第2話 劉玄徳

趙雲が生まれ育った時代というのは漢王朝の末期にあたる。趙雲にその認識は薄かったろうが、「この国はどうなるのだろうか」といった漠然とした不安感や不信感はあっただろう。何も趙雲に限らず、後に群雄と呼ばれる人々から庶民に至るまでそのような不安の中で生きていたであろう時代である。その一寸先の闇を払おうとして趙雲は義勇兵を集って公孫瓚の下に馳せ参じた。また各地で様々な人々が独立、あるいは仕える人物を探して、動きだしている。

さて、趙雲である。公孫瓚との面会は趙雲にとってさほど手応えのあるものではなかった。公孫瓚は尚武の人で勇名を馳せてはいるが、趙雲が想像する人格者ではないと思われた。趙雲の発言に迷いを示したところが趙雲には引っ掛かったが、かといって公孫瓚の全貌を見極めたわけでもない、と己を納得させた。趙雲と義勇兵はとにかく公孫瓚の麾下となり、あてがわれた兵舎で休むことになった。賊を避けて州を跨いで進んできたのである。何をするにもまずは休息か、と言い趙雲は寝台に横になった。

翌日趙雲は公孫瓚に許可を取り、率いてきた兵の訓練をすることにした。兵といっても気力と体力のある庶民といったところで、集団戦の訓練も武術の心得も無いのである。本来であれば義勇兵はすぐに配属が決まり散り散りにされたりするものだが、この時が最盛期の公孫瓚は多忙であり義勇兵の扱いのような細かな処置は追いついてない部分もある。訓練の許可も偶然降りたようなものであった。

趙雲は正規軍の邪魔にならない場所を選んで、集団の動きの確認と武術の手ほどきをした。趙雲自身は武術の心得がある。戟や剣の扱いを主に指導することになった。この程度であれば長短の棒があればできる。この五百余の集団は趙雲を長としての動きは何とかできるようになった。しかし実際の将や隊長が誰になるかわからない以上、合図などは簡略にして最小限の調練にとどめた。趙雲自身も将校や隊長になるとは限らないので兵としても動けるようにしておく必要がある。

そうして数日を過ごした趙雲はある日唐突に公孫瓚に呼び出された。

「趙子龍、御用と聞き参上致しました。何なりとお申し付けください」

来るや否や片膝をついて頭を下げた趙雲を見た公孫瓚は苦笑いしつつ、顔を上げよと言った。呼ばれた部屋は会議に使うものなのか、卓と席がある。首座には当然公孫瓚がいるが、別席に知らない人物がいる。一人が席に着き二人がその人物の護衛のように背後に立っている格好だった。

「まあ席に着いてくれ」

と言われたので趙雲は公孫瓚を挟んで謎の人物と向かい合うように席に着いた。謎の人物といったがこの時点で趙雲が知っている公孫瓚の配下は長史の関靖かんせい(字は士起)と厳綱げんこう将軍くらいである。

向かい合った人物は二十代後半程度の年齢に見える。大きめの耳が特徴的なのとやや髭が薄い。目に鋭さがあった。

涿郡たくぐん出身の劉玄徳りゅうげんとくと申す」

その人物は立ちあがり短く言って一礼した。趙雲も立ち上がって一礼し

「常山郡真定県の趙子龍と申します。お見知りおきを」

と挨拶した。これが劉備りゅうびとの初対面であり、言葉が少なかったためか掴みどころが無いという印象を受けた。

「そう堅苦しくならないでもらいたい」

二人を見て公孫瓚はそう言った。何やら含みがあるらしい、とは劉玄徳も思ったらしい。共に着席し公孫瓚の言葉を待った。

「さて用件だが、率直に言おう。玄徳と趙雲には青州へ行ってもらいたい。先だって青州刺史に田楷でんかいを任命しているが、袁本初えんほんしょが勢力を強めているため援軍として田楷の麾下に入ってもらいたい。玄徳に一軍を預ける。趙雲は玄徳に付いてもらいたいが異存はあるか」

すぐさま、異存はありません、と答えたのは趙雲である。青州とはまた遠くなるが自身の成すべきことがあるのは張り合いがある。また劉玄徳に興味を持ったということもある。

「私も異存はありません。趙子龍殿、よろしくお願いいたす」

「私は玄徳殿の指揮下に入るので、趙雲で結構です。私は劉将軍と呼ばせていただきます」

劉玄徳はここでようやく鋭さを消した笑みを見せ、

「わかった、趙雲」

と短く応えた。

「明日編成を確認しよう。出発は五日後としよう。それまでに不足などがあれば関靖に伝えておいてくれ。では散会としよう」

公孫瓚がそう言って散会となった。

この時点の趙雲はまさか自分が劉玄徳の股肱の臣として歴史に名を残すとは思っていなかった。劉玄徳の軍との連携と兵の練度の心配をしていただけである。趙雲は劉玄徳の諱も、護衛の二人の名前も知らなかった。

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