第1話…「魔王様の朝」
魔王の朝は早い。
日の出よりもだいぶ早くに目が覚め、そこから二度寝をする事も出来ずに、外へと出る身支度を始める。
まず始めるのは、ボンバヘッ!をしてしまった髪と髭に櫛を入れる所から…。
獅子のたてがみのように伸びた髪…に髭、両者ともに肌続きにつながっているので、その様相をさらに色濃いモノにしている。
薄くも褐色気味の肌が、その金色の毛をより際立たせ、魔王の象徴とも言えるモノへと昇華させていた。
そのたてがみ…もとい髪と髭もあり、自身が治める国「クレイドル・ザ・ソウル・スリープス」…国内での通称は「クレイドル」…の国民の一部からは、「獅子様」…なんて呼ばれていたりする…、国民の多くが魔王の事を「魔王」…と呼び、国王…と呼ぶ者はむしろ少ないぐらいだ。
しかし、そんな事を魔王は気にしない…、むしろ、国王と呼ばれない事自体には喜びすら覚えている。
何せ彼は、自身を…国王に足る器…と思っていないからだ…。
先代国王は、数年前に先代勇者との戦いで、相討ち…という形でその命を落とした。
後継を作る道半ばであった事もあり、空席になってしまった王の座を埋めるため、白羽の矢が立ったのが彼…魔王だった…といっても、他に王たる条件を満たす者がいなかった…というのが真実である。
クレイドルにおいて、王位を継ぐ条件…権利とは、竜の核を持つ事…、心臓を持つ事だ。
大きな欠伸をしながら、毛を整えた端から、頭をボリボリと掻きながら、魔王は部屋を出る。
広い王宮の中を、明かりの助けなく進んだ。
彼本来の種族は「鬼人」、額に角を生やす事が特徴の魔人だ…、決して、彼は純粋な竜に類する種族という訳ではない…、そんな魔王が王の条件たる竜の核を持っている理由は、故あって…竜の血を引くからに他ならない。
それを証明するように、鬼人としての特徴以外に、その体には長い竜の尻尾が生えていた。
そんな彼が起きてからやる日課の一つを熟す為、謁見の間へと入り、玉座を抜け、その奥に作られた部屋へと入っていく。
そこには、大層に気合の入った装飾の施された台座があり、その台座の上には、揺り籠が置かれ、その中にあるモノ…「竜王の卵」が置かれていた。
彼の目的のモノだ。
竜王の卵、人の赤子なら悠々と入ってしまう程の大きさのソレは、その名の通り、王の卵であり、本来なら王位を継ぐべき存在である。
だがしかし、見ての通り、未だ孵化をしていない卵、血迷った誰かであっても、卵に国を統治しろ…とは言いまい。
魔王は、その揺り籠の横にある無駄に装飾が施されゴテゴテした祭事用のナイフを取り、それを鞘から抜く。
ソレを自身のナイフを持っていない方の手の指に向けて…、ピタ…とその動きを止めた。
「ん…ん~…」
ナイフの切っ先は小刻みに震え…、魔王はしかめっ面をしながら目を逸らす。
「はぁ…」
大きなため息を吐きながら、チラチラと、その指とナイフを交互に見た。
「す~~~……はぁ~~~…」
一度…二度…三度と、深呼吸を繰り返し、意を決したかのように、勢いよく、その刃を自身の指先へと通す。
ゾクゾク…と、背中を悪寒が激走して抜けていった。
指を…自身の鮮血が垂れ伝うのを感じ、顔をその痛みでしわくちゃにしながら、その垂れ出た血を、竜王の卵へ…、一滴…二滴…と落としていく。
その度に、血に含まれる魔力に反応して、卵が光を放った。
生きている証明であり、孵化に向けて着実にその体の中へと王の魔力を溜め込んで言っている証明でもある。
「はぁ…」
卵が孵化するまで、王としての責務として、自身の血を与えながら、その力を相手に譲渡するため…、魔王はその手に刃を通す。
彼からしてみれば、そんな事をするのは嫌で仕方がない事だ。
誰が好き好んで自身の体を傷つけなければいけないのか…。
王になってからと言うモノ、最初こそ文句を口に出していたが、今となっては誰も聞いてくれないその空しさから、口に出すなんて事はしていない。
王として、民の上に立つ者、その絶対な力を持って、民の命を災厄から守らん…。
この日課は責任である。
自身の強さだけでなく、その強者を後世に引き継いでいくために…、絶やしてはならない行為だ。
魔王は部屋を出ると、切った指を自身の舌で舐め、指がひんやりとした風に当てられる。
何の事は無い切り傷だ。
そうしている間にも、その傷は治癒を始め、そのひんやりとした風の感触を感じなくなる時には、何事も無かったかのように、傷は塞がった。
「はぁ…刃物こわい…」
どんな些細な傷でも、それを負えば痛みが生じる…。
その痛みには、大も小もない、痛いモノは痛いのだ。
直立すれば、身長は2メートルを超える巨体の男は、今日もまた、朝早くから自身への自傷行為に恐怖した。
縮こまりながら震えそうになる体を立たせ、魔王は玉座を出ると、王宮を出て城門前の庭へと出る。
王宮がある場所はクレイドルの地下世界、ここに空は無く、日の出と共に疑似太陽が昇ってこの世界を照らすが、未だその様子は無く、まだまだ日の出が遠い事を教えてくれる。
いつも通りの、別の日課をまた熟す為、城門を守護する大鬼に挨拶をしながら外へと出た。
おはようございます…そう兵達に言われ、その日の始まりを、また強く感じるのだ。
そう、今日もまた、長い1日が始まる。
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