議なのだ…と言っても、地上を統治している者達は、距離の都合で移動するのが困難な事もあり、魔法による「姿映し」で、その瞬間の自分達の姿をこの場に映し出す事で出席としている。


「では、国民から寄せられた意見ですが、地底での意見の大半は自由の制限への不満ですね。人間の国「ヌァリー」とのにらみ合いが厳しくなっているので、相手を気にしないために地底と地上との行き来を制限している事に関して、不満が多く出ています」

「不満と言ってもなぁ。我慢させずに自由を謳歌させて、こちらが戦いの準備をしている…なんて思わせたら、それこそ大変だし」

「その通りです、王よ。過去、こちらにそういった意図が無く、民達の自由を尊重していた時、戦闘に関連する事を一切やっていなかったにも関わらず、我々の動きが活発になったから…と、戦支度を始め、最終的に小さいモノでしたが、戦いを行った記録があります」

「・・・え?」


 魔王は、歴史を詳しく知る者ではない。

 歴史を参考に、話を進められる時、周りの知識を参考にする事もしばしば、だからこそ、軍隊長の言葉は魔王の表情を引きつらせた。


「ですので、国民には制限する理由を理解してもらうため、丁寧な説明を実施していきましょう。そして、決して皆の権利を蔑ろにしている訳ではない…という事を示すため、太陽の光を浴びる事を必要とする種の者を優先する事にはなりますが、地上への往来を許可する法を準備する必要があります」

「う…うむ、そうだな。ハーピィとか、地底でも飛ぶ事に関して不自由は無くても、地底で飛ぶのと、青空の元で飛ぶのとでは、気持ちよさが違うだろうしな」

「その通りかと。では次、地上方面の報告ですが、こちらは地上の統治を任せている方達から報告をしてもらいましょうか」


 軍隊長は、席に座る長達を順に一瞥していく。

 そんな中で、我先にと手を上げたケンタウロスの長と目が合った。


「ではケンタウロス、あなたから」

「承知。我らケンタウロス、日々、ノルマとして草原を走り、鍛錬を欠かさぬようにしているのですが、それを平原の警備と並行して行っていた折、力の弱ったスライムを発見した次第、話によれば人間に襲われたとの事」


 会話の途中、何故か視線を落とし、何故か口元を手で覆うケンタウロス、気持ち声も少し震えていた。


「話によればその人間、「スライムなんて雑魚中の雑魚だろッ!」と、笑いながら剣を振り回してきたらしいのです」

「うわ、何それ、こわい…」

「もはや知能の欠如した魔獣に等しいですね」


 その人間の行いを想像するだけで、魔王は恐怖から身体が震えた。

 確かにスライムとて弱い種もいるだろう…、しかしスライムの大半は物理攻撃に強く、魔法による攻撃でなければ決定打に欠ける…普通の人間が戦える存在ではない…、それが常識であり、そんなスライムを雑魚とのたまうのは余程の無知だけだ。

 僅かに残る疑問を抱えながら、魔王はケンタウロスの話に耳を傾ける。


「何でもその人間の振るっていた剣は魔力を帯びていたらしく、そのスライムは見聞が広い訳ではありませんが、魔法の剣の可能性も。ですが問題はそこではありません。問題は、その人間の行動でございます」


 ケンタウロスは、悲しみと怒りの滲んだ声で、そのスライムに起きた悲劇を口にしていく。


「人間相手にスライムの言葉は通じぬ、しかしながら、逃げる行動を取れば、彼の者に戦闘の意思がない事は理解できるはず、しかしその人間は彼の者を執拗に追いかけ、何度も何度もその剣を振るったそうでございます。叩かれる度に体の液は周囲に飛び散り、ドンドンと体は小さくなっていったとの事…」


 最終的には動けなくなり、体の状態を保つ事さえ難しくなった…と、ケンタウロスは話した。

 そして、ケンタウロスが一番怒りを覚えたのはその次だ。


「その人間はあろう事か…、動けなくなったスライムの所持品を強奪していったそうです。それは出稼ぎに出ていたスライムの家族を養うための、鉱物や薬草です。我はソレが悔しかった。そのスライムは低レベルの魔物です。能力が高くないからこそ、弱肉強食の世界では肩身が狭い事でしょう。そんな中で必死に家族のために…と集めたモノを、さもその辺に転がってる石を拾うかのように奪っていった人間に…、我は怒りを抱いてしょうがありません」


 ケンタウロスは血が滲みそうになる程に握り拳を作り、一滴の涙を流した。

 魔王は、ケンタウロスの気持ちに同情し、思わずその言葉に頷く。

 そこへ、トレントの長が手を上げた。

 魔法による姿映しを、実寸大でやってしまえば、大き過ぎて部屋に収まらないから…と、手の平サイズまで縮小された…まるで盆栽にも見えなくもないトレントは、その頭部の緑豊かな緑葉を揺らしながら、会議テーブルの中央まで歩み出る。


「平原における人間の件じゃが、こちらでも新しい情報が入りました」

「森に人間が入り込んでいると言うモノですか? それなら魔王様の御父上より、注意せよとの言伝を受け取っています。それ以外に何か進展でも?」

「ああ…。森にてバイコーンの亡骸が発見されてな。そこには鋭利な刃物で斬られた痕も確認されておる。それに戦闘痕もな。魔獣の類による可能性もあるが、スライムの件を考えれば、その人間が関係している可能性もあろう」


 そろそろ昼食時、しかし、此度の会議は、いささか刺激が強い。

 話が進めば進むだけ、食欲が失せていく魔王なのだった。


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