第38話 U-10

ビーッ


 TO終了のブザー、海松北からのオフェンス、メンバーを大きく変えて来ていた。


 IN-F猪原、G酒井 OUT-F中村、SG内山


 天百合 63-54 海松北 3Q残り1分50秒。


 打合せの通り、サイドラインからボールが入った途端に、茉莉、優里、真夜が出る。


「くっ!」


 PG谷口がボールをキープに行っているが、真夜の激しいディナイに会う。

キープできなくなり、パスを出すが、遅かった。茉莉、優里ともに優勢のポジションを主張していた。茉莉がカットする。


 一気に駆け上がり茉莉のレイアップが決まった。


天百合 65-54 海松北


 ――よし!


 ボールが出されるが、尚もプレスが続く。やむなくF青島に長いパスを出す。ここはディフェンダーがハナのため、海松北側は一番ボールは入れやすい。


 しかし、なぜかスキの多いフロントコートに対して青島はオフェンスに行かず止まる。メンバーの上がりを待つ。当然天百合の前衛の戻りも許してしまう。


-啓誠館スタンド-


「ん? ん? ん?」


「残り時間を進めるつもりだ。海松北は主力の9番SGと4番Fを下げた。とにかくキープして3Qをやり過ごす気だ、4Q勝負で行く気だろう」


「でもいきなりレイアップ決まってるよ?」


「ゴール出来るのに出来ない、これは苦しい! 天百合はブザーまでプレスするよ絶対」


「チームファウルも5だし、海松北はスタミナを温存したい、逆に天百合はスタミナを削りたい、そういうステージの勝負というわけねえ。2ケタ差を挟んでの攻防ね」



 一斉に天百合の前衛が戻ってくるとやむなくF青島がシュートを打つ。

ハナがファウルした。


 ピッ ファウル 天百合5番 2スロー


 青島がフリースローを気合で2本とも決め、なんとか食い下がる。ハナは自身のファウルが嵩もうともスコアの軸となっている青島が気持ちよくプレイできないように立ち回る。エンドラインから茉莉にボールが入り、上がっていく。


天百合 65-56 海松北


茉莉にF猪原、ハナにF青島、優里にG酒井、真夜にPG谷口、レヴィナにFC杉井


 海松北は強引なマッチアップで苦しい布陣だが、スコアラー2人を休ませ、4Qに賭けた。


 ――! 猪原さん!


 海松北は1年のフォワード、新人戦からの予定だった猪原を起用した。タイムシェアが苦しく、吉田監督はやむなく使う予定の無かった8人目を起用する。


 猪原は茉莉、ハナと同じ中学で元チームメイト。茉莉と同じく控えで目立った活躍は無かった選手だ。ここで相手の特徴が分かっているという理由と、身長の優位性で茉莉にぶつけた。茉莉がゲームメイクする。サインを出す、が。


 ――多分、抜ける! 猪原さんはガードが本職じゃない。


 茉莉はドリブルを続ける。優里にはフェイスガードが甘くなっていたため、

優里にパスを出すぞ、出すぞと、チェンジオブペースのフェイクを入れる。

これが常に背後を気にしなければならないガードのDFを難しくする。


「おおお!? 我らがキャップのハンドリングかー!?」マ


 ディフェンスが右に寄ったところからクロスオーバーを展開し、

逆から抜き去る。レイアップが決まった。


天百合 67-56 海松北


「うおおおおお!」マ 「マツリー二連チャン!」ユ


 ――――やっぱダメか! きっちりガードで抜いて来た。同じ中学なら向こうもこっちを知ってるってことに他ならねえ。だが……。


 吉田監督がしばし茉莉を凝視し、思考する。


3Q、残り1分。


 天百合は尚もプレス。前から行く3人に対し、ハナが付く青島にパスを出すことをレヴィナが読み切っていた。再度出されたロングパスをカットする。ターンオーバーだ。海松北の足が明らかに重くなってきている。


 パスが茉莉に入る。ファストブレイクの中央突破と見せかけ、

キックアウトした。コーナの優里に入る。

真夜、伽夜が何度か見せたプレーをそのままなぞる。


 優里が3Pのモーションを入れるとあっけなくG酒井がフェイクにかかる。

横を抜き去った。


 一気にペイント内に侵入した優里、FC杉井が前にでる。

ハーキステップしクロスオーバーから右を抜き、

大きなレイアップモーションに入る。


「フォーウ!」


 奇声をあげながらシュートを打った。


 ガガッ


 そして、見事にゴール下を外した。


「ユーリふざけんなしテメー!」


 真夜から罵声が出る。ディフェンダーの手は当たっていた。


 ピーッ ファウル 海松北14番、2スロー


 ――うーん、普通にやれば入ってたのに、優里ちゃん何やろうとしたんだろ?


「ユーリ、胸糞悪い奴の真似すんじゃねーし」マ


「あ、バレた?」


-永葉スタンド-



「今、何かやろうとした?」


「ええ。間違いなく、凛理のアレでしょう」


「……。ははっ 優里、やってくれるじゃん」


 凛理がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



 優里は1投目を外し、2投目を決める。すでに優里にボールが入れば何かが起こり、半ばボーナスステージ状態だ。


天百合 68-56 海松北 残り40秒


 海松北のボールが出される。天百合はプレスを止めた。

ほっとしたようにボールをキープしたのはF青島、

ショットクロック24秒を使い切って、3Pを打つ。

今度はバンザイするハナの上から決めてきた。


「わあああああ!」「ナイス乃香!」


天百合 68-59 海松北 


 1ケタ差に詰めた海松北が士気を上げる。気合のディフェンスコールが沸き上がる。なんとしても止めたい一本だ。天百合のラストポゼッション。茉莉がボールを持ち、ゆっくり上がる。


「優里、失敗は取り返すように」


 先ほどやらかした伽夜のように、優里にもハナから無慈悲なボヤきが入る。得点自体は重ねているが怠慢プレーをハナが咎めた。ぐへっと言ったあと、優里は自ら蛇行を始めた。


 ――あ、これは。


 フェイスガードを交わす動きだ。サインを出す。優里の動きを見つつ、まずハナにパスを入れる。青島を引き付けすぐ茉莉にボールがもどされる。


 レヴィナにループパスを入れる。ノールックでそこから優里に入った。真下から放たれる優里のシュート。キレイに決まった。前半でハナ→レヴィナ→優里で決まったバックドアだ。


 ――こ、こうやって得点するんだ。いつも観戦でもボールばっか見ちゃってたけど、全体を見ると全然違う。


 自身が起点となって演出したプレーであるのに、茉莉は感心していた。このパターンではこうしろというハナの戦術を如実に再現した。


 優里がフェイスDFを交わすために蛇行し始めたら、バックドアを狙う。今回はそういうデザインプレーだった。海松北は時間なく遠投し、終了のブザーが鳴った。


天百合 70-59 海松北 


 3Q終了、クォーターピリオドに入る。いよいよラスト1Qだ。

それぞれベンチへ引き上げて行く。



-啓誠館スタンド-


「わっほー、34点取った。またクォーターダブルスコアだー」


「どうしようもない。天百合はゴール下のイージーシュートばかり、海松北は外を打たされてばっかだ」


「海松北も1年生がんばりましたよね。……ディフェンスはハナだけど」


 沙織が呟く。地蔵のハナ相手とはいえ、1年でフィールドゴール5割を超えていれば上々だ。


「11点差、流れ次第じゃ不可能って点差じゃないけど、スタミナとファウルの差がね」


「はいはーい。フェイスで付かれると14番はバックドア狙ってきまーす。ここテストに出まーす」


「エンドラインの外まで出て回って来たぞ。初めて見たよあんなの」


-天百合ベンチ-


「あっちツラたんかー? うなだれてるしー」ユ


「ぷっ 退場でどっかでぼっちやってるカヤのほうがツラたんじゃん?」マ


「「きゃははははは!」」


「私達は1Qほぼ不動だった差も大きいでしょう」


「真夜は全体で何もしてないけどー」ユ


「バッカ1Qでマツリンにボール入れる大活躍してたっつの」マ


「ラスト、あと1Qで勝てる、リードも11点、がんばろう!」


「茉莉? 今は興奮するのではなく座って休むべきです。交代要員が居ないのはこちらも同じですよ」


 水分補給しつつ、くつろぐ3人に対して、待望の初勝利に向け座りもせず力んで高揚する茉莉。


「いやいや勝ちとかリードとかどうでもいいしノルマ100点だし?」ユ


「ええええ! 本気で取るつもりなの?」


「だってハナがそう言うんだし? てかカヤ10点かよもっと取っとけっつの」マ


「というわけで、4Q、真夜で行く」


-海松北ベンチ-


 主力をしっかり休ませつつ、最終Qに向かう。1ケタ差をキープしたかったラストであったが、やはり控えの経験不足を突かれ、リードを許してしまう。


 とはいえスタミナとファウルが嵩んでいる11点差は厳しいものの、逆転がありえない差ではない。バスケは4Qでこの程度の点差など、当たり前のように逆転劇が起こる。吉田監督が前へ出る。


「作戦を出す。青島よくやった。中村内山を戻して、そこで点を取る。残念ながら、点差以上にある程度ギャンブルしなきゃ難しい局面だ。ディフェンスは、ゾーンをやる」


「ゾ、ゾーンですか?」


 それは急な指示だった。海松北は基本マンツーマンでゾーンは採用せず、その練習もしていない。選手が驚きの声を上げる。しかし慣れない戦法がだやむを得ない。


 啓誠館松下の指摘通り、もはや従来のディフェンスが機能しておらず、天百合にゴール下まで苦も無く入られる展開が続いている。


 守備力自体が発揮できなくとも、中にだけは入れさせない。外で打たせるだけでもバスケのゴール確率は下がる。先ほどまで天百合が行っていたものと似ている。そのような戦略を採用した。


 ――――だがそれだけではダメだ。14番初め、外の威力も抜群なのはもう見せつけらている。普通はあんなシューターがいてゾーンなんかやらねえ。  


「……。そのゾーンの前に、一つ、やることがある」


「?」


 指示のあとキャプテン中村の前に円陣ができる。


「ラストがんばろう。困ったら私にボールを。皆で点を取ろう!」


 気合いの呼応が上がり、コートへ向かう。

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