第36話 U-8

-天百合ベンチ-


「か、伽夜ちゃん」


「あー、いいっていいって。マツリンは試合に集中すれば? もう相手はダメだし? マツリン待望の勝利っていうか? 勝つってのはさ、こーやんだよ」


 !


「と、退場した人間が申しておりますし?」ユ


「カヤはカヤの外っていうか?」マ


「つまんね! マジつまんね!」カ


 離れて審判と話す美子先生を横目に、キャプテンとして声を掛けなければと思っていた茉莉だったが、伽夜にサラっと交わされる。他ギャルはさして気にしている様子はない。あくまで自分達の個性を貫くと言わんばかりだ。


 レヴィナはあれだけ退場はNGと念を押されたにも関わらず平気で退場する伽夜をジト目で見送り溜息をつく。ハナに至っては諦め顔だ。


「海外でもトラッシュトークはもっと飛び交いますよ。残念ながら試合に勝ちたかったら四の五の言わずにやれと指導するコーチもいます。日本は性格柄もありますが大人しいので、彼女らのようなタイプには不慣れかもしれませんね」


 レヴィナも優里との対戦の際にはその特有の口撃にも揺さぶられることなく、きっちり自分のプレーをして見せていた。これも経験値だろう。


「そう。ウチは好き勝手しゃべるけど単なる侮辱はしていない。途中向こうから言われたからそうなると倍は言い返すけど、対応を間違えるとゲームにならない」


 3ギャルは口は悪いが尊敬するハナの父の教えに反することはしない。そこにはポリシーがあるようだ。レヴィナとハナが意見を交換していた。


「あの5番、最初からウチらのこと舐め切ってたもんなー」ユ


「え?」


「うむ。マツリンもギャルやれば? 相手がこっちをどう見てるかよくわかるし?」


「え、遠慮します……」


「あーガミガミうるさいっつの姑かよあの審判」


「……」


 戻って来た美子先生もいきなり悪態をついていた。


 茉莉は相手ベンチの方へ視線を送る。二手に分かれていた。うなだれる上村を中心に寄り添う後輩、一方で出場メンバー達が集まり、改めて現状と今後の方針を確認し合っていた。


 ――沙織も真夜ちゃんとマッチアップした時に我を失ってしまった。私はもう慣れちゃったけど、本気の伽夜ちゃんとの対戦のプレッシャーは並みじゃなかった。単に気持ちの強さで負けないだけじゃダメなんだ。コントロールも大事。


 審判から伽夜へ場外へ出るように指示がなされる。雑に手荷物をまとめ手をひらひら振り伽夜が去って行った。まるで退場が初めてではないような振る舞いだ。


「とりま? あんたたちここから相手への挑発はしないよーにー」


「はーい。しゃーないし美子ちー怒らせると一番恐そうだし?」


 ハナがベンチの前に出てくる。


「私が出ることになるから、茉莉がゲームメイクする。ただしディフェスは2-3ゾーン」


「え!? 私が!?」


「うぇーい! 我らがキャップがゲーム支配すっぞー」ユ


「ハナ人使い粗いもんなー、マツリンなら楽できそー」マ


「分かった。ハナちゃんならどう組み立てるかって考えながらやってみるね」


「うおおおおおおい!」


 ――皆は最初、単に楽しくバスケをやろうって言ってた。でも私が勝つバスケをやりたいって言ったんだ。そして伽夜ちゃんと勝負した。その伽夜ちゃんが逆転ゴールを決めたんだ。そしてもう勝てる試合って言ってる。今度は私が応える番だ。


-海松北ベンチ-


 審判からの注意喚起を受けた後の吉田監督が腕組みをしながら思考する。


 ――――舐められるな、だが舐めていいわけじゃない。とは言ったが、結局こうなったか。多感な歳だ。ある程度情緒が安定しなくなることもある。が、問題は相手だ。そういった心理戦も、。海外の経験とかもあるんだろう。ウチはそういったところまでは指導はしていない。見た目と裏腹に、かなりしたたかな連中だ。現にあの顧問のねーちゃん先生、指揮してる5番、共に事が起こっても全くうろたえた様子がない。


 チラリと自軍のベンチを見る。天百合とは対照的に明らかな動揺がチーム全体に波及していた。吉田監督は、キャプテンでエースでもある中村に合図をする。ボードを手に取ってベンチ前へ出る。タイムアウト中だったが、審判からの注意時間はオフィシャルで時計が止められていた。


 残りは30秒。


「集合!」


「14番23番のスキルは見ただろう。相手全員が自分よりも格上だと思って当たれ。つってももう点数も逆転されてるがな。だが23番は退場だ。もう出て来はしない。切り替えろ」


「「はい!」」


 SG内山を軸にした得点を断念し、優里へフェイスで守らせる。代わりに交代で入るであろう、ハナの位置から徹底して点を取りに行くように指示する。


 次いでキャプテン中村を中心に円陣ができる。


「紗音里は体を張ってがんばってくれた。今度は私達が気持ちをぶつけよう」


「うん」「はい」


「インサイドは皆でカバー、試合はここから!」


「皆は一人のために、一人は皆のためにだよ。行くよ!」


「「おう!」」



 ビーッ


 ブザーがなる。選手を送りだした後、吉田監督はタオルで顔を覆いベンチでうずくまる上村の横に行く。ポンッと頭の上に手を置いた。


「……冬でよかったじゃねえか。バスケでやり返せ。インハイでな」


「う、うぅ……」



天百合 47-43 海松北 残り6分半。


 両チームにテクニカルファウルのペナルティのフリースローが1本づつ与えられる。天百合は優里が、海松北は内山が落とさず決める。指示により海松北ボールが宣告される。


天百合 48-44 海松北


 サイドラインから海松北のボールで開始。天百合はハナの作戦通り、ディフェンスは2-3のゾーン、海松北も作戦通りに、前衛を務めるハナの前にボールを集める。タイムアウトから入ったF青島がバンザイするハナの上からミドルを打ち、決める。


天百合 48-46 海松北


 ワンゴール差と詰め寄ってくる。


 F青島はスタメンだったが、ディフェンス重視のため下がっていた。大分時間が空いているため、体力は十分だろう。1年生ながらレギュラーで得点力のある選手だ。


 攻守代わり、ゲームメイクを一任された茉莉がボールを持って前進する。


 ――相手のディフェンスは……。


 茉莉にPG谷口、ハナにF青嶋、170cmだがミスマッチで大分開けている。優里にSG内山がフェイスで付く。真夜にF中村、ここはゲーム開始からほぼ不動だ。レヴィナにFC杉井、ここも1年同士のマッチアップ。チーム一の身長172cmの杉井だが、やはり正規の上村よりはスキルが劣る。


 ――弱点は、ここだ。


 茉莉がサインを出し、全員が視認する。レヴィナが手を挙げた。

ポストアップだ。


 それを見た吉田監督が舌打ちする。

 ――――やはりそう来るか! 最初は周囲におちょくられてたキャプテンだったが、状況は冷静に見てやがる。


 茉莉がハナにボールをパスし、コーナーへ向かう。優里と真夜は大袈裟なハイポストで棒立ちだ。ローポストはレヴィナとC杉井の2人しかおらず、スカスカ。しかし海松北は誰もヘルプに行けない。


 ハナからレヴィナにボールが入り、ペイントにジワジワ進入し始める。ターンに入った。


 ピーッ ディフェンス 海松北14番


 シュートモーションのファウルとなる。レヴィナに2スローが与えられる。ミスマッチではないが、杉井のセンターの技術はまだまだ甘かった。レヴィナ相手にポジション取りで劣勢だったのを見ていた茉莉が、そこを攻めた。


 レヴィナが難なく2本沈める。合間に吉田監督からガードへ指示が入った。


天百合 50-46 海松北


 2-3ゾーンを継続する天百合に対し、再びハナの位置から仕掛ける。同じようにF青島のミドルが入る。海松北の1ゴール差を追いかける展開が続く。


天百合 50-48 海松北


「ハナの位置から攻められたらゾーン意味なくねー?」マ


「抜かせなければいい。ペリメーターなんかフリーで打ったってそのうち外す」


 オフェンスとなり茉莉が持って上がってゆく。全く同じようにハナに渡し、コーナーへ向かう。そしてハナがポストアップするレヴィナに入れた瞬間、ハナのマーク青島が動いた。ダブルチームだ。


 瞬時にレヴィナがハナに投げ返す。典型的なローハイが演出される。


 !


「こ、ここここれはー!?」 「キタコレーー!」


 真夜と優里が興奮し始める。ハナ、正面のワイドオープンだ。3Pが打たれた。


 スカッ


 ボールはリングのはるか手前に落ちた。相手C杉井がキャッチする。


「……」


「ぎゃははははは!」


「知ってたし? エアボールって分かってたし奇跡とかおこんないし?」


「……。というわけで、この作戦はダメ。茉莉、違うので」


「えええええ!?」


 ハナに付く青島もディフェンスが得意ではないが、ハナのオフェンス力ゼロでは

どうしようもない。


 吉田監督が思考する。

 ――――やっぱあの5番はダメなのか。青島は忙しいが、体力は多く残してる。他4人がボール持ったら積極的にダブルチームだ。


 そしてやはり海松北のオフェンスはハナを狙って来る。しかしさすがにF青島の3本目のミドルは外れる。手前に弾かれカウンターぎみだったが、茉莉は思考はまとまっていない。速攻にならなかった。


 ――えーと、どうすれば? どうすれば?


「茉莉、考えたいならタイムアウトとれば?」


「マツリン24秒使うなよー、わかってるし?」


 ――あう、あうあうあう。


「ま、真夜ちゃん!」


 考えがまとまらずに真夜にパスを出す。レヴィナは牽制のため、手は挙げてくれてはいたが、ハナに先ほどダメ出しされて使えず。優里はフェイスで付かれている。ダブルチームがあるため、先ほどのようなバックドアを狙う動きはしない。ハナは論外。真夜しかいなかった。


「あー? あたしかよー、マンツーなら自分で抜けばいいじゃんかよー」


 タタンッ


 !


「え!?」


 愚痴を垂れつつボール一つ突いた瞬間にF中村を抜き去っていた。しかしその裏にはハナのマークの青島が迫っていた。ユーロステップが繰り出される。青島に手が当たった。レイアップが決まる。


 ピッ! ディフェンスファウル 海松北15番 カウント ワンスロー


 !


 愚痴を吐いた瞬間にディフェンダーを抜き去り、さらにヘルプに入りに来た青島のハンズアップに腕を当ててバスカンを取った。


-啓誠館ベンチ-


「でたー、でたでたでたー! またアンドワン!」


「それさっき23番の時も言ってたー」


「こうなるだろうな。あそこを守る方法が海松北にはない」


「やる気なさそうだったりしゃべったりからいきなり来るもんなー、あのギャップで余計守りにくいんだ」


「3Q5つめかな?(チームファウルが)きついなー」


-永葉スタンド-


「冗談でしょう? 本当に凛理が2人いるチームなの?」


「だっかっらー、真夜と伽夜と一緒にすなってー」


「あの策士の5番、ヤダな。ホントに嫌なところ突いてくる」

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