第37話 U-9

 真夜はワンスローも決めてしまう。さらにこれで海松北は3Qの累計ファウル5つ。これよりディフェンス時のパーソナルファウルは天百合にフリースローが与えられる。


天百合 53-48 海松北


「真夜使うの禁止」


「ええええ!? なんで!?」


「今日はいいけど、万一、総力戦になって4Q足が動かなくなってきたら、真夜しか得点源がない」


「そ、そっか、でもそれじゃどうすれば……」


「方法はいくらでもある。とにかく、ウチは最初に優里で行くぞと見せて相手に意識させること。まずはそこから」


「相手も切り替えてきたけど、私達もここからゲーム開始のつもりで。基本、私はコート上にいない。茉莉、あなたがゲームを作る」


 そのセリフに茉莉もごくりと息を飲んで気を引き締める。


 ――私だけじゃない。当然相手だって皆勝ちたいんだ。コート全体だけじゃない。ゲーム全体を見る。視野を広く持つんだ。それがガード。


 相手がボールを回しつつ迫る。徐々にハナの前まで詰める。海松北も徹底して

ハナを攻める。ハナは中にさえ入れさせなければいいというディフェンスを行い、

ミドルより外を打たせて外すのを待つのみ。


 ある程度決められるのも計算に入れ、単純にそれ以上をこちらが取ればいい。ハナの提唱するチームスタイルではそういうことだ。再び1年のミスマッチ対決、F青島からミドルが打たれる。しかしこれも外した。直近で2つ決め、2つ外す、青島のミドルは5割といったところだ。


 リバウントはレヴィナ、茉莉にボールを入れ上がっていく。優里を使えと言われた手前、考える。


 ――相変わらず優里ちゃんはフェイスで付かれてる、でも時間も長くなってきててディフェンダーも大分きつそうだ。


 優里側へ身を寄せると、右の深めまで下がって棒立ちしていた優里が手前に来た。茉莉はパスを出すタイミングを計る。この場合はどこかで切り返し、後ろ向きに反転するだろう。


 案の定、一定の段階で後ろに切り返した。ループ状のパスを投じる。優里が受けた。ディフェンダーも反転し、1on1になる。


 クンックンッとシュートフェイクが入ったり極端にボールを下げたりと牽制する。真夜と伽夜がジャブステップをするなら優里はこれだ。


 フリーであれば、持ってすぐにでもクイックで投げてしまうため、シュートタイミングが元より分かりにくい。一つセパレートし、また構えた。そのまま打つ。


 ピーッ  ガツンッ


 ディフェンスファウル 海松北9番


 しかし強く守っていたSG内山の手が優里に当たる。スリーポイントのファウル、ペナルティは3スロー。ガックリと膝に手をついたのは内山だった。


「ふんふんふ~ん♪」


 ――これでよかったんだ! レヴィちゃんへのパスがあるから、ダブルチームに行けなかった!


 この状況ではインサイドへのダブルチームはいいかが、大外にいる優里には非常に行きにくい。ただでさえ天百合は外寄りに布陣するため、意識して引き締めないと中がスカスカになる。


 鼻歌を歌いながら、優里はさっさと3投し、全部沈める。相変わらずボールを床に突きもせず、サクサク投げてしまう。


 尚も相手のオフェンスは1年F青島中心、追いつくために3PのあるSG内山を使いたい。しかし優里をディフェンスする手前スタミナの関係上難しい。


 今度は青島がスリーを打つ。思わず海松北のベンチは祈りの姿勢になった。思いが通じこれが決まる。


天百合 56-51 海松北 残り4分


 徐々に離れて行くが、海松北も食らいつき、3ゴール差となる。


 ボールを受けた茉莉がフロントコートへ到達する。また右へ身を寄せると、優里が向かってきた。先ほどと全く同じ展開になったところで、茉莉をディフェンスするPG谷口が進路を塞ぎに来る。瞬間――


 ――ここだ! あれを狙う!


 渾身のペネトレイトでディフェンダーの左から突っ込みを入れた。青島がアンダーで現れるが一つヘジを入れスネイクドリブルで交わす。茉莉の中央右からのレイアップが決まった。思わず置いて行かれたPG谷口が天井を仰ぐ。


天百合 58-51 海松北


「うおおおお!」 「キター! マツリーの新技ロールスネイク!」


 ――得点できた! 伽夜ちゃんにもハナちゃんにも言われた、自分で得点する。新しい私のスタイルの一歩目だ。


 ――――なんであのキャプテンがレイアップ決めると歓声が上がるんだあ? 他はもっとトンデモプレーしても下手すりゃシカトじゃねえか。どうなってやがる。しかし……。


 吉田監督が時計を見る。まだ3分もある。タイムアウトが欲しいのが正直な気持ちだった。2つ残してはいるが、間違いなく4Qに必要になる。


-啓誠館スタンド-


「天百合さんタイムアウトとってくれーって感じ?」


「だろうなあ、でも取る理由がないな。オフェンスの失敗がほとんど無い。取っても相手の息が整っちゃうだけだ」


「ウチ相手にもタイムアウトゼロの天百合さんですからー」


「14番が止まらない! ボール持ったら何かが起こっちゃうよ!」


「そう、14番に意識が行ってしまう。だが気づいているか? 一見天百合はハデな外角が目立つ。ところが実際はとにかくゴール下の得点機会が多い。ウチ相手でもそうだった。対してディフェンスはザルで、相手には簡単そうにみえるが、あの大雑把なゾーンを作ってはミドルばかり打たせている」


「あ! ウチの監督が天百合対策はインサイドを固めるって言ってたよね!」


「そうだ。今の海松北のディフェンスは外の怖さに完全に開いてしまっている」



 再びF青島がハナの位置からスリーを見せた後。一歩切り込みロングツーを決める。なんとか離されずに食らいつく。


天百合 58-53 海松北


「オフェンス単調だぞ!」


 吉田監督が自身の胸を叩きつつ激を飛ばす。しかしこれは半分天百合への揺動だ。サインはそのまま行け。実際は1年の青島の攻めに頼るしかない。少しでも他を意識させたいがための声掛けだ。


「あーし今全部入るんじゃねー? シュー」


 ガツッ


 天百合のオフェンスは優里にボールが入る。クイックでスリーを打つが、あまりにも雑でこれは外れる。ゴール下で競いオフェンスリバウンドを得たのはレヴィナだった。きっちりゴール下を入れる。


天百合 60-53 海松北


 相変わらずセンターを任された杉井はレヴィナ相手に苦しいディフェンスを強いられていた。


 攻守代わり尚もハナの位置から攻める海松北、ボールは青島、これまで全て外、ここは強引にハナを抜きにかかりフェイクをいれる。ランニング体勢からのフローターシュートだ。容赦なくハナは腕を押さえつけファウルする。シュートモーションのファウル判定。


 ファウル 天百合5番 2スロー


 青島は1投目は成功、2投目を外す。


天百合 60-54 海松北


 リバウンドはレヴィナ、茉莉に入り、上がる。優里が居る右辺の攻めを継続する。


「ハッ、フウッ」 「ヘイヘイヘーイ!」


 呼吸が上がりつつあるSG内山、フェイスディフェンスの継続が厳しい。今度は茉莉の方からジワジワと寄っていく。PG谷口もスキは見せられない。やがて狭くなり、優里が茉莉の後ろに進路をとる。スクリーンとなった。


 ボールが優里へ手渡しされた瞬間、3Pが打たれる。


 ザンッ


「よしっ!」


 思わずガッツポーズの出た茉莉、優里本日6本目の3Pだ。6/11。普段の練習ぶりを見ていれば、フリーを作ればこのくらいは優里なら入れてくる。


天百合 63-54 海松北 


 残り2分を若干切る。お互い3~4ポゼッションといったところか。海松北全体の呼吸が上がってきている。天百合はまだまだ全員元気だ。


 ハナにタイムアウトを取ってもいいと言われていた茉莉だったが、見送る。点差以上に相手の厳しさは目に見てとれる。オフェンスのリズムは絶好調、休憩を与えるより継続が最善と判断した。


 ビーッ タイムアウト 海松北 後半2回目


 !


 しかしここはもう吉田監督が要求していた。ディフェンスが機能しておらず、選手の息も上がっている。取らざるを得なかった。両軍ベンチへ引き返す。



-天百合ベンチ-


「ハナのスリー超ウケたし分かってても笑う」マ


「あれは録画したかったわー、今度ビデオも持ってこね?」ユ 


「3Qあと少し! がんばろう!」


「ってかなんであっちゾーンしないん? スタミナ軽くなるしユーリだって入って5割じゃん?」マ


「バッカ今日は不調だっつのじきに7割は入れるっつの」ユ


「それでは追いつけませんね。というより、ゾーンがスタミナ軽減になるかはチームカラーにもよります。我々は棒立ちゾーンという奇抜な形態も有していますし」


「実際はしっかり2点を取ってるのが大きいけど、もうスリーを10本近く決めてるから外を打たす作戦はやりにくい」


「そ、それよりも作戦は!?」


「伽夜がいないけどプレスする。真夜は当然参加、PGを攻めて。あと茉莉、優里で行く」


「ええええ!? リードしてるのに!?」


「あーしやんの久々だしー」


-海松北ベンチ-


 休憩を最優先させる。吉田監督は動かない。太い腹の上で腕組みしたまま佇む。


 ――――なんとか一つは勝たせてやりてえ。上村の噴気に皆団結して士気は上がった。分かってんだ。進学校で、特に運動部を選んだお前達が、所詮ガリ勉、勉強だけって言われるのが一番屈辱だってのは。だから俺のチーム作りは、必ず一勝はする。例えメンバーに恵まれない世代でも。そういうスタイルでやってきた。


 だが、相手、一見ダボダボのボトムで分かりにくいが、あの下肢の筋力、ハデな見た目の裏でも地道な基礎鍛錬を怠っていないのは間違いない。どう見てもちんどん屋だが、事バスケに関しては連中は明確なスタイルを持っている。


「先生? どうかしたんですか?」


「ん? ああ、ギャルちゃんいいケツしてんなと思ってな」


「……」


 隣のスコアラーが黙ったままの監督に声をかけたが、吉田監督は普段通りのセクハラまがいな言い様で返しておく。ボードは手に取らずに、前で出る。


「そのまま顔は上げなくていい。息を整えつつ聞け――」

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