第35話 U-7
ビーッ
後半開始のブザーが鳴る。両軍ベンチから出てくる。コート左右入れ替わり、互いのベンチ方向へ攻める。
天百合 36-40 海松北
海松北からのボールだ。サイドラインからパスが出される。
天百合のディフェンスはマンツーマンだが、全員多少なりとも腰を落としている。
ミーティング通り、海松北はSG内山にボールを集める。
しかし天百合はマークマンを変えた。SG内山に対し、真夜が付く。
F中村のマークが優里になったが、それを見た瞬間中村が中へ駆け込み、
パスが出る。ランニングからのレイアップ、飛んだ優里だったがゴールが決まる。
ピーッ ファウル 天百合14番 ワンスロー
ワアアアアア!
バスケットカウントだ。後半開始早々、エースの一撃、海松北ベンチが盛り上がる。TOで打ち合わせた先制が決まった形だ。
「んだよー、思わず飛んじゃったし?」ユ
「このマークおかしくねー? ハナ何考えてん?」マ
F中村がきっちり決めて1点追加、天百合のオフェンスとなる。
天百合 36-43 海松北
「優里でいく」
声は大きくはないが語気強くハナが言う。海松北もマークを変えている。
茉莉にPG谷口、優里にSG内山、真夜にF中村までは同じ、
伽夜にC上村、レヴィナに1年だが長身のFC杉井を付けた。
「さっきやられたのにアタシに付くんか? ウケル」
「あー、ペラペラうるさくて集中できなかったわ」
「静かなのが好きなんか? バスケのベンキョーも静かにやってんかー?」
「ッ!」
進学校であることをバスケに掛けて揶揄した伽夜に上村も噴気し、ポジション取りで強く腕や肩をぶつけて行く。その様子にキャプテンF中村も少し憂鬱な表情となる。
フロントコートに上がった茉莉が右の優里へパスを入れると、途端にダブルチームになった。マークに行ったのは、PG谷口。つまりフリーになったのは茉莉。同時にインサイドが引き締まる。これで茉莉へボールが戻った際のアタックを封じた。
海松北の吉田監督が思考する。
――――ガードの4番は普段は外が入るのか知らんが、今日はダメと見た。ガードの外は捨てる。
『やっぱり14番にダブルチームだ』『どうする?』
しかし茉莉が自らウィングに身を寄せる。ハンドリングで強引に茉莉の後ろを優里が迂回した。ディフェンダーの谷口が茉莉にひっかかる。
茉莉の真裏から優里がシュートモーションに入る。3Pラインから1メートルは離れていたため、思わずSG内山のディフェンスも遅れる。
『遠い!』
ザンッ
優里のディープ3Pが決まる。捻じ込んだ。
天百合 39-43 海松北
-啓誠館スタンド-
「これで今日14番のスリー5割、最初はさっぱりだったけどもう完全にゾーンに入ってる。打てば入るよ」
「あの距離からでも平気で打つんだ。余計守りにくいなあ」
――――ダブルチームでも決めてきたのはウチ相手でもそうだった。やはり14番にはスタミナを惜しまずにボールを持たせないディフェンスが正解だろう。だが海松北も常時フェイスで付ける選手は限られていると見える。
▼
海松北のオフェンスが上がってくる。ボールはPG谷口。
「あー、そういうことかー」
呟いたのは真夜だった。やはり内山にパスが投じられたので、手を出し、カットする。優里へのフェイスをやめた以上、内山中心でスコアを狙ってくるとハナが読んでいたため、マークを真夜に変えたのだ。
『スティール!』
真夜が一瞬で駆け上がる。凄まじい速さのファストブレイクだ。単独でも十分ゴールできたが、速度を落とし、味方の追いつきを待った。中央に入ったレヴィナにパスする。
「姫! 分かってんな!」
「愚問です」
あっという間にインサイドのレヴィナにバタバタとディフェンダーが数人かかるが、瞬間、ハイポストに投げる。45°で受けたのは優里だ。ワイドオープンにも関わらず握り直しもせずクイックで3Pが打たれた。弾道が低い。
ズバンッ
天百合 42-43 海松北
リングに斜めに突き刺さり、ネットが大きく傾いた。
「おしゃー」カ 「姫ナイスー、分かってんじゃん」ユ
「ゆ、優里ちゃんもナイスだよ!」
打ち抜いた優里が自分の連続3Pのフィニッシュを喜びもせず、レヴィナを指差して賞賛していた。後半1分、二連続優里の3Pが入る。対策したはずが止められていない。
「次もいくぞお!」
声を出し注目を集める。自身の出た腹を叩く。セリフとは逆でパターンを変えろと吉田監督から端的に暗号指示が出た。ここでタイムアウトはさすがにつらい。
海松北のオフェンス、PG谷口が内山へのパスを試みるが、これは、フェイク、そのまま中に切り込んだ。しかし茉莉は動揺せずしっかり付く。
そのまま強引なレイアップに行くも、外れる。レヴィナがリバウンドを取った。
――よし、最後までしっかり付けた! 2ポゼッション止めた!
「伽夜でいく」
フロントまで上がって来るとハナが語気強く呟く。見ると優里へはまた内山のフェイスディフェンスが展開されていた。ダブルチームの守りを諦め、スタミナを使っても優里を止めに来た。それを見て天百合も作戦変更。作戦優里から作戦伽夜になった。
――あれ? 作戦伽夜ちゃんなんてあったっけ?
考えつつもフロントへ茉莉がボールを運ぶ。
「いよっ 伽夜先生! ここから無双くるかー!?」
激しく付かれるが振り切る素振りすら見せず、コーナー隅に行ってしまった優里が声を出す。もう自分にボールが来ないとなれば構わず棒立ちだ。相手だけが必死にフェイスマークをするという奇怪な構図となってしまう。
そしてあいかわらずフィニッシャーを宣言してしまう。伽夜が手を挙げているので普通にパスを渡す。右ハイポストの1on1になった。5番から4番のポジションとなった上村が低く構える。
――このパターンは!
極端ではないがアイソレーションぎみになる。茉莉が想定したのは双子の十八番、超絶個人技だ。圧倒的なハンドリングを駆使して抜き去り得点してしまう。並みのディフェンスでは対応できない。
トンッ トンッ
伽夜のジャブステップが始まる。
瞬間、伽夜の体がくの字に沈む。右から抜きに行った。
バチンッ
ピーッ ディフェンスファウル 海松北5番
「……。ってーなクソ」
「ふんっ」
自身の左から抜かれそうになったところを、上村が思いっきり伽夜の腕を叩いた。一瞥し去っていく。プレイが止まり、転々とボールがこぼれて行く。
ほとんど故意だが、手がボールに向かっていればパーソナルファウルだ。まったく関係ない場所を叩けば、アンスポーツマンライクファウルとなり、より厳しいペナルティとなる。
真夜がハナの下へ行っていた。何か話し込む様子が見えたが、じき戻って来る。サイドラインからの天百合ボール。作戦はそのまま。すでに主張しているので、茉莉はまた伽夜へ入れる。似た展開となった。右ウィングの1on1だ。
「またファウルで止めるんかー? あと4回できたっけか? あっははは!」
「何言ってんの? 私ボールしか見てないけど?」
伽夜がドリブルに入る。ジョルトドリブルが展開されたと同時に、村上が下がりディフェンスに入る。が、レッグスルーを入れつつ、伽夜が急後退した。
伽夜がゴールを見上げる。シュートヘジとも言われる非常に細かな技術だ。
慌てて上村が前へ出直し、状態を起こす。完全に3Pを警戒した。
しかし伽夜はそのままクロスオーバーで左を抜きに行く。
上村は動けず。目を見開き振りかえった。
相変わらずレヴィナがミドル寄りにポジションしているため、スペースの多いペイント内へ到達し、ヘルプを交わし伽夜のユーロステップからレイアップがあっさり決まった。
『クロスジャブユーロ!』
天百合 44-43 海松北
逆転だ。すさまじい個人技に会場がざわつく。
――やった! ついに逆転した!
よしっと軽く拳を握る茉莉に対し、天百合全体に歓喜や盛り上がりの様子はない。レヴィナに至ってもクールだ。その様子を相手の吉田監督も怪訝な表情で見送る。
――――この逆転劇ですら反応なしなのか? 一体この連中のバスケの根幹はなんだ?
海松北のオフェンス、PG谷口が持って上がるが、OFでも5番から4番になった上村が伽夜を背にポストアップの姿勢となる。一瞬躊躇した谷口だったが、意思が強くそこへパスを投じる。
作戦はSG内山からの得点だ。しかし真夜がマークしてからは上手くいっておらず、谷口は個別判断で別パターンの演出もありだと判断した。
「いくつだー!? あといくつ返せば追い付くんだー? アタシ算数苦手ー」
「ほんとにうっさい!」
上村がドリブルに入る。身長は4cm差で上村が体格がやや大きいが完全なミスマッチとはいえない。伽夜を押し込むことはできず、無理なミドルを打たされる。
ボールは外れ、そのままきっちりスクリーンからレヴィナがリバウンドを取った。
茉莉に入れず、すでに手を上げて走り始めていた伽夜へ投じる。
得意のプッシュクロスオーバーでぐぐっと加速する。3人戻っていたが、パスもあるためそのまま伽夜を止めに入るのを躊躇し、それぞれ自身のマークマンを優先した。これも前半での優里へのキックアウトパスを印象付けた結果だ。
上村と1対1のままペイント内へ駆け込み、同時に飛んだ。
ガッ ピーッ!
パサッ
胸を押し出すようなフォームからゴール下が決まる。
ファウル 海松北5番 バスケットカウント1スロー
!
「はいーエンドワーン」
「くそっ!」
伽夜が上村へ指差す。対して上村は睨み返す。
F中村がまずいという表情を出し、ベンチを見る。
同時に海松北吉田監督がタイムアウトを要求した。
カヤのフリースロー、そのまま沈める。
ビーッ タイムアウト 海松北 後半1回目
天百合 47-43 海松北
「オラ、指示無視で叱られんじゃね? ついでにマークも変えてもらえば? あっはははは!」
「はぁ!? バッカじゃないの!? 競技やんのにちゃらつきやがって!」
引き返す前にヒートアップしていた伽夜と上村が言い合いを始めてしまう。当初からルックスと口の悪さに上村は不満を持っており、伽夜もファウルを装い、故意に腕を叩かれたことを根に持っているようだ。普段よりも口撃がさらに苛烈だ。
「紗音里! 落ち着いて!」
「TOだよ、戻ろう!」
「見た目で差が出るかっつの。なーにが競技よ、競争になってねーんだよ。下手くそ」
「ッ! ふざ、けるな……!」
「――お前らなんか、競争して生まれてきてないだろ!」
!
「は?」
「上村ァ!」
いかん、とばかりに海松北の吉田監督も咎めに入る、が、
瞬間、伽夜が上村の髪の毛を掴んでいた。
「ウチは自然だよ。バーカ」
「……!」
ピピピピピッ!
「君たち! 何をやっているんだ!」
慌てて割って入った主審が二人を引き離す。会場は静まり返ったあと、騒然とし始める。
審判達が強引に選手をベンチに押し返した。伽夜、上村の選手両名にテクニカルファウルが告げられる。伽夜は二つ目、これで退場だ。
監督両顧問に主審、副審から警告がなされる。上村は両サイドからチームメイトが寄り添って引き上げられていく。タオルで顔を覆いベンチにうずくまった。2年生が離れるとすぐに後輩が案じて寄って来る。
対して伽夜もベンチの端に座り、ドガっと足と腕を組んでそっぽを向く。
少子化が進んでからというもの、不妊治療を受ける者が増えた。その弊害で、治療を受けた者の子供には双子、場合によっては三つ子が生まれやすく、近年では急増しており、双子というだけで親が不妊治療受診者と誤解されるケースも出てきていた。
一種の決めつけだったが、我を失っていた上村は売り言葉に買い言葉となっており、思わず怒りそのままに発した。チームメイトも真面目で少し神経質な上村の性格を知っていたため、フォローに入ったが止めきれなかった。
-啓誠館スタンド-
「ど、どうしたの?」
「あちこち声上がってて聞き取りにくかったけど、何か言ったみたいだなあ。4番ポジションはかなり熱くなってたし」
「ギャルちゃん達口悪いからなー。相手の性格しだいじゃこうなっちゃうかも」
「日本じゃなじみがないが、バスケの最高峰であるNBAでもトラッシュトークは常套手段だ。特に競争の激しい傘下のマイナーリーグでは苛烈さを極める。メンタルを崩した者から真っ先に敗者になる。無論、敬意を欠いた相手への侮辱はダメだが」
「目の前まで来て”あと30点入れてやるよ”なーんて言ってるもんね」
「真由美ー(柴田)、乗っちゃだめよー?」
「わ、わかってんよ」
――――そう、あの盤外戦術は思いのほか強力だ。あの指揮の副キャプテンも、ある程度容認している節がある。相手が乗ってきて我を失えば強制退場も同然。練習試合の際も、天百合の顧問の先生も、ウチの高塚先生も何も言っていなかった。所詮、”ダメかどうかは審判が決めること”だ。
-永葉スタンド-
「先輩に突っかかるのも凛理と一緒」
「ちょっ 忘れてくださいよー、もー」
「あのケース、ステップバックからスリーを打ってても入ってたわねえ。マッチアップの差は歴然だった。海松北は5番のセンターはもう使えないだろうけど、あの23番を退場させたんだしチャンスはあるわよ? 結果的にはプラスじゃない?」
「うはー、静流れいせーい」
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