第42話 N2-1
試合後、茉莉は帰宅する。時刻は夕刻前となっていた。玄関に大きな靴が一足あった。
「ああ、茉莉、おかえり。あこがれの真一君きてるわよ?」
「え!?」
帰宅早々、茶化しながらすれ違う母親と言葉を交わす。水津野 真一。隣の愛知県で私立高校の教員を務める、やや歳の離れた茉莉の従兄だ。ミニバス時代にバスケの相手をしてもらっては、遊んでもらっていた。茉莉がバスケと関わるキッカケにもなった人物だ。
身長191cmと体格にも恵まれたが、膝のケガに悩まされ始め、プロへの道を断念し、教員となり、教育課程でバスケの指導者、いずれは監督を目指す。しかしやはりそちらも狭き門、競争は激しいようだ。
真一の勤める
「真一、今は冬の試合だろう? こんな時期に墓参りなんかしてていいのか?」
「ああ、うちはシードだからね。来週からだよ。だからこのタイミングで来たんだ」
茉莉の父との会話が聞こえてきた。その父の兄、真一の父親は、病で早くに世を去っている。出身のこちらに一族の墓がある。その墓参りの帰りに立ち寄ったようだ。マメな性格で、こうして度々叔父である茉莉の父に、近況の報告に来る。
公式戦開始の一週前辺りに、年間でも数少ない日曜日に休みが貰えるようだ。
「どうだ? コーチ業は。同僚もレベル高いんじゃないか?」
「ははは。それもそうだけど。そんな段階じゃないこともあるよ。この前なんか、彼氏にフラれたとかで、一日泣きじゃくる子の相談相手で終わったよ。バスケの指導どころじゃない日だってあるんだ」
「ふむ。ま、社会人なんてそんなもんだ」
――そうだ。兄さんも指導者だったんだ。
タイミングを見て茉莉も今に入室する。
「こ、こんにち、ばんは?」
「やあ、茉莉ちゃん。大きくなったね……、って言い続けるのもそろそろ無理かな?」
「は、ははは。さすがにそろそろ伸びなくなる、かも?」
「じゃ、俺はここらで」
「気をつけてな」
席を立つ真一、会うのは半年か年に1度くらい、さすがに191cmは家の中では圧巻だ。荷物を持って立つ茉莉の横をすれちがっていく。ふと思い立って玄関まで追いかけた。
「に、兄さん、ちょっと聞きたいことが……」
「ん? どうかしたのかい? そういえば高校のバスケ部は人数不足で苦労してるって話だったけど、やっぱりまだマネに専念できずにプレイヤーと兼任なのかな?」
「え、あ、いや」
真一とは基本的に通信をしないので、会うタイミング的にもどうしても情報の時系列にズレが出てしまう。真一の中の茉莉は、選手は一区切りとし、マネージャーに専念したいという目標のままだ。ギャル達とつるんでます、とは言えなかった。
「……。た、例えば、チームの中で、一人、実力とか、気持ちが劣ってる場合、どうしたらいいのかな? どういう意識でやれば……」
まだ試合直後、自分で今日の総括もしておらず、気持ちも考えもまとまっていなかった。しかしアドバイスを貰えるチャンスも少なく、率直に言葉にしてみた。
「んー、そうだね。チームの環境や雰囲気にもよるけど、とにかく一生懸命やって、周囲に認めてもらうことだろうね。実力はすぐには付かないから」
「ってこれじゃあ誰にでもできるただのアドバイスだ。俺の経験上で行くと、手っ取り早く、一つのスキルに専念するんだ。これが効果的だったりする」
「一つ?」
とにかくただ一つのスキルを極限まで昇華させる。チームの誰にも負けないくらい。そうすることで、この人にはこれができる、と覚えてもらえて、チームメイトにも一芸を認めて貰えることになる。
「他の団体スポーツにも共通するかもしれないね。悩んでる子にアドバイスでもするのかな? 参考になるといいけど」
それじゃ、と言うと、真一は去って行った。しばらく玄関で立ち尽くし、考え込んだ。
――もちろんそういうのは考えたことはある。自分も身長柄、低いドリブルだけは負けないようにって練習したことはあるけど……、真夜ちゃんや伽夜ちゃんのとてつもないハンドリングを見た後じゃ……。
『マルチな個性、才を伸ばせ。それがハナのパパの教えだったんだ』
「……」
-夜-
通信を見るとメッセージが入っていた。沙織からだ。『まず一勝、おめでとう』。時刻を見る。試合終了時間よりも前だった。大差の時点で天百合の勝ちを確信し、午後の練習前に送ったのだろう。端的にお礼を返信しておく。
――”まず”か。私にとってはホントはうれしい、念願の一勝だったけど、たぶん、全然もっと上を求めて来てるんだ。きっと、沙織はウチと勝負したがってる。
高校バスケ生活、トータルで一勝でも出来ればうれしいくらいにさえ思っていた。それが本日の圧勝。しかし今の気持ちはうれしいではなかった。すでに不安と困惑が勝っていた。
第4Q、海松北の選手達の目は諦めていなかった。いや、試合の勝敗自体とは別で、少しでもこれからに向けて何かを得ようという気迫の目をしていた。特に最後、真夜とマッチアップした上村などは顕著だった。夏までの茉莉なら、間違いなくもうゲームを流していただろう。
――立場は逆だったけど、ハナちゃんには私のそういう所を見られていたんだ。だからガードを外れるように言われた。残り5分、ボールを持ったときも、容赦なく真夜ちゃんにパスを要求された。
『初戦は凄惨なものになる。茉莉、あなたは自分を変えたいと思うんじゃない。変わらざるを得なくなる』
ハナの台詞を思い出す。自分が皆を鼓舞しようとしていた当初の気持ちは予想していない形で裏切られた。チームメイトは厳しい現実を突きつけてきた。相手が折れようが100点取る。自分達には交代要員はおらず、控え選手のアピールタイムもない。
目標を決めたらなら初志貫徹をせよというレヴィナのセリフも思い出す。
――変わらなきゃ。意識も、技術も。もっと信頼されるために。
▼
-翌日-
「うっひょー真夜変わったじゃんそのまつ毛ちょーいいじゃん。激カワ? イケイケ?」
双子と優里含め合わせて5人のギャル族が興奮していた。
「アタシがやったんだぞー。でもって見てみこれ。この中途半端なヤツ」
「ぎゃはははは! 伽夜ダッサ! 半分取れてるダッサ!」
「取れてんじゃねーし付いてないんだっつの。オラ真夜、土下座しろ」
「え? どゆこと?」
「あっははははー……」マ
いつも通り騒がしい教室の後方だった。
▼
放課後、部室で3ギャルがハナに両手を合わせて土下座していた。
「ハナ様! おなしゃす! レーザー貸してください!」「このとーり!」
「……。持ってたのは?」
「馬鹿真夜が洗面器の水の中に落として壊れたー」
「急に伽夜がくしゃみすっからだろー」
「まじありえね超ゆるせね! 今度からあーし先だかんな、あんたらガサツすぎ」
「バッカ、ガサツでこの神がかり的な仕上がりになるかっての」
「自分らで買えばいい」
「無理っしょー」「もう今月カツカツー」「てか毎月カツカツー」
「もうあたしら、ハナ様の神采配にどこまでも付き合うんでそをこなんとか!」
「……。それだけじゃもう貸しが足らなくない? というか、そんなの無くても普通の女子高生は困らない。そもそもレーザーは私物じゃない。簡単に貸せない」
「汗が目に入らないだけでも超シュート入るし? これマジ!」
「マヤいいこと言うじゃん!」
「オイル併用で取れないのレーザーしかないんだよー、たのむよー」
「……」
「さすがに学生の身分でやりすぎではありませんか? ほぼ医療機器では?」
少し遅れて部室に入って来たレヴィナが横目に呟く。
「だーかーらー、あたしらプロ目指してんだっつの」
「そそ、バスケなんかにかまけてる暇とか無いっていうか?」
「なに?」
「バババ、バスケに人生賭けてまーす! あっはははは!」
「……」
▼
「ええ? また食事メニューを変えるの?」
「う、ごめんお母さん、フル出場の機会が増えそうだから、スタミナが欲しくて」
「この前は皆についていけるようにスピードとクイックネスが欲しいって言ってなかった?」
「う、うーん、そっちも欲しいんだけど」
「そんな欲張りなこと出来ないわよ? 自分で好きに作っても構わないけど食材は余らせないでちょうだいね」
「あう」
茉莉は試行錯誤していた。ガードとしてスキルを磨くなら真夜、伽夜のように強力なハンドラーとして役割をこなせればと考え、栄養士である母親にアドバイスをもらいながら速筋強化重視の食事メニューを頼んでいた。
しかしチーム全体を見るのであれば人数不足が最大の課題。出場できる時間帯を伸ばすことも重要と考え、今度はスタミナも気し始めた。
実際ハナはシックスメンバーとして練習時間の大半を走り込みばかりしている。スキルゼロのハナだが、それでももうコート上に立って居られさえすればいいというような極端な練習だった。
▼
「レヴィちゃん、DFを練習したいんだけどよかったらドライブ重視のOFをしてくれないかな」
「……」
翌日の部活も茉莉は合同練習が終わった後、少しの休憩をとるや否や、すぐに個人練習を開始し始めた。3ギャルはすでに体育館からどこかへ消えてしまった。おそらく洗面所だろう。しかしレヴィナから即答は得られない。
「……いくらなんでもオーバーワークでしょう。先ほども茉莉がメインのP&Rのフォーメーションを行ったばかり。立て続けにDFもやろうというのですか?」
「でも、私のスキルが上がればそれだけチームの勝ちが近づくと思うんだ」
「何度も言いますが、私達の勝利は勝ち取るものでなく、結果的についてくるものです。100点取ったときには勝っている。それが天百合です」
「それは分かってるけど、みんなのレベルは高いから、一人劣ってる私が底上げされれば――」
「誰も劣っているなどとは思っていません。適材適所でしょう」
「お、お世辞はいいよ。それよりもレヴィちゃんの休憩が済んだらOFを――」
「――茉莉」
レヴィナの語気が強くなる。やり取りに気づいて仲裁に入ろうとしたハナだったが、レヴィナは冷静だ。一度止まる。
「そのような気の焦りが見えた状態では、尚のこと練習には付き合えません」
「――! そ、そんな」
ふうっと一息ついたレヴィナが適当にタオルを首に掛け、体育館を出ていく。
「あ……」
「茉莉」
ハナの声に振り向くと外へ向かって指をさしていた。レヴィナを追えということだろう。そのまま自身も体育館を出る。すぐ横に壁際の手すりに両腕を乗せたレヴィナがいた。ゆっくりと近づいて行く。
▼
「……私も実家の環境柄、いろいろな選手を見てきました。もちろん茉莉のような選手も」
「え」
茉莉の接近に気づくと、しばらくしてそのまま遠く正面を見たまま話し始める。
「スキルは一朝一夕では絶対に得られません。ずっとチーム下位の実力であったのに、たった一つのコツを掴んだだけでプロにまでなった選手もいます」
「逆にどれだけ厳しい研鑽を積んでも、ずっと芽の出なかった者もいます」
「……」
多分、自分は芽の出ないほうだ。そう言いたいのだろうと思い、茉莉は視線を落とす。
「茉莉はあの3人のようなスキルが得たいのですか?」
「うん、もちろんレヴィちゃんのスキルにも憧れるけど、ポジション的にも……」
「であれば、良い部分だけをマネしようとしないことです」
「え……、それは、どういう」
「言い換えれば、その人の悪い部分までマネしなければ、上手くはいかないのです。これは私ならではの視点です」
「わ、悪い部分て、そんな」
「それが何であるのか、気づきますか?」
少し考えるが見当はつかない。いや、3ギャルの悪い部分など山のようにあるがその全てではないはずだ。
「”適度に手抜くこと”。それがあの3人に共通する強みで、茉莉にないものです」
「手抜く、こと」
これまで共に活動した短い期間の中でも思い返せばキリがないくらいある。あの3ギャルの手抜きなど日常茶飯事だ。
「張り詰めているものはいずれ弾けます。それが今の茉莉でしょう。巧妙なガス抜き。まずマネをするなら、その部分ではないでしょうか?」
「……」
「などと言っている私も、彼女らを見ていると自分の欠点ばかり見えてきて嫌になりますけどね。おかしなものです。普段素行の突っ込みを入れている数だけ自分の欠点に気づかされるのですから」
フッと笑って踵を返し、また体育館へ戻って行く。
――私だけじゃない。レヴィちゃんだって、いろいろ思いながらやってるんだ。そして、皆も。
「OFを、受けるのですか?」
「! うん! がんばろう!」
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