第13話 K-6
ごめんごめーんと先ほど聞いたようなセリフを悪びれもせず言いながらようやく真夜が戻ってきた。戻って来ても来なくても、ディフェンスはしないのだから余り関係ないといえば関係ない。
ただボールは受けてもらわねば困る。なお10秒でもバイオレーションな気がするが、吹かれず見逃された。
ボールを渡した。真夜は左へ、茉莉は中央から右へ上がっていく。一応地蔵のハナも右にはいる。右ウィングの優里はダブルチーム、左のローポストに伽夜だ。
すると優里がバックコートへ戻りだし、わけの分からない動きを始める。フェイスディフェンス(※1)の指示がでているため、どこまでも付いてくると思ったのだろう。やむなく2人とも優里について行く。
なんとバックコートのゴール下まで行ってしまった。完全に馬鹿らしい動きだが、相手選手は作戦の為、指示を守るしかない。バックコートへのパスなど出るはずもないが、優里も相手がどこまでも付いてくると見込んで、おちょくっていた。
7人しかいないスカスカのフロントコート、ハナがゴール下まで駆けていく。誰もマークマンがいない。真夜がそのハナにパスを出すと見せかけ、ディフェンダーを抜き去りあっさりレイアップを決めた。
啓誠館が速攻を仕掛けずに集まる。確認を始めた。さすがにどこまでもダブルチームするのはやりすぎと思ったのだろう。
残り2:30。相手が集まったので天百合の全員が戻っていた。
「よーし! 一本止めるぞー!」マ
「「おーう!」」
「え! 止めるの!?」
茉莉が驚く。
「んあ? ディフェンスなんだから止めるに決まってるし? 他に何すんだよー」
「そ、そうだよね」
――あれ? なんで私叱られてるの?
「ゾーンをやる。適当でいいけどペイントへの進入だけは防いで」
ハナが言った。5人集まって、普通よりやや小さめのペイントを囲んだだけのゾーンを張る。腰を落としているのは茉莉だけで、あとの4人は棒立ちだ。啓誠館はセットプレイになる。
外でボールを回し合ったあと、シューターの8番に渡り、定石通り3Pが打たれた。
――外してー!
ゾーンは祈りが大事だ。見事、外れる。そのまま弾かれ、真夜の手の中へ、スポっと収まった。瞬時に真夜は切り返し、ファストブレイク(※2)へ移る。
「は、速い!」
なんとか相手は2人戻っていた。2対1だ。
瞬間――
タンッ タンッ
シュートモーションに入った真夜が左足、右足と、急な方向転換をしたようなステップを見せる。想定外の動きに戻った2人とも振り返ることしかできなかった。
軽やかなレイアップが決まる。
――ユーロステップ!
真夜、6点目だ。さらに味方はほとんど走っていなかったため、またゾーンを作る。淡々と真夜が戻ってきた。
啓誠館は天百合がゾーンなのでまたセットプレーだ。今度はロングの2点が決まる。その後の相手の戻りの速度が速くなった。明らかに天百合のオフェンスを意識し始めている。茉莉から真夜にボールが入る。
「あんだよユーリまだストーキングされてんのかよー」マ
「あーしモテるし? マジ女子にモテルし?」ユ
ダブルチームに対しての愚痴だろう。一応まだ優里にボールを入れる作戦は継続。優里は先ほど一度見せたように振りほどく気はなく、ウィングで棒立ちしている。真夜がチラっとハナを見る。ハナは指でゴールに向けて矢印を作った。
作戦が優里から、真夜にそのまま行け、に変わった。
「というわけでここからはスーパーエースの真夜一人でかーつ」
「再・宣・言!」 タタンッ
言った瞬間、相手11番を抜き去った。えっ!? という声が聞こえたのもつかの間、そのままゴールしてしまう。
――な、なにが起こったの? 11番の先輩が、一歩も動けなかった。
考えつつも戻る。おそらく繰り出されたのはクロスジャブだ。突然の動きに加え、早くフェイクも鋭敏であったため相手が反応できなかった。
啓誠館のベンチが一瞬の動きにざわつく。
伽夜も遠くから戻っていた。ゾーン継続。相変わらず腰を落としているのは茉莉だけ。あとは棒立ち。しかし相手がアタックしようとするとそれぞれ持前の運動神経でさらりと進入だけは防ぐ。
セットプレーのサインが出たようだが、不発だったようだ。おそらくゾーンのディフェンスのクローズアウトを狙うものだろう。しかし棒立ちで誰も動かないので、その手のオフェンスには引っ掛からない。
ショットクロックが無くなり、3Pが打たれる。見事にハズれ、伽夜がジャンプして掴んだ。
そして、着地もせず、誰も居ない左サイドにぶん投げる。
「ええ!?」
またしても茉莉の驚きの声だ。だが、すでに真夜が走っていた。すさまじく速く、慌てて戻った啓誠館の9番より先に片手でボールを受ける。相手9番はコースに入りきれず走りながらも真夜をの真横をブロックに行く。
「そこまでさせるか!」
「カモーン!」
プッシュクロスオーバーが繰り出される。真夜とゴール下で交錯する。
「フォーウ!」
真夜が奇声を上げシュートを放ち、ボールはゴールに入った。
ピーッ ファウル啓誠館9 カウントワンスロー
「おらぁ!」
ファストブレイクからのバスケットカウント。拳を斜めに突き上げぐるぐる回す真夜。残念だが客席を煽っても天百合の応援はいない。ワンスローを貰う。しかしハナは3人に行かなくていいと言う。たった一人でフリースローを打つ真夜は難なく決め、帰ってくる。
天百合 30-38 啓誠館
――真夜ちゃん、めちゃめちゃ速い! みんな体育は得意って言ってたけど、ドリブルでも全然速度が落ちない。
ゾーン継続だ。7番のセンターがやや強引に伽夜の位置から入り、
ポストアップぎみに押し込んでなんとか2点を取って行く。
残り30秒を切る。ラストポゼッションだ。
ゆっくりフロントまで進む。ボールは真夜だ。先ほどと同じ陣形。
優里のダブルチームも継続。
――多分また1on1だ。11番の先輩も分かっててすごい腰を落としてる。
「ふむ。おーい」
ハナが小さめの声を出した。4人が振り向く。両手を左上から右へわしゃわしゃした。
――ア、アイソレーション!? (※3)
それを見た伽夜がニヤニヤしながら右側へ移る。優里は右コーナーの端も端、茉莉も右上に進んだ。広い左ウィングに、たった2人。極端なアイソレーションが敷かれる。啓誠館のベンチメンバーが息を飲んだ。
真夜のジャブステップ(※4)がゆらゆらと動く。右足がトントンと前後する。
瞬間、左へ突いた。マークも反応する。
しかし、ヘジテーションからのクロスオーバーだ。(※5)右から抜き去った。
ざわっ
すさまじいフェイクとハンドリングに全員ド肝を抜かれる。追えもせず、
ただゴール中心から落ちるボールと同時にガクっと頭を垂れたのは、11番だった。
ピーッ
数秒しかないカウンターにてバックコートから投げられたボールは決まらず。3Q終了となった。
天百合 32-40 啓誠館
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(※1)一人にくっついて離れないようにするディフェンスする行為。
(※2)速攻。だと思う。なぜこれを最近長いカタカナで言うのかは謎。
(※3)マンツーマン時に1対1を強引にさせるために、やる本人から人を遠ざけてしまうプレイ。
(※4)ボールを持った状態でいくぞいくぞと姿勢を見せるプレイ。
(※5)ドリブルのボールをクロスするように反対へ突き、逆側のへの移動を狙う。
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