第7話 長坂

趙雲が初めて劉備と出会ってから十年が過ぎている。趙雲は一年程で服喪のために離脱したが、劉備はその間波乱と流浪の生活をしてきた。荊州の新野に駐屯しているのも完全に腰を落ち着けたわけではなく、一時の拠点である。趙雲も官渡での戦闘から劉備軍に合流したが、劉備の生活に驚かされた。妻子は幾度も捕虜になり、健在なのは麋竺、麋芳兄弟の妹である麋夫人と、側室の甘夫人である。劉備がいない間、二人は生きた心地がしなかっただろう。幸いなのは関羽に救助されたことである。劉備は他に女子が二人いるが男子がいない。そのため劉封りゅうほうという若者を養子とした。弱年ながら勇壮な人物である。趙雲は関羽、張飛らと共に劉備の身辺警護にあたることが増えたので自然と劉備の家族と接する機会も増えた。関羽や張飛の悩みや愚痴を聞くことも増えたので趙雲は様々な情報や知識を得た。関羽には関平かんへいという男子がいる。既に戦場に出れる歳である。一部隊を指揮してもいい。しかし親としては不安があるらしく、珍しく趙雲に相談してきた。

「汝に関平を預けたいのだが…。将器を見極めて、凡庸であれば儂の従者にでもしよう。将として有望であれば厳しく指導してやってほしい」

「確かに、承りました。私の隊で調練をしてみましょう」

趙雲は引き受けたが、関平とは面識が無い。どんな人柄かわからないので幾ばくかの不安は覚えた。

その関平が趙雲の部隊を訪れたのは翌日である。

「趙子龍殿ですね。関平と申します。本日より子龍殿の従者として行動を共にするよう申しつかりました。御指導御鞭撻のほどよろしくお願いします」

「趙雲、字を子龍と言う。関平殿、御父上より汝を頼むと言われたのでこれよりしばらくは従者として働いてもらう。汝が将たる人物と見れば一隊を預けることもあるかも知れない。励んでくれ」

関平は素直そうで、父である関羽のような癖のある人物ではなさそうである。趙雲は関平の性格にも気を配るつもりである。関羽は人を見下してしまう癖があり、最近はやや顕著になりつつある。関平にはあまり似て欲しくない。趙雲は関平に武芸を教え、指揮官としての気構えや心構えを教えていった。副官の楽朋も混ざることがある。関平は楽朋にも丁寧に接しているようである。

この数年、曹操は河北の平定と烏桓の討伐のため北方にいるが、劉備、劉表の存在を忘れているわけではない。まだ曹操には敵が多い。劉備、劉表の荊州に、江南を平定した孫権そんけん、益州の張魯ちょうろ劉璋りゅうしょうなどである。その中で劉備に兵を向けたのは当然といえば当然であろうか。劉備の兵は荊州の防壁となっており、また曹操は許に皇帝を置いているので、許を襲撃できる位置にいる劉備は最も近い脅威である。実際劉備は劉表に、曹操の北伐の隙をついて許都を襲撃するよう進言したことがあり、外征に消極的な劉表が却下したという事実がある。かつて曹操は劉備を「天下の英雄」と評しており、最大の厚遇と警戒を持って接していたこともある。その曹操は腹心とも言える夏侯惇かこうとん于禁うきん李典りてんという名将をつけて劉備を攻撃するため出陣させた。劉備はかつて夏侯惇の援護を受けたことがあるため躊躇いがあったが、劉表から新野を預かっている身としては逃げるわけにもいかないので自ら軍を率いて迎撃した。劉備は人を見る目が確かであり、夏侯惇、于禁、李典の三将を曹操程の脅威とは見做さなかった。まず一戦し弱腰を見せてから後退し、追撃してきた夏侯惇、于禁の二将を打ち破った。この戦いには趙雲達も出陣している。劉備指揮下で伏兵となった趙雲と張飛は追撃してきた夏侯惇、于禁の兵を半包囲し粉々に打ち破った。

「張飛殿、逃げた敵は我らが追撃します。張飛殿には残った敵の掃討をお願いしたい」

「応、任せろ。李典の兵がいないようだから気をつけろよ」

「わかっております。では、後ほど」

趙雲の騎兵は逃げる敵を追って壊滅させた。

「子龍殿、包囲を完全に閉じなかったのはわざと逃げ道を与えて追撃するためですか」

関平が訊いてきた。彼も趙雲の近くにいて戟を振るっている。武芸については趙雲も教えたが、父親譲りでもあろう。擦り傷程度しか負っていない。会話する余裕もあるようだ。

「完全に逃げ道を塞いでしまうと、敵は死にものぐるいで戦うようになり、こちらの犠牲が大きくなる。逃げ道があれば戦意を失った兵はそこから逃げるので犠牲を少なく敵を倒せる」

趙雲も戟を振るいながら答えた。五百騎を率いた楽朋はさらに先を行っている。追撃もあるが、もう一つ目的があった。

「敵将の李典の兵が近くまできています。そろそろ退き時でしょう」

楽朋と兵が引き上げて来てそう言った。彼らは偵察を兼ねていたのである。

「よし、退こう。劉将軍と張飛殿に伝令を。我らは敵兵を散らしながら退くぞ」

趙雲隊はそうして馬首を返し、まとまりかけてる敵兵を引き裂きながら退いていった。

その趙雲隊に頑強にぶつかって来た兵団がある。

「于禁がいるのかも知れぬ。討ち取るぞ」

そう言って趙雲は馬を乗り入れ、戟で数人を打ち倒した。そんな趙雲に騎兵が一騎迫り戟を当ててきた。

「趙雲殿とお見受けする。ご覚悟」

そう言った騎兵は果敢に戟を振るったが趙雲には当たらない。

「勇敢さは認めるが、不足だな」

と言った趙雲は敵の戟を容易く打ち落とし、組み付いて生捕にした。

「李典の兵に追いつかれるかも知れない。速やかに本隊と合流するぞ」

趙雲隊が退いた直後に李典が兵を率いて到着し、夏侯惇、于禁と敗兵を救出して撤退した。

生捕にした敵兵を部下に任せていた趙雲は本隊と合流してから敵兵をまじまじと見て驚くことになった。

夏侯蘭かこうらんではないか」

夏侯蘭は趙雲と同じ常山郡真定県の出身で、知人である。この知人が果敢に趙雲に挑んできたところに驚いたものの、夏侯蘭の気性を知っている趙雲は、

「主に汝を推挙しようと思うが、劉将軍の元で働く気はあるかな」

と訊いた。

「私は汝に負けたのだ。好きにするといい。しかし趙雲も物好きだな」

と苦笑で応じた夏侯蘭は劉備に仕えることになる。

この頃に劉備の元には志願兵や仕官を求める者が集まりつつある。劉備の周囲に最近増えた顔である徐福じょふく、字を元直げんちょくという人物もその一人である。元々撃剣の使い手であり、人を殺めた事もある彼だが、学問を志して荊州へ来て司馬徽しばきという人物に師事した。主に学識の面で劉備を支え始めているのが彼である。あまり学問をしなかった劉備や張飛、左伝は好むものの趣味が偏っている面がある関羽らは徐福の話をよく聞くようになっている。趙雲や楽朋、関平も例外ではなく、

「徐元直殿は博識ですね」

と学問をしていたはずの楽朋を感心させた。

「楽朋があまり学問に打ち込まなかったのではないのか」

趙雲は揶揄った。

趙雲は徐福を見ていると田豫を思い出す。彼がいたらと思ったことも幾度かあるのは確かである。その田豫は今曹操に仕えているらしい。敵味方になってしまったが仕方ないと考えている。

劉備には実子の男子がいなかったが、この年男子が生まれた。幼名を阿斗といい、名を禅という。そんな劉備を臣下が祝福した頃に、徐福がこんなことを言った。

「隆中という所に私より遥かに才のある人物がいます。姓名を諸葛亮しょかつりょう、字を孔明こうめいといい、臥龍と呼ばれる大才です」

劉備は徐福を頼りにしているだけに彼の推挙を無下にはせず、

「貴方が連れてくることはできないだろうか」

と問うた。徐福は答えて、

「彼は呼びつけて来る人物ではありません。将軍におかれましては、しゅう文王ぶんおうが野に太公望たいこうぼうを見つけたことを思い出していただきたいのです」

と言った。劉備は素直に頷き、関羽と張飛を従えて隆中の諸葛亮の庵を訪れた。新野からはやや距離がある。趙雲や陳到が留守を任された。そんな趙雲と陳到に徐福が近づいてきて、

「曹操軍の襲撃はしばらく無いでしょうから守備の方は大丈夫でしょう。問題は劉将軍の訪問がおそらく一度では終わらないことです」

と囁いた。趙雲と陳到は驚き、

「一度で終わらないとはどういうことですか」

と徐福に訊いた。徐福は

「孔明はおそらく劉将軍を試すでしょう。孔明の目に適わなければ劉将軍は臥龍を得ることは叶いますまい。この事は劉将軍や雲長殿、益徳殿には話さないようお願いします」

と言った。

趙雲と陳到は顔を合わせて互いの顰めっ面を確認したが、徐福に言われた通り、劉備達に話す事はしなかった。襲撃は無いという徐福の予想は聞いたものの兵の調練には念を入れた。

実際、劉備は一度目、二度目と諸葛亮には会えずに帰って来た。関羽と張飛は憤懣やる方ないといった様子で趙雲や簡雍に愚痴を零したが、その都度宥めに宥めて帰した。劉備はというと徐福と談笑するゆとりがあり、不満の様子を一切見せなかった。二度目の訪問は雪の中の往復だったにも関わらず、出迎えた趙雲と麋芳に、

「先生はまた留守であったよ」

と笑って言った。

麋芳は趙雲に

「将軍は何度訪問されるのであろう。曹操軍が攻めて来なければ良いのだが、訪問中に襲撃を受けたらどうするのだろうか」

と零した。

「曹操は河北が安定するまで南征はできないだろう。徐元直殿もそう言っていたよ。いざという時のために我らが留守を守っているのだから将軍が何度の訪問になろうと気にすることはないさ」

と安心させるように言った。

劉備は年明けに諸葛亮を三度訪問した。趙雲らは後から聞いたが、諸葛亮が寝ていたため劉備、関羽、張飛はかなりの時間外で待っていたという。諸葛亮は劉備と対面すると、荊州と益州えきしゅうを取り中原の曹操、江南の孫権と共に中華を三分するという戦略を披露し、劉備を主と仰いで庵を出た。趙雲は四人を出迎え、諸葛亮の居住や家人の手配をした。劉備は諸葛亮を非常に厚遇し、常に意見を訊きたがった。関羽と張飛は常々劉備に近づく者には嫉妬や警戒を持つ癖があるが、劉備は

「魚が水を得るが如し」

と言って二人を大人しくさせた。

劉備は諸葛亮と徐福を参謀として、戦略や戦術を練らせることにした。そんな矢先に曹操の南征の噂が流れてきた。

各地の情報を集めている徐福は劉備と各将に、

「曹操が大軍で南下してくる噂があります。また劉景升が病のようです。曹操を防ぐには力が足りません。江夏こうかにいる劉琦りゅうき殿と連絡を取り合っておくべきかと存じます」

と言った。

劉琦は劉表の長男であるが、寵愛する劉琮りゅうそうを後継者にしたい劉表に遠ざけられていた。劉琦は諸葛亮に身の処し方を教えてほしいと嘆願して、孫権との前線である江夏に赴任したという経緯がある。

曹操の南征も事実であり、北方の平定を終えて荊州へ向かっているところであった。

程なくして劉表は亡くなり、後継者が劉琮になった。劉備軍は大軍の曹操軍に対して抗戦はせずに撤退を選択し、物資の潤沢な南の江陵を目指した。途中諸葛亮は、

「今劉琮を攻撃すれば荊州を取れます」

と進言したが、

「劉景升殿には恩がある。その子息を攻めるのは忍びない」

と言って退ける一幕があった。

また劉備軍は、劉備を慕う民を引き連れての行軍だったので進む足が非常に遅い。諸葛亮は急いで先に進むよう薦めたが、やはり民を置き去りにするのは忍びないと劉備は退けた。趙雲は劉備の美点であり欠点だなと思ったが好意的に捉えたのは確かである。

劉備は関羽に船を用意させて水上を行かせると自身は陸路で江陵を目指した。

劉琮は会議の末に曹操に降伏し、曹操は難なく襄陽じょうように入ったが、江陵を劉備に抑えられるのを恐れて、軽騎兵を率いて追撃をかけた。荊州の長坂で追いつかれた軍と住民の集団は一撃で散り散りになり、家臣団も行方不明になり、劉備の周りには諸葛亮、徐福と数名がいるのみという悲惨な状況になって逃走した。

趙雲は兵を率いて劉備を守っていたが、気づけば逃げ惑う民衆に巻き込まれて身動きが取りにくくなっていた。気づくと夫人と娘、阿斗の馬車がいない。

「楽朋、関平、夫人方と娘子、阿斗様の馬車が見当たらない。必ず探し出せ」

強い口調でそう言った趙雲は騎兵を散らせて捜索を開始した。楽朋と関平にそれぞれ数十騎を付け、自身も数十騎を率いて逃げる集団を逆走したのである。残りの騎兵には劉備を追わせた。

趙雲の周りに敵兵が増えた。追いついてきた曹操軍の騎兵に遭遇したのである。この騎兵は虎豹騎こひょうきと呼ばれ、曹純そうじゅんが率いている。曹操軍の最精鋭の騎兵と言って良い。その騎兵が趙雲達を襲った。

「どけ」

趙雲は戟を振るって数騎を撃ち落としたが、同じ間に十数騎が討たれている。彼我の数も倍近く違うが、趙雲の戟は止まらず遂に虎豹騎の一隊を撃滅した。趙雲の周りに残ったのは二十騎余である。劉備の夫人達と子供達は見つからない。趙雲は焦りを覚えつつ更に集団を逆走した。

「趙雲、何があった」

と馬を寄せてきたのは歩兵を率いた張飛である。五十人ばかりが張飛に従っているようである。

「劉将軍の夫人方と御子様の馬車が見当たらない。張飛殿は見なかったか」

「この乱戦だ。見てはいないが、もしかすると馬車を捨てたのではないか。曹操軍の騎兵に追われているとしたら馬車は目立つ」

「確かにそうだ。私はこのまま突っ込むが、張飛殿は」

「その手勢だけで行くのか。麾下はどうしたのだ」

「私の騎兵は大半は劉将軍に合流するよう指示している。楽朋と関平殿と私が数十騎で夫人と御子様を探している。兵を増やしている余裕は無い」

「そうか、あの二人と趙雲か。俺は殿しんがりを任されている。騎兵の侵入は許したが、これ以上敵が増えることはない。趙雲は気兼ねなく夫人と御子を探してくれ」

「感謝する張飛殿。後で会おう」

そう言って別れると、趙雲は馬車と徒士の両方に目を向けつつ夫人と御子の名を呼んだ。

その呼び声が敵を引き寄せてしまったらしい。趙雲と二十騎余は立て続けに敵と遭遇し次々と撃破したものの、趙雲の麾下も全騎が打ち倒されてしまった。趙雲の兵は弱兵ではない。

「これが曹操軍の虎豹騎か」

と一言呟き、趙雲は単騎で捜索を再開した。

その頃虎豹騎の指揮官である曹純は部隊が次々と撃破された事実に驚いていた。趙雲と同じように五十騎程度を一隊として追撃に出し、曹純は曹操と兵を合わせて報告を受けていたが、部隊が四隊ほど壊滅したという報が入った。

「関羽や張飛以外にここまでやる者が劉備の配下にいるのか」

曹純はそう呟き更に追撃をかけた。

趙雲は単騎で襲ってくる歩騎の敵を討ち、夫人と御子を探していたが、ようやく劉備の側室である甘夫人を見つけることができた。

「ご無事ですか」

趙雲は駆け寄り甘夫人の前で馬を降りた。

「子龍殿か。どうか阿斗を、阿斗を頼みます」

甘夫人は阿斗を趙雲に差し出した。趙雲は具足を緩めて阿斗を抱くと、甘夫人と共に馬を引いて歩き、

「馬には乗れますか」

と訊ねた。夫人が首を横に振るのを見ると、

「無理にでも乗っていただかなければなりません。趙子龍が阿斗様と夫人をお守りします。しかし、麋夫人とご息女が見当たらないのが気掛かりです」

「先に麋夫人が敵の襲撃に遭ったようなのです。捕虜になってしまったやもしれませぬ」

甘夫人の予想は当たっており、麋夫人と劉備の娘二人は虎豹騎に追いつかれ捕虜になっていた。

「少し待っていただけますか」

と趙雲は甘夫人に告げ、軽やかに騎乗すると近くに見えていた曹操軍の騎兵隊を討ち果たし、馬を一頭引いてきた。趙雲が手を貸して甘夫人を馬に乗せると、二頭の馬を駆けさせ乱戦からの突破を図った。

曹操と曹純は騎兵を率いて追撃に来ており、乱戦の中でも統率をもって状況を把握しつつ指示を下していた。その曹操と曹純の視界に趙雲と甘夫人の馬が入った。

「純よ、あの二騎は劉備の麾下ではないか」

「は。捕らえますか」

「そうだな。劉備の兵と夫人と見た。捕らえよ」

曹操軍は既に劉備の二人の娘を捕虜とした他、捨てられていた物資なども回収されている。曹純は勇んで、自身で騎兵を率いて追いかけた。

趙雲は追撃に気付いている。甘夫人の馬を背後にして馬首を追撃してくる曹操軍の騎兵に向けた。

「虎豹騎か」

と言うやいなや趙雲は馬を駆けさせ追撃の集団へ突撃した。この無謀と思える突撃に曹純を始めとした虎豹騎が怯んだ。趙雲の戟は次々に虎豹騎の兵を突き落とした。対して虎豹騎の戟や剣は趙雲にも阿斗にも届かない。しばらくの後、曹純は兵を退かせて自ら前に出た。

「私は曹純、字を子和という。虎豹騎の指揮官である。単騎駆ける勇者よ、汝の名を聞きたい」

「常山の趙雲、字を子龍。まだ追い縋ってくるならば討つ」

少し離れたところから見ていた曹操は、

「純よ、退け。兵を無駄死にさせるな」

と言った。曹純は兵を退かせた。

一部始終を馬の背に掴まりながら見ていた甘夫人は胸を撫で下ろした。すぐに趙雲が近づいてきて、

「急ぎ逃げましょう」

と言って馬を走らせたため、甘夫人は悲鳴を上げた。どうにか手綱と鬣に掴まっており敵にさえ合わなければ駆け抜けられそうである。この二騎は乱戦を突破した。

劉備は進路を江陵から漢津へ変更して関羽、劉琦の水軍と合流するようにした。

曹操はそれを知り、曹純率いる虎豹騎を纏めさせ江陵に向けて直進させた。

殿軍を任された張飛は伏兵を置いた上で途中の橋を落とし、二十騎を従えて

「敢えて死にたい者は、燕人張飛が相手になってやろう」

と呼びかけた。曹操、曹純に遅れてきた曹操軍の兵は張飛に近づけず、劉備が逃げる時間を稼ぐことができた。曹操は張飛の殿軍の存在を知って兵を返した。

趙雲は阿斗を抱えて、甘夫人を支えて馬から降ろし、劉備に復命した。楽朋と関平もそれぞれ数騎まで減った騎兵と共に合流した。

「趙雲、よく無事で帰ってきてくれた。非情かも知れぬが子は成すことができるが、勇者は得難い。私は趙雲の無事が喜ばしい」

劉備は自分の子よりも趙雲の無事を喜び、単騎で敵と戦ったことを褒め称えた。やがて張飛が合流すると劉備軍は江夏近くの夏口へと移った。

この少し前に劉備と諸葛亮は徐福と別れている。徐福の母も曹操軍に捕らえられたため、徐福は曹操軍に降ったのである。これから劉備を支えるつもりだった徐福は母親と劉備とで悩んだが、儒学を重んじる徐福は捕らえられた母親を放っては置けなかった。徐福は曹操から官職を貰うことになる。また晩年、徐福は徐庶じょしょと改名する。

漢津に着いた劉備達に合流した者もいる。劉表の弔問に来ていた孫権配下の魯粛ろしゅく、字を子敬しけいという人物である。弔問と共に荊州の様子を視察するつもりが思わぬ乱戦に遭遇し、その中で劉備、諸葛亮、徐福と話しをした。徐福は離脱したが、魯粛は夏口まで付いてきて荊州の状況を確認した後、諸葛亮が提案した劉琦、劉備と孫権の同盟のために江東に戻ることにした。無論諸葛亮を使者として伴って戻ることになる。

この同盟が後に赤壁の戦いと呼ばれる大戦を引き起こすこととなり、また劉備軍に大変化をもたらすとは趙雲には予想できなかった。



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