第41話 U-13

 こぼれ球を拾ったのは茉莉、そのままフロントまで運ぶ。しかし海松北の戻りもほぼ同時くらいだった。その雰囲気は勝負が決したことを伺わせた。


「ハァ、ハァ」


「……」


 相手の形態はゾーンだが、もうほとんど足が動いていない。天百合のオフェンスの動きを見る首の動作も、もはや緩慢だ。スキさえ伺えば、茉莉の単独の切り込みでも得点できる程度だろう。


 ――よし、セーフティリード、念願の高校初勝利だ!


 茉莉がキープに入る。後はショットクロックギリギリの攻めを続ければ手堅いだろう。


「マツリン、ボール」


「え……?」 


 右手を差し向け、パスを要求するのは真夜だった。その目は笑っていない。むしろこれからだとさえ言っている。


「ま、真夜ちゃん、もう……」


「マツリー、スコア見えないんかー、100点だぞー、100点。ハナにどやされっぞー」


 優里からも催促される。しかしセーフティリードだ。ボールをキープしつつ、時間を削っていけば、残りのオフェンスを全て失敗するくらいでも勝てる。控えのいない天百合は無理に攻める局面ではない。


「茉莉、初志貫徹は重要です。同情は敵ですよ? 私達とて、皆で立てた目標。達成するとしないでは、見えてくるものも変わります」


 天百合の目標。それは茉莉が勝ちを目指したいと言った時から決定した。具体的には勝ちそのものを目指すのではなく、100点取る。そして取った時には勝者となっている。6人で決めたものだ。


 ゆっくり上がり茉莉の横をジョグで通過しながらレヴィナすらも攻撃を促す。元よりレヴィナも、父のバスケ指導に疑念を持ち、このチームに加わった。


 チームの総意を受け、真夜にボールを入れた。真夜はそのまま横を通過し、ポジションに向かうレヴィナを壁にする。レヴィナも分かっていて、ワザとそういうルートを取ったのだろう。上村が死角になった瞬間、3Pが打たれる。


 ザンッ


天百合 90-66 海松北


ビーッ タイムアウト 海松北 後半3回目


 ブザーが鳴る。海松北、最後のタイムアウト。吉田監督が頷きつつもゆるやかに拍手しながら選手を労い、迎えた。


 天百合ベンチからは変わらず繰り出される談笑、スタンドを見上げると啓誠館の選手達の姿が無くなっていた。TO終了のブザーが鳴る。


 そして次に相手から出てきたメンバーは、ほとんどが本日初出場、高校からバスケを始めた者まで含む、控えの1年生達だった。茉莉の中学時代のチームメイト、猪原の姿も見られた。



ビーッ 【試合終了】


天百合 103-74 海松北 『天百合高校の勝利です』


 残り5分からの最終クォーター、ハナから伝えられていた本日の目標、100点をじきに取った天百合は、その後はゲームを流し、チーム初勝利を得る。茉莉も待望の高校公式戦初勝利となった。


 選手総勢が出そろい、挨拶を交わしていく。ひと悶着のあった上村が真夜の前で立ち止まり、手を差し出し握手を求めた。


「ん? あたしは23番じゃないんですけど?」


「いや、あなたで合ってる。次の自分の、一歩目にしたいから」


「へー」


 特に興味もなさそうに真夜が応じた。監督に言われた通り、上村は真夜に1対1を終始挑み続け、圧倒され、無残な姿となった。対して真夜も、相手が立ち向かう限り、手抜きせず表情も変えず一貫して攻め続けた。


 強靭なメンタルと言える。その徹底した姿勢は茉莉を震撼させるには十分だった。付き合う義理の無い勝負を受けた真夜に上村が謝意を示した。その目はすでに意志を取り戻し、高校最後の大会になるであろう、インハイを見据えていた。


「水津野さん、白幡さん、すごかったよ。中学まではほとんどベンチで、一緒くらいだったのに」


 短い時間帯だったが、3Qでマッチアップもした猪原が引き上げる茉莉とハナに話しかけてくる。ポジションも違い、クラスも同じくしたことがなく、部活以外での交流もなかったものの今日の茉莉のパフォーマンスに感慨を受けたようだ。


「ありがとう猪原さん。ポジションは違うけど、また対戦を楽しみにしてるね」


「うん。今日の白幡さんの戦術、多分ウチもすごい研究すると思う。今度は簡単にはいかないようにね」


「え、ごめん、ウチは今日、メインの戦術は一つも使ってないんだ」


「え……?」


「コラ茉莉、余計なことは言わない」


「あぅ」


「……猪原さん、ありがとう。またいいゲームを」



 美子先生と、吉田監督が向かい合っていた。


「いやあ、途中ご迷惑をかけたようで、申し訳ない」


「いえいえー、ウチの子こそ口が悪すぎてすみませんー、ちょっと頭のネジが飛んじゃってて」


「先生もギャルちゃん達も素晴らしい。うらやましいチームですよ。ぜひ私も御一緒したい。天百合に転勤願い出したいですなあ」


「えー、それはマジカンベンですー」


「……」


-本日のスタッツ-


天百合 103-74 海松北

1Q 5-27  

2Q 31-13

3Q 34-19

4Q 33-15



天百合


PG 水津野 茉莉 11得点 3P 1/7  F1

SF 浅丸 優里 35得点 3P 7/12 F1

SF 彩川 真夜  28得点 3P 3/4

SF 彩川 伽夜  10得点 3P 1/1  TF2

FC レヴィナ=K 19得点    F1 


G 白幡 はな 0得点      F3



 茉莉の公式戦、初勝利。加えて自身もレギュラーでの出場。それは本人の想像を違う意味でも超えた、波乱の幕開けとなった。チームの信頼を得るために、提示された役割を振り切ってまで最後は気を吐いてみた。こんな経験は初めてだった。


 序盤はスタミナ温存のため意図的に流し、大量リードを許す。2Qからは徐々に始動し、新たに加入したレヴィナとの連携確認のようなインサイド、優里の距離感を掴むようなスリーポイントでみるみる迫る。


 そしてトラブルのあった3Qでは伽夜が退場するが、海松北は完全にそこから流れを失う。決まり始めた優里の3Pは破壊力抜群、相手の外角の警戒を一気に引きつける。空き始めたインサイドを容赦なく攻め、逆転。


 突然牙を剥きだした天百合のオフェンスに対抗した海松北はファウルトラブルに追い込まれた。優里が大量得点を演出する。


 海松北がスタミナを失う中、4Q、それまで何もしていなかった体力十分の真夜が始動し、ゲームをコントロールし畳みかける。その後は再逆転はおろか、点差が迫る事すらなかった。


 スタンドでの偵察を意識し、天百合がチーム一丸で取り組んだメイン戦術、ピック・アンド・ロールの使用回数は、ゼロ。ハナの提唱する究極のオフェンス、全試合100点取る、の一試合目は、シーソーゲームにすらならず、宣言通り凄惨なものとなった。

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