第5話…「魔王様の作るモノ」


 もう少しで日差し…という名の光がこの地下世界を照らし始める時間。

 魔王が川沿いを、魚を担ぎながら歩いたその先…、そこには、先ほどまでいた訓練場よりもだいぶ小さい…半分以下なサイズの、木の柵で覆われた菜園があった。


「おはよ~」


 パッと見、そこには誰もいないが、魔王は、そんな菜園全体に何とか聞こえる程度の声で、挨拶をする。

 案の定、少しの間、魔王の歩く音以外、風に揺れる草花の音しか聞こえない時間が過ぎ、魔王自身、返って来ない言葉に、寂しさすら感じ始めた頃、ゴソゴソと、地面が掘り起こされるような音が聞こえ始めた。


『まだ真っ暗じゃねぇか。…たくッ。時間を考えろ、時間を』


 音のした方向、そこには、魔人も魔物も姿はなく、たわわに大きく育った葉が不自然に動いていた。


「今日はそこに居たか」

「当たり前だ。毎日毎日同じ場所に居たんじゃ、飯にありつけねぇからな」


 魔王が声を掛ければ、誰もいない様に見えるのに言葉が返ってくる…、そんな不思議な光景が出来上がった。


「飯か…、そんなお前に今日は土産があるぞ?」


 そう言って、魔王は担いでいた魚を見せびらかすように持ち上げる。


「おお~…おおおおお~~~~ッ!」

「ついさっき川で仕留めた採れたてだ。この時期だと、冬に向けて栄養を溜め込む季節、脂は乗るわ~魔力は豊富に含まれてるわ…。もうとにかく美味い状態だな」

「何それ何それ何それッ!? マジで? マジでかッ魔王ッ! それくれんの? わっちに? やったやったッ!」


 不自然に動いていた葉っぱはさらにその動きを大きくし、シュッ!とその根ごと、地面から跳ねあがる様に飛び出る。


「おいっ、そうはしゃぐなって」


 辺り一帯に土をまき散らして、魔王の顔にも盛大にかかった…、挙句の果てには口にも入り、べッとその辺に吐きつける。


「いや~、すまんすまん、まさかまさかの豪華さにわっち、我をわすれちゃった」


 そう言って、魔王の前に歩み出るモノ…、さっきまで地面の中にいたソレは、体の周りについた泥を払い落とす。

 それはまさに植物の根だ…、人のような形を取っている事を除けば、ただの植物でしかない。

 その名を「マンドレイク」、植物系の魔物、性別は基本ないが、その性格としゃがれた爺さんのような声から、魔王はこのマンドレイクを男として接している。

 根の大きさとしては、ゴブリンの子供程度の大きさだろう。

 横に肥え太ったゴブリンの子供が、多少老人のようにしわくちゃになったような…そんな見た目、それに付け加えるように頭から伸びた大きな葉が、伸びに伸びて、根だけなら魔王の膝付近までしかなかった背を、胸まで届くモノにしている。


「いいから…早くッ! ほらッ! それ寄越せって」


 かさ増しも甚だしい身長で、そいつは、両手を魔王に向けて、さっさと寄越せとせがんだ。

 お世辞にも愛くるしいとは言えない見た目で、玩具をせがむ子供のようにピョンピョンと跳ねる様は、不気味…気持ち悪い。

 それでも、マンドレイクと付き合いの長い魔王は、彼の動きには気にも止めず、持っていた魚へと視線を向けた。

 そのエラを取っ手の代わりに掴み、人で言う所の後頭部と首の付け根に向かって、程よく加減をした膝蹴りを喰らわせる。

 ゴキッという骨が折れる音、肉が裂ける音が伝わって、綺麗に胴体と頭の分れた魚は、反射か何か…その胴体をビチビチッと動かしながら暴れまわった。


「おお~…おお~…おお~~。陸に上げてしばらく経つのに生きがいいじゃねぇか。さぞかし、うんまい魔力を貯めてるんだろうなぁ」


 待ちきれない様子のマンドレイク、魔王はそんな彼に、未だ動く胴体を、尻尾を逆手に持って、その胴体から噴き出る魚の血を、めいっぱい浴びせた。


「いいぜぇ…、生き返る」


 まるでその肌…否…根に、その血を染み込ませるように、マンドレイクは体に手の形をした根を這わせた。


「・・・」


 その光景には、さすがの魔王も耐えられないようで、そっと目を逸らす。


「気持ち悪いし、薄暗いせいで…なんかこわい…」

「ほっとけッ! 至福の時に、余計な事を言って台無しにするんじゃ~ないッ!」


 彼の素直な気持ちに、怒るような態度を見せるマンドレイクだったが、その様子もすぐに消え、思い出したように話を変えた。


「・・・そういや、お前のオヤジ、また俺に言伝を預けたフクロウを飛ばしてきたぞ? そんなに息子の事が心配なら、直接フクロウを送れってんだよなぁ? なんでわっちを経由させるかねぇ…」

「親爺か…。不器用な人だから仕方ない。大方、言伝とはいえ、話をどう始めてイイかわからんのだろう」

「へっ…、その親ありしとこ、この子供あり…だな」

「そうだな。お互いにもうどうも思っていなくても、一度出してしまった手を、どうやってしまえばいいかわからんのだ。それで? 親爺はなんて?」

「最近、森に人間の兵が入ってくる事がある…だってさ。アイツがいる森は、クレイドルでも奥まった場所だ。人間はそうそう入ってこねぇ。気に掛けておいた方がイイかもな」

「なるほど…、わかった。後で軍の連中に調査を指示しておこう・・・と、今回はこれだけな」


 表情を一切変えずに、育ててくれた父親の事を思いながら、ある程度血が出た所で、未だ溢れる血をケルベロスが取ってきてくれた桶へと入れ始める。


「あ、オイオイ、まだたくさんあるだろッ。もっとおくれよ~」

「駄目だ。畑用に血池に入れなきゃいけなぇし、街の方で、最近具合が悪いって言ってるゴブリンの婆さんがいてな。そっちにもお裾分けしてやりたい。何かまだ欲しいなら、このお頭を置いて行くが、いるか?」

「いらんいらん、固形物じゃなく液体でなきゃ、いくら栄養があっても、それが食える状態になる頃には、別の飯が来てるっての。固形物はわっちじゃなく、そのまま血池に入れとけ、畑の肥料用に、後で処理しておいてやる」

「いつも悪いな」

「なに、王としての仕事で忙しくなる事はわかってた、だからこそ付いて来てやったんだ。感謝するなら、ドンドンわっちに貢げ」

「はいはい。じゃあ、他に…何か婆さんへの土産になるヤツ、出来てないか?」


 魔王はそう言いながら、畑の方へと視線を向けた。


「ん~。じゃあその隅っこにあるサラサラ草なんてどうだ? 婆さんが何歳か知らんが、歳なら血流も悪くなるだろ。その草を煎じた茶にして、しばらく飲んでりゃ血がサラッサラになるぞ? まぁ老人なら、飲めて一日一杯だな。それ以上飲んだら過剰になる。髪もサラサラになるんだが、過剰に飲んでるとな、髪が細くなって、最悪の場合…抜ける」

「・・・」


 老人相手になんてモノを勧めるんだ…と、魔王は複雑な顔をしながら、不安と共に、自身の髪を触った。

 ゴブリンにも髪の毛はある。

 他の種族ほど、そこに執着する姿は見られず、歳を取ると、邪魔だといってツルツルに頭を整えてしまうゴブリンもしばしばだ。

 しかしながら、女性である事に考慮し、魔王は、その草を持って行く事は決めても、ちゃんと説明しようと誓った。


「じゃあ、魚の身の半分は池に入れとくから、後は頼む」

「おう。お前も、たまには仕事から抜け出すんじゃなく、後ろめたさ無しで土いじりに来い。草達にだって、世話をしてくれるヤツの心情が伝わるんだからな」

「わかったよ。今度、久々に休みが取れそうだし、その時にでも。じゃあまたな」

「おう。今日もがんばれよッ」


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