第34話 U-6

-永葉スタンド-


「やっとフェイスになったかー、優里はここからだし?」


「じゃあ常時フェイスしろってこと? スタミナからしてディフェンダー二人いるわよ?」


「でもそんなん一流のシューター相手じゃ結局そうなるっしょ?」


「まあそうだけど……」



 茉莉がフロントコートに上がるとレヴィナがポストアップを始める。

ジリジリと茉莉がレヴィナに寄りに行くようにドリブルする。

瞬間、優里が背を向けて蛇行しながらウィングからコーナーへと走っていく。


 レヴィナにボールが入った。が、すぐさまゴール下に向けてボールを投げる。

受けたのは優里だった。そのままレイアップが決まる。


天百合 34-38 海松北


『バックドア!』


 ――決まった! 練習したプレイだ、優里ちゃんのディフェンスが厳しくなったら、レヴィちゃんのポストアップ。


 今度は全員で急いで戻る。2-3ゾーンは継続。相手はまた当たっているSG内山を使って来る。またまたスリーを狙うと見せ、そこはフェイクを使い、駆け込んだFC杉井にパスを入れ、ゴール下の2点を奪う。


天百合 34-40 海松北


「うおいいいい! なんで入られてんだゾーンの意味ないし?」マ


「誰のマークだったん? 姫じゃね?」カ


「普通に正面の相手でしょう。中央の私のはずがありません。ペイントへの進入を見ているのですよ?」 


「じゃあ姫じゃん」カ


「はぁ、得手勝手にもほどがありますね。まあ知っていましたが」


「伽夜、失態は取り返すように」


 上がる前にハナがボソっと指摘する。そして指でサインを出した。全員が視認する。


「……うへ」


「ぎゃはははは! だっせ! カヤだっせ!」


 残り30秒弱、バックコートからボールを要求した伽夜に渡す。

作戦は”変わっていない”。伽夜がそのまま駆け上がっていく。

ラストポゼッションだ。


 伽夜がウィング手前に到達する。優里にフェイス、レヴィナがポストアップだ。

このパターンでは茉莉が1Qのように左コーナーへ行く。

伽夜がレヴィナにパスを入れると見せかけて、


「そーい」


 見当違いの方向へ山なりのパスを放る。大きく後退し優里が受けた。

フェイスディフェンスのSG内山の頭を超えて行く。

調度3Pライン上、構え直し、その内山が真正面に優里を見据える。

振り向く優里、1on1だ。


 独特のテンポ、スキップステップのドリブルが始まる。

が、すぐに持った。そのままシュートに行く。内山も飛んだ。

大げさなほどのフェイドアウェイ。


 バスッ


天百合 36-40 海松北


 残り5秒、天百合は全員で前から行く。奪ってもう1ゴール入れてしまえというディフェンスだ。しかしかなわず、相手がバックコートからロングスローでボールを投げた。ブザーが鳴る。


 前半終了。ハーフタイムだ。


「おつおつー」ユ 


「お。もう4点差じゃん? スコア見てなかったけど?」マ


「マヤなんもしてなくない?」


「ハァ、ハァ」


 リラックスした様相で引き返す天百合ファイブに対し、息を切らす海松北ファイブ。トランジション警戒の速い戻りと、終盤のディフェンスが確実に消耗を強いていた。



 前半終了、ハーフタイム、10分間の休憩に入る。


-海松北ベンチ-


 スタメン5人がベンチに座り、それぞれ息を整える。控えがタオルやドリンクを差し入れる。それを横目に肥満の監督吉田が腕組みをしたまま思考していた。なんとかリードは保ったが、2Qはまさかの31失点。ディフェンスが機能していない。


「茶髪のギャル、何点取った?」


「14番ですか? 15点です」


 ――――せっかく今日当たってるが、このままじゃ内山が持たない。ラストまで内山をフェイスで付かせるわけにはいかない。交代で守るか……。あっちは1Q丸々遊んでいて消耗していない。一体どんなチームだ?


 フェイスでは守れない控えのG酒井を下げ、2Q最後まで休ませるつもりだったSG内山を途中出場させざるを得なくなった。


 休憩こそしたものの最後までは優里にフェイスで付くことはできないだろう。何より得点源の要の選手だ。ディフェンスで消耗させたくないのが本音だ。


-啓誠館スタンド-


「わほー2Q、31点取ってんだけど?」


「しかも笑いながらねー」


「厳しいわね。海松北。牧子の言った通り14番を使ってOFの威力を見せてきたわねえ。どうするのかしらー?」


「多分14番にダブルチームするだろう。だが、それは……他のメンバーの実力を知らないからだ」


「ほんとはフェイスを続けるしかないんだけど……」


 スタンド上の啓誠館メンバーの視線がベンチで談笑する13番に向いた。真夜だ。本日、出場選手全体で唯一の0点(ハナは除く)。さきほどの伽夜の台詞ではないが、何もしていない。


 啓誠館との練習試合、優里のマークをいよいよキツくすると、攻撃の起点が真夜へ移り、徹底して1on1を作りだし、個人スキルで圧倒して爆発的に点を重ねた。


 ここまでほとんどスタミナを消費していない。全開で4Q終了まで行けるだろう。


-天百合ベンチ-


「レヴィ、お疲れ様。あとは流してくれていい」


「ん? ポストアップはどうするのです? 体力は十分ですよ? 1Q動いていないので」


「んー、フリくらいしてくれてもいいけど、特に必要もないかな?」


「……。たしかに、改めて優里のオフェンス力には驚かされましたが」


「こっちが驚いた。バックドアのパスは感性が重要。この子らは動きが独特だけど、実戦の一発目で決めるなんて」


「ふふっ 苦い経験が生きましたね。私もとにかく、周囲をよく見ろと散々言われてきたので」


 ハナも”レヴィナ―優里”のラインに手ごたえを感じたようだ。思えば最初にこの二人が勝負したことで、互いに通じるものがあったのかもしれない。スコアはまだ負けている。しかし雰囲気はもう勝ったかのようだ。


「はいはーい。みんなー、点数を発表しまーす」


 スコアを掲げて美子先生が注目を集める。


「ん?」「うぇーい!」「どんどんパフパフー」


「茉莉ちゃーん、5点」

「さすがキャップー」「びみょ、びっみょー」


「優里ちゃーん、15点」

「ヒューヒュー」「さーすがエースー!」


「真夜ちゃーん、0点」

「BOOOOOOOO! グッバイマヤ」「ゼロとかありえるん?」


「伽夜ちゃーん、5点」

「カヤまだ退場してなかったん?」「どーゆー意味だテメー」


「レヴィちゃーん、11点」

「うほっ 姫すげー」「うんうん、よかったよね」


「ハナちゃーん、0点」

「ハナが点取る日来るん?」「ないわー一生ない」


-海松北ベンチ-


「いいなーあっちのギャルチーム、まざりてえ」


「……。先生、それより指示をお願いします」


 天百合チームをジッっと視姦(観察)する吉田監督に対し、周囲の選手がジト目で見ながら采配を促す。それを見て反対側の自軍ベンチをジロっと見下ろす吉田監督、選手の息は整っていたが、明らかに焦燥感が見て取れた。ハーフタイム残りは2分。ボードを取り出し前へ出た。


 見た目も言動も完全にセクハラだが、大抵の状況には動じず、ここぞという局面ではなんとかしてくれる。それが選手達の信頼を得ていた。一斉に輪が出来、選手一同が集中する。


「いいか。マークマンはズラす。フェイスはやめて14番の茶髪が持ったらダブルチームだ。ただしバックドアは注意しろ。内山で点を取る。当たらなくなるまで行く。あとはエースしだいだ、いいな中村」


「はい」


「留学生は当分使ってこない。上村、マークは23番のほうの金髪だ。俺の読みでは、おそらく後半こっちを使って来る。こっちも一度個人技を見せてて、身体能力の高さはあると見ていい」


「ほんとにそうなんですか? 声がダダ漏れでそう聞こえてはきましたけど……」


「……。俺もそう思うが、なぜかこれまで全部言ったことはやってきてる。オフェンスのタイムシェア的にも順当だ」


「もう一人の13番はどうしますか? 何もしてませんが……」


「はっきり言う。あの13番までスコアラーだったら、お終いだ」


「――!」


 ――――だが相手のオーダー表、どうみてもSFが3人だ。まさかが、あるってのか。


 監督が離れた後円陣が出来る。キャプテン中村が前へ出る。


「留学生も気になるけど、14、13、23番とマッチアップする時は冷静にね。優羽(内山)は大変だと思うけど、粘って行こう」


「って言うけどなかなかみんな、みらい(中村)みたいにはいかないよー」


 その内山が言う。中村はエースながらキャプテンで客観的な判断力があり、マッチアップする真夜のプレッシャーにも崩れていない。


「ふん……優羽はOFに集中すればいいよ。DFは私が働く」


 しかしメンバーの心配はC上村のほうだった。視線を外し溜息を吐く。ギャルの態度に明らかに不快感を隠していない。


-永葉スタンド-


 ガシッ!


「やあーー! 藍ちゃーん、元気ー?」


「うひゃあ!」


 不意に現れ、永葉ガード笠原藍の両肩を掴み、元気よく耳元で囁いた(?)のは、

啓誠館の大石優だった。ハーフタイム中、離れて観戦する永葉の三人の元を訪れた。


「こんちゃっすー」「こんにちは、大石先輩」


 両名は2年、後輩にあたる凛理と静流が挨拶を交わす。事実上、この静岡県のトップガードの二人だ。ライバル同士の永葉と啓誠館。この二人のガードの試合での出来が、全国への切符を限りなく近づける。


 バスケは結局はガードの能力、と言われることもある。ガードはそれだけ重要なポジションだ。自称コミュ障の笠原に対し、ムードメーカーの大石と対照的な二人。いつも大石からコンタクトを取っては、笠原が邪険にしている。


「は、はなせ……」 「えー? 試合中はそっちがくっついてくるくせにー」


「うふふ。大石先輩? 啓誠館はこの元気娘達の攻略法、見つかりましたか?」


 静流が揉み合う最中の大石に問う。


「ん? 攻略する必要があるのかな? 普通にやってれば勝てると思うけどなあ」


「うひょー さっすが啓誠館!」


「おっ こっちははぐれギャルのスーパーエース凛理ちゃん! ギャル対決への意気込みはー!?」


 大石が凛理へ向けてシャドウマイクを向ける。


「んー、ウチ相手にゲームになれば大したもんじゃないですかー? てか、あっしが試合出れるかは監督しだいですけどー」


「おほほほー! 超強気のコメントいただきましたー!」


 凛理の目が鋭くなる。


「なんて言っちゃってますけどー? 今二人のやり取りみて確信したっていうか? 所詮、このチームの弱点はガード。自分達がゲームを支配すれば、なんてことはないって感じじゃないんですかー?」


「さぁー? どだろ? 藍ちゃんならそうかも? じゃねー!」


 凛理の質問が核心を突いていたため、さらっと交わし大石は帰って行った。


「優、許さない。こんどめちゃくちゃディナイする」


「くっつきたいのか離れたいのか、どっちなのです?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る