第3話 主騎

義勇兵を率いて幽州へ来てからの趙雲は兵の訓練に精を出しており、情報収集はあまりしていなかった。五百余の兵とはいっても趙雲の家臣であったり、完全に指揮下におさめているわけではなかったので個人的な指示などもしづらい面があった。しかし青州へ向かうにあたって正式に五百の兵は趙雲の指揮下に入ることになった。劉玄徳麾下の趙雲隊といったところである。公孫瓚や劉玄徳との対面の後すぐに通達がきたので、趙雲は連れてきた兵に自分の指揮下に入ること、趙雲自身は劉玄徳という将の指揮下に入り青州へ向かうことを告げた。幽州で戦うと思っていた兵たちは南へ移動すると知って驚きざわめいた。

兵の一人は、

「なにゆえ青州へ向かうのでしょうか」

と訊いてきた。

「青州に田楷という将軍がいて、冀州の袁本初と戦っているらしい。我々はその援軍になる」

とりあえず趙雲としてはこれくらいしか説明のしようがない。情報を集めておくべきだったなと自嘲の気分に襲われた。行きたくないという兵が離れていっても仕方あるまい。

「青州へ向かうことに抵抗のある者は申し出てくれ。私が話をして残れるよう計らってみる」

幸いにして離脱を申し出る者はいなかった。しかし先に声をかけてきた兵が不思議そうに、

「袁本初といえば、四世三公を輩出した名門の出です。その人と中郎将白珪様が争っているのが何故なのか気になりますね」

と言ってきた。何人か頷いている者もいる。遅くなったが公孫瓚の字が白珪はくけいであり、中郎将ちゅうろうしょうは王朝の官職である。それはさておき、兵に言われてから確かにと疑問を感じた趙雲は

「今は情報が足りない。我々が知らなくてもいいことではあるのかも知れない。兵は将の命に従うものだからな。それに機密の情報が漏れる恐れなどもある。私や汝らの立場の者には話せない、ということもあるだろう」

そう言って疑問に立ち騒ぐ兵を抑えた上で

「しかしこうして話に上ったからには私も調べてみるとしよう。考えてみれば私は情報を疎かにしていたようだ。誰か情報収集に当たってくれる者はいないか」

「それなら私がやらせていただきましょう」

趙雲に疑問をぶつけた兵がすぐに名乗り出た。名を楽朋がくほうというらしい。趙雲より更に若いようだが知識があり回転が早そうである。

「わかった。楽朋を私の副官としよう。その上で明日から訓練ではなく情報収集に当たってもらいたい。公孫白珪将軍と劉玄徳将軍とは明日も会議がある。私も得られるだけ情報を得ておこうと思う」

そうして趙雲は兵を解散させ、自身は長史の関靖を訪問した。装備の不足を補いたいと思ったからである。実際のところは関靖の管轄外の事柄であるが、公孫瓚の信頼厚い関靖は公孫瓚の意向を無視しない。手早く取り計らってくれたため翌日には趙雲隊の装備が整うことになる。そこまでの手配をして趙雲は休み、翌朝に軽い鍛錬をした後身を清めてから公孫瓚の元へ出向いた。

公孫瓚は軍営に居り、赴いた趙雲はすぐに会議用と思われる幕舎へ通された。追って公孫瓚が入ってきたので趙雲は一礼し

「中郎将も出陣なさるのですか」

と訊いてみた。

公孫瓚が頷くとほぼ同時に劉玄徳の来訪が告げられ、ほどなく劉玄徳と二人の護衛が入ってきた。

「揃ったな。では、くどいようではあるが、玄徳には青州へ向かい、田楷を援けてもらいたい。そのため別部司馬に任ずる。青州へ到着したら平原の令として推挙するつもりでいる。その事も合わせて伝えたい」

公孫瓚はそこまで言って一旦言葉を止めた。

劉玄徳は

「承りました。また、平原令として推挙していただけるとのこと。白珪殿の顔に泥を塗らぬよう励みます」

と言葉を返した。

「昔のようにとは言わないが、もう少し肩の力を抜いてくれ。玄徳は私の配下ではあるが友でもある。無下にはしないし卑屈になる必要もないぞ」

やや口調が砕けた公孫瓚を見て趙雲はようやく公孫瓚と劉玄徳の関係を少し理解した。劉玄徳はおそらく何らかの事情で公孫瓚を頼って麾下に入ったのだろう。似た者同士かもしれないと趙雲は思った。

「さて、趙雲は玄徳の主騎として兵を率いて従ってほしい。兵は馬に乗れるか」

「承りました。兵は騎乗に慣れているものばかりです。ご心配には及びません」

趙雲は兵を集めた際に騎乗に慣れた者を選りすぐってきた。騎兵隊とまではいかなかったが幽州に来る道中騎乗だった時もある。

「よし。他には何かあるか」

公孫瓚が各自に目を向けたので趙雲はこことばかりに手を挙げ

「恥ずかしながら、疑問があります。中郎将が中央に兵を向けず、袁本初と争っている理由を私は存じませんでした。中央では帝を擁し暴政を行なっている者がいると聞き及んでおりますが、そちらに兵を向けることはなさらないのでしょうか」

と訊いた。恥を忍んで知らない事は知らないと言うしかない。中央については楽朋から知識を仕入れたものである。

「私も帝を軽んじるつもりはない。しかし先年、董卓打倒の兵を挙げた諸侯は殆ど戦わずに解散してしまった。戦ったのは僅かに曹孟徳と孫文台という二将だけだったと聞く。袁本初は戦わずに酒宴ばかりしていたらしい」

苦笑いと共に答えた公孫瓚は続きを口にした。

「袁本初は今の帝とは別に皇帝を立てようと画策しているらしい。それを阻止しようとしているのが袁公路えんこうろであり、私は袁公路と結んでいるので袁本初と戦うことになっている。知っていたら余計な話であるが、袁本初と袁公路は同族だ。方針の違いで同族同士で争っているが何せ名門だ。董卓を除けば勢力が大きいのがこの袁家の二氏になる。まずはこの諸侯の争いをどうにかしなければ帝どころではない」

多少の苦々しさを含んで趙雲に説明してくれた公孫瓚は反応を確認するように顔を見た。

「ありがとうございます。私の浅慮と浅学を恥じるばかりです。天下の事に思い至らぬこの身をお笑いください」

「笑いはせぬ。常山郡やここでは事情にも通じにくかろう。青州ではもっと早く正確な情報に触れることができるはずだ。それを活かす工夫をすれば良い」

と諭した。趙雲は身の回りのことばかりでなく様々な気配りが必要だと感じた。

会議は終わり、四人が幕舎を出ると劉玄徳が声をかけてきた。

「趙雲、早速なのだが我々の兵と合流してもらいたい。白珪殿から預かった兵を合わせて五千程で青州へ出発することになる。今のうちに統率が取れるようにしておきたい」

「は。ではすぐに兵を合わせましょう。調練も必要ですね。明日は調練ですか」

「いや、そこまではしなくて良いだろう。長旅になるから兵を休ませることを優先させたい。あとはささやかながら宴をしよう。来てくれるだろうか」

「ありがたい仰せです。では調練は休みとして、宴には喜んで参加させていただきます」

「宴は今晩だ。兵たちにも肉や酒を振る舞える。白珪殿の配慮だ。我々四人は指揮の確認も兼ねるが、今晩は楽しむとしよう」

そう言って劉玄徳と二人の護衛は離れていった。日はまだ中天である。




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