第14話 K-7

 両軍ベンチへ引き返す。


「ままま、真夜ちゃん、すごすぎだよ!」


「それさっきユーリにも言ってなかったー?」マ


「あう」


「8点かー、勝てんじゃねー?」ユ


「だーからなんで勝つ必要があんだっつの」カ


 真夜の1on1は本物だ。少なくとも2度、啓誠館のフォワードを抜き去っている。しかも状況判断も早く、ファストブレイクも決まればほぼ追いつけない。


 ――優里ちゃんだけ守ってても防げない! 点取り屋が2人もいる!


 茉莉の気持ちは高揚していた。ひょっとして、強いチームになるのではないか。自身がどれだけハンドリングを練習してもままならなかった最後のフィニッシュ。そのフィニッシュスキルを持つ選手が2人いた。顧問の美子先生がベンチへ来る。


「あんたたちー、疲れてないかー?」


「ぜんぜーん。前半何もしてないし?」カ 


「伽夜後半も何もしてないじゃん」ユ


「バッカ、リバウンド1だべ1! 大健闘じゃね?」カ


 元気そうだしいいかと言ってそのまま顧問席へ戻っていく。相手監督は腕組みしたままだ。


-啓誠館ベンチ-


「2回目はともかく、1回目は消えたよ。もう半~1歩下がって守るほうがいい」


 11番のフォワードの選手が感想を漏らしていた。


「ほんとに無名なの? 帰国子女とかクラブ専属とかじゃない?」


「それよりディフェンス決めようよ。茶髪の14番にまだダブルチームするの?」


「出る予定の1年はアップするように」


 ビーッ


 最終Q、開始。


天百合 32-40 啓誠館


 茉莉は休憩継続でいいと言われていたが、そんな気分でもない。スタミナに不安もなく、少しでもチームの勝利に貢献したかった。こちらの作戦は棒立ちゾーンと、真夜の1対1継続のようだ。


 !


 見ると真夜に対して主将の4番が付いた。今日出ているメンバーの中でもひと際スキルの高い選手だ。優里へは先ほどまでのように厳しくはないものの、いつでもヘルプに行ける位置に2人付く。


「真夜、ここの1本、絶対決めて」


 相手のフォーメーションを見てハナが真夜に指示を出す。


「絶対とかあんのかよー」マ


 重要な最初のポゼッション。ハナは勝負どころと見たのだろうか。真夜は文句を言いつつも、かなり集中力を高めているように見える。その表情を見た茉莉も息を飲んだ。


 クィクィ


 !


 ――あ、あれって!


 真夜がボールを持たない手で手招きをした。次いで伽夜が反応し、真夜のほうへ向かって来る。4番の背中へ、ピトっと付いた。瞬間――


 右へ弧を描きドリブルする。そっくりな双子の肩がすれ違う。

4番は伽夜にひっかかり遅れる。

 そしてスクリーンに入った伽夜が反転する。しかし真夜の前には誰もおらず。

そのままゴール左下まで真夜が進み切った。2点が決まる。


天百合 34-40 啓誠館


 ――ピック・アンド・ロール! うそでしょ!?(※1)


 啓誠館ベンチも驚愕の表情だ。


 ピーッ タイムアウト 啓誠館。


「あー? またかよー」カ 


「うちら一個もTOとってないべ?」ユ


 ベンチへ戻る。興奮して我を押えられずギャーギャー言う茉莉を半笑いでたしなめる4人。


「てか3Qこっちが勝ち越してんじゃん」カ


「あっちってセットプレー下手じゃねー?」マ


「夏終わってチームが変わったばっか。だから、多分まだ確立されてない」


「じゃあゾーンやめようべー、面白くねー」ユ


「なんで!? やってれば勝てるかもなのに!」


「マツリンさっきからうっさい」カ


 それぞれの感想を口にする。まさか一度も起用されないとは思っていなかった、啓誠館助っ人の3年生3人も意外と驚きの表情でベンチの中心を見つめていた。


 結局ゾーンは取りやめになった。理由は疲れるから。棒立ちで何が疲れるというのか、と茉莉は尚も抗議し続けるが多数決で却下された。


 ピーッ


 啓誠館の攻撃で再開だ。4番がボールを持った。天百合がマンツーマンに変えたのも確認したようだ。


「私は2年、キャプテンの松下」


「ん?」


 不意に一言言った瞬間、真夜の体にスクリーンが当たる。瞬間、松下が逆を行く。キレのいい動きだった。松下からパスが出る。ピックアンドロールだ。

そのままやり返してきた。


天百合 34-42 啓誠館


「わっほー。プライドに火をつけちゃったわけ?」


 攻防が入れ替わるが、相手のディフェンスが変わっていた。真夜から11番が距離を開けている。優里にマークマンが一人、ボックスワンゾーンだ。真夜の切り込みを防ぎつつ、優里をフリーにはさせないということだろう。


 起点を見出せず、真夜がそのままミドルを打つ。さすがに外れる。リバウンドからまた4番松下にボールが入った。真夜とマッチアップする。


 ――今日のエース対決だ! まさに4Qはエースの時間て感じになった!


「あっちあっち! あっちがエースでーす!」


 迫る松下に対し優里を指さす真夜。


「うそうそうっそー、真のエースはそこの女ー」ユ


 互いを指さしつつしゃべりながらも視線は切らさない。真夜も松下に対しては思う所があったのか、腰を落としてディフェンスしていた。


「うお!?」


 今度は1on1だ。真夜が抜き去られる。そのままレイアップが決まる。


天百合 34-44 啓誠館


「松下ちゃんうまいのー。うまいだけで大した才能ないけど?」マ


「なに?」


 ピクリと松下が反応する。煽動していくスタイルは一切変える気がない。茉莉もハラハラしている。真夜がボールを運び、そのままセンターラインを越えた瞬間、松下の激しいディナイ(※2)が来る。


 ッ! ッ!


 迫るオフハンド、真夜も巧みなハンドリングで交わす。この松下だけは明らかに周囲と技量が違った。キャプテンという立場上、出場している。今日出場する中では唯一の啓誠館のレギュラークラスとなる。


 チャンスとみて伽夜のマークの7番が動く。真夜をブリッツ挟み撃ちしにいった。真夜はいよいよ行き場がなくなる。


 そして、耐えきれなくなり、ポイとトップエリアに弱々しいパスを出した。

茉莉が自分へのパスと思い、前へ出るが、そこで受けたのは、伽夜だった。

スイッチが起こり、伽夜に8番が付く。1対1だ。


 トン トン 


瞬間――  


 ジャブステップから伽夜のハンドリングが始まる。

クロスジャブからあっさり8番を抜き去った。先ほど真夜がみせた動きと瓜二つ。

11番が消えたと表現した動きのそれだ。軽やかなレイアップが決まった。


 アレは!


 ――な、なななっ


 ざわっ


「マヤにできて、アタシにできないこととか無いんだけど? ウケル」


 ニヤついた表情で着地し、振りかえったのは伽夜だった。コート、ベンチ問わずその伽夜の方に一斉に視線が集中した。


天百合 36-44 啓誠館


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(※1)ピックマンを呼び寄せてスクリーンを使い、スクリーナーがゴールを狙う、ディフェンダーの陣形を崩す連携プレイ。現代戦術の主流。

(※2)あわよくばボールを奪ってやろうという、体が振れるほどの激しいディフェンス。

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