第3話…「魔王様の散歩」


「その調子だケルベロスッ!」


 魔王は進む。

 砂ぼこりを舞い上げながら、ドッグラン…もとい、クレイドルの兵士たちの訓練場を、全力で走り抜ける。

 彼は、ドッドッドッドッ!と一歩一歩が、地面を割らんばかりの轟音を響かせ、砂どころか突風を発生させかねない勢いで、縦横無尽に走った。

 足自慢の魔物達ならいざ知らず、そのスピードに追い付けるモノは、そうはいまい。

 そんな、そうそういない魔王と渡り合えるスピードを持つケルベロスは、魔王とのかけっこに、大いにはしゃいだ。

 魔王がケルベロスに追い回されているようにさえ思える図…、巨大なケルベロスとは別に強者が迫る事を知らせるような足音を響かせる魔王…、その光景を見た早朝訓練に赴いた兵士たちは、まさに恐れるべき光景と語った。



「そら、取ってこいッ!」


 大の大人1人がすっぽりと収まってしまいそうな巨大なボールを投げれば、それは城壁を破壊する大砲のように、当たったモノを破壊する剛速球へと変わり、ソレすらも容易に取ってしまうケルベロスは、どこが悪いのか…と、その豪快さに皆を唖然とさせる。

 そんな散歩の中で行われる魔王と愛犬との戯れは、一握りの者達しか知らぬ日課ではあるモノの、その強烈な光景は、確かにクレイドルの兵士達の士気を上げた。



「今日もいい汗を掻いたもんだ」


 仕事が始まる前のひと時、鈍り気味な体を動かす意味で、上半身をはだけさせた魔王は、体から溢れ出る汗が風によって冷える涼しさに心地よさを味わう。


『魔王様、タオルをどうぞ』

「ああ、すまない」


 休憩がてら、訓練場の隅に来ていた魔王、そんな彼に、突如として新品かのように白くふわふわとしたタオルが差し出された。

 自分に対して出されたタオルなのだから…と、ソレを疑いも無く…そして反射的に受け取った魔王だったが、居るとは思っていなかった存在に、驚きのあまり変な声を上げてしまう。


「ぬわいッ!?」

「ぬわい?」


 数メートル横に逃げ、タオルを差し入れてくれた人物に、魔王は恐る恐る視線を向ける。

 そこに居たのは、王宮での炊事掃除洗濯…何でも熟すメイド集団の長「メイド長」であった。

 彼女個人の問題で、その顔にはお面が付けられ、その表情を魔王はうかがい知る事ができなかったが、その服装は彼が見慣れたメイド服ではなく、動きやすい半そで半ズボンのスポーツ仕様、そこからは、彼女が運動をしていた事がわかる。


「魔王様は、こんな時間からケルベロスと運動ですか?」

「み、見ての通り、ケルベロスと散歩がてら程よく体を動かしていた所だ…。運動というなら、君の方がそれらしく見えるぞ」

「私は…そうですね。そう受け取ってもらって構いません」

「ん? まぁいい。それなら悪い事をしたな。このタオル、君が使う予定だったのだろう? すまない、我が使ってしまって」

「構いません。もう帰る予定でしたので、王宮に戻れば、自室に替えがあります」


 彼女は、そう言って、尻尾を軽く振るわせた。



 彼女…メイド長は、獣人である。

 その身は引き締まり、胸もそこそこ、その綺麗な体型から、王宮のみならず、兵士など彼女の姿を見る機会が多い者達からは、それなりの人気があるとか。

 そのお面を取りさえすれば、より人気を稼げるだろうが、魔王はその理由を知っているため、深くその件に足を突っ込む事をしない。

 大した理由ではないのだが、嫌だと言っているのに、強要する事も出来ないだろう。



「それで、魔王様はこれからどうなされるのですか?」

「我はもう少しここでケルベロスに運動させて、その後に城下町に行く。畑にもよる予定だ」

「そうですか。では、よろしければ新鮮な野菜をいくつか取ってもらえないでしょうか? あの野菜、なかなかに評判がイイのです」

「そうか? わかった、張り切って取って来よう」

「いえ、張り切らなくて結構です」

「え?」

「それよりも、菜園に夢中で時間を忘れないようにしてください。執務に差し支えますから、時間としては…、そうですね、朝食前までに必ず戻ってきてください」

「えぇ~…」

「いいですね? 私としては、別段おかしな事を言っているとは思いません。魔王様のため、今日も1日元気で執務に励めるよう…、栄養のある朝食を用意しておきますので、くれぐれも時間を忘れて昼食が朝食になる…と言った事の無いようにお願いします。いいですね?」

「・・・」

「い・い・で・す・ね?」

「わ、わかったよ、こわいから、威嚇するのやめて…」


 お面越しながら、そこからわずかに見えた眼光に、魔王の心臓は恐怖から強く高鳴った。


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