第4話…「魔王様の弱肉強食」


 訓練場での遊びとは打って変わって、魔王とケルベロスは、木々の生い茂る森林を駆け巡る。

 魔王は、木と木を跳び移り、ケルベロスはその下を木々の合間を縫うように突き進んだ。

 両者からしてみれば、ソレもまた運動の一環でしかない。

 木に巣を作っていた鳥たちは、驚きのあまり飛び立ち、一夜の休息として木の上で休んでいた猿型の魔物は、唐突な揺れに寝ぼけ眼を擦りながら枝から落ちる。

 勢いよく森林地帯を抜ければ、そこから先は草花の生い茂る斜面、ソレをゴロゴロと転がって、最終的に大の字となって止まった。

 風で揺れ動く草花たち、香ってくる甘い香りは普段より、どこか濃く、魔王の空腹気味の腹を刺激する。

 そんな彼の顔面を、後から追い付いてきたケルベロスが、その3つの舌で舐め回す。


「ウオッ!? ブヘッ!?」


 舐められるだけならいざしらず、そのヨダレまみれな舌は、魔王を軽い呼吸困難状態へと追いやった。

 なんとかベロベロと舐めてくる口を押しのけて、体を起こしてみるが、当然ながら顔…だけでなく胸から上がベトベトなヨダレまみれだ。

 上着を脱いでいてよかった…と、彼は心からそう思った。



 心もとないが、手で顔中のヨダレを拭い取って、まだ半ばな斜面を降りる。

 その先には、深い川が流れ、魔王は迷う事無く水の流れへと、その身を投じるのだった。

 深いとはいえ、流れの穏やかな川は、顔中のヨダレもさる事ながら、運動で掻いた汗を流すのにはちょうど良い冷たさだ。

 地下水がそのまま流れていると言ってもイイモノだから、冷たすぎる…と言う者もいるだろうが、彼からしてみれば適温である。

 運動で火照った体は、キャンプファイヤーのように燃え滾るが如く、体に熱を帯びさせていたのだ。

 川にたどり着くまでに体に当たった風が、幾分かその熱を排除してくれはしたけど、それでもまだ足りず…、川に入る事で、ようやく熱を冷ます事ができる。

 それに彼にとっては、勝手に自身を運んでくれるこの川の流れは、運動後の軽い休憩という意識もあった。

 ちょうどこのまま流れた先に、王宮から城下町に行くための橋が架かっている訳だが、その橋の王宮側に、彼が丹精込めて育てる野菜たちが育つ菜園があるのだ。


「ん?」


 その時、足に何か硬いモノが当たった。

 ちょっとザラザラで、そしてトゲトゲで、気持ちヌルヌルとした何か…。

 魔王は、不安になって、仰向けに流されるだけだった体を起こす。

 まだまだ暗い川、水上には何も無く、川の横では魔王を追うようにケルベロスが並走していた。

 愛犬は、頭の1つが魔王の方を見ながら、うぉふッと小さく吠える。

 その時、魔王は足を何かに噛みつかれ、一気に水面へと引きずり込む。


「うぼぼぼ…」


 ただでさえ暗かった視界が、水中へと入り、更なる闇が支配する。

 噛まれた足は激しく左右に振られながら、体も左右へと振られて、先ほどまでの心地良い川旅とは打って変わり、真逆な状態へと突き進む。

 自身の足を加え込んでいるモノ、それは「魔獣」だ。

 国とは、集まり…助け合う事で集団としての力を得るモノ、魔物や魔人の国…と言っても、その括りに収まらない者達もいる。

 人間側で例えるなら、人間と動物の関係に近いモノだ…、人間と共存する動物もいれば、同じ世界に生きつつも、お互い生きるために戦うモノもいる…そう言った関係が、魔物や魔人、多種多様な種族の生きるクレイドルにも存在するのだ。

 魔獣とは、そのクレイドルの輪に入る事のない、魔を持つ獣…魔獣である。

 そして、今まさに魔王の足に噛みついているモノは、その魔獣で、発達した牙で獲物を水中に引きずり込んで捕食する肉食魚だ。

 大きさは大人1人分、丸々と太ったその体は、脂ものって美味そうな事この上ない。

 魔の国であっても、弱肉強食は世の常である。

 肉食魚と魔王、その力の差は歴然であり、くわえ込んだその口…その牙が、魔王の皮を貫く事は無く、これと言ったダメージを与える事ができずにいた。

 そんな肉食魚に対して、魔王は鋭い眼光を突きつける。

 その瞬間、足を噛む力は衰え、そこから抜け出す事も用意にになった。

 魔王は足を抜いてすぐ、動きの鈍った魚のエラに手を突っ込み、ガッシリと掴んで、川の外へと無理矢理引きずり上げる…、当然ながらこうなってしまえば魚には打つ手がない。

 地上でも生きていける魚は実在するが、この魚はソレに属してはいなかったようで、魚の尾が、ぴちぴちと地面を叩く音が、空しくこの暗い川岸に響いた。



 川岸に出た時、魔王の背には禍々しきオーラが溢れ出していた…、それがまさに魚の動きを鈍らせた元凶だ。


「急に出てきやがって、こわかったじゃねぇか…」


 動物が濡れた体を少しでも早く乾くようにと、体を元気よく震わせるように、魔王もまた、その髪と髭から垂れる水を、右へ左へと頭を振り回す事で飛び散らせ、仕上げにケルベロスの背に預けていたタオルで髪と髭の水を拭き取る。

 その時には、川から出た時に溢れていたオーラは消え、魔王は、先ほどまでと変わらない様子を取り戻していた。


「イイ土産ができたな」


 動きが鈍って来た魚の尾を掴み、それを担ぎ上げて、魔王は目的地へと、向かうのだった。


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