第33話 U-5

 TO終了、開始のブザーが鳴る。相手のミーティングの様子をジッっと横目に見ていたのはハナだった。声までは聞こえないが、雰囲気を読んでいたのだろう。


天百合 19-27 海松北


天百合 IN-茉莉 OUT-ハナ 海松北 IN-G酒井 OUT-SG内山


2Q残り6分


 海松北は本日好調のシューターの内山を休ませに入る。後半から最後まで行かせる算段だろう。G酒井が入り、谷口とともにダブルガードとなる。レギュラーの内山よりはディフェンススキルが劣る。


 海松北ボールでの開始。サイドラインからボールが入る。天百合のディフェンスはマンツーマンになる。ほとんど守りの姿勢を見せなかった真夜の上からF中村がプルジャンパーを決める。海松北のエースだ。要所を決めてきた。


 天百合 19-29 海松北

 

 攻守入れ替わり、TO後の天百合のオフェンスはゆっくりだった。茉莉がボールを運ぶ。海松北はトランジション警戒で素早い戻りを見せていた。


 ――ん?


 茉莉がフロントコートに到達すると、ペイントから中央がぽっかり空いていた。

レヴィナがやや外ぎみに構えていた。完全にスペースが出来ている。


 優里が3Pラインを駆け上がって来る。マークのG谷口がすぐにスクリーンを警戒する動きを見せた。瞬間――


 茉莉があっさり中央を突き進む、単調なレイアップが決まった。海松北のディフェンダーは対応できず、単にゴールを譲ったかのように見えるレイアップだった。


 ――と、得点できた、私が、こんなに簡単に。


天百合 21-29 海松北


「うおおおおお! 我らがキャップのレイアップ!」


「でたーー! マツリンロード!」


「え!? ナニソレ!?」


 これは啓誠館との練習試合のラストで発生した状況と同じだ。PGの茉莉からはパスが出ると決めつけ、3ギャルのオフェンスラインを警戒するあまり、ディフェンスが開いて、中央が空いてしまったパターン。それに乗じて、レヴィナも外ぎみにポジションを取った。


「ええい、谷口、見切りでディフェンスしやがって!」


 相手監督のストレスも溜まってきているようだ。


 カウンターの速攻が出る。G谷口の勢いあるドリブルが迫る。

マッチアップする茉莉と競り合いになる。

今の失敗を取り戻そうとする動きだ。


 ――早いけど、付ける!


 しかし茉莉を抜くことはできない。半年前までは抜かれていた相手だっただろう。まだまだ荒削りだが、茉莉は伽夜に教わったディフェンスに妙に興味を持ち、毎日練習していた。


ピーッ ディフェンスファウル 天百合4番


 !


 スクリーンを使って来たところを尚も無理やり追いかけて付いたため、茉莉がファウルをもらう。


 ――ここまで行くと吹かれるんだ。感覚が掴めてきたかも。


「マツリン必死にディフェンスすなってー ハナに小言言われるし? てかこんなの止めても止めなくても一緒じゃん?」


「あう」


 伽夜がこんなの、と言いつつ、完全に相手のセンターを指差していた。先ほど言い合っていたC上村だ。現在はレヴィナのマークだが、明かにムッっとした表情を出し、伽夜を睨む。


 サイドラインからのセットプレー、海松北は腰に手を当てたままDFのやる気を見せない優里の位置からG酒井が中に切り込み、2点を奪う。


 天百合 21-31 海松北


 さらにそこから2回の攻撃が行われた。優里へはマークがきつく、茉莉はレヴィナを使ってインサイドで点を取る。


 対して海松北は、軽く腰を落としている茉莉、レヴィナの位置を避け、棒立ちしている3ギャルの場所からオフェンスを成功させる。


天百合 25-33 海松北


 残りは3分。



-啓誠館スタンド-


 ――――茉莉、ディフェンスかなりうまくなってる。相手のガードの先輩とマッチアップしても、遜色ないくらい。


「……」


「沙織ー? どうしたの?」


 隣で見ていた2年PG大石優が口数の減った沙織に声を掛ける。ムードメーカーながらチームメンバーの個々の様子にもよく気付く選手だ。


「いえ、前回やられたので、双子の13番のほうを見てたんですけど、まだ無得点じゃないですか?」


「ん? たしかに、言われてみれば……」



 相手監督の吉田が思考する。


 ――――チィ、戻りを早くした途端に早い攻めを一切しなくなった。采配してるあの控えの5番、読みを外してくるのが上手いな。このままじゃこっちのスタミナが……。だがDFを変えれば何かしてくる雰囲気はある。ここは我慢だ。


 海松北も部員がそう多くなく、3年生が抜けて、初心者込みで1年生の半数以上がまだ試合で使える選手ではなかった。タイムシェアが苦しいのはどちらのチームも同じだ。



 ハナからサインが出る。それを見てドリブルで上がる茉莉がコート上のメンバーにサインを出す。作戦は、先ほどまでのインサイドから”優里”になった。


「おーし、ユーリ大先生、オナシャース!」マ


「まかせろっつーの、あっはっは!」


 ――ってフィニッシャーを普通にバラさないでー!


 ひえっと肩をすくめそうになる茉莉だったが、ハナを見ても普通だ。3ギャルは言ってることが本当か嘘かも分からないので、それ自体がフェイクになっていると考えれば、ハナも気にしてはいないのだろう。


 優里が右ウィングから中央3Pラインを上がってくる。そのまま立ちつつ優里にボールを手渡し、スクリーンの姿勢をとる。


 スクリーンからの正面からのスリーが打たれる。


 ザンッ


天百合 28-33 海松北


「さっすがー、ユーリ大先生! ついにエースの本気かー? これが本当の実力だというのかー? 伝説の始まりかー?」


「マツリー、ハナのマネかー? 棒立ちスクリーン楽そー」


「あ、さっき上手く決まってたから、同じようにやろうかなって」


 ちらりと相手ベンチを見つつ思考する。


 ――別に練習してはいなかったプレイだけど、優里ちゃんに正面のスリーを打たせたらほぼ入っちゃうよ?


 相手のオフェンス、すぐにボールが入り、タイムアウトから入ったG酒井が、駄弁っている天百合メンバーを尻目に一気に切り込んでいく。シュートに漕ぎつける。が、レヴィナとのミスマッチでゴールは外す。


 リバウンドから攻防入れ替わり、茉莉がボールをコントロールする。フロントコートに入ってじきに、また優里がウィングから上がって来た。全く同じパターンだ。


 しかしここはスイッチを起こし、G谷口がスクリーン前に優里をチェックに行く。前が空いたため当然茉莉はパスを回避し、ゴールへ向かう。センターが出てくるのでレヴィナにバウンドパスを出す。きっちり2点が入った。


「おほほほ! キャップアシストあざやかー、序盤のスリーとは別人だああ!」マ


「ス、スリーのことは忘れて……」


天百合 30-33 海松北



 ――――動かしてみたが、やはりインサイドは金髪留学生が強い。かといってスイッチしなきゃ茶髪の14番に打ち抜かれる。なるほど、これが天百合の本来の”形”ってわけか。いっちょまえのバスケットじゃねえか。さてどうする?


 吉田監督は考えるが、海松北は前半のタイムアウトがもう使えない。


-啓誠館スタンド-


「うわっ 天百合が普通のバスケやってる」


「普通のバスケで驚くってどういうチーム?」


「外人さんと14番のライン、強力だなー、マッキー(松下)、どう止めるの?」


「方法は、いくつかある。が、海松北のディフェンダーでは手札が限られる……」

 ――――おそらく残りあと2,3ポゼッション、天百合は全部入れてくる。



 海松北のOF、天百合は戻っていはいたが、ろくにディフェンスしない真夜の位置からF中村がまたミドルジャンパーを決める。得意の距離のようだ。キャプテンでありエース、本日14得点目。ベンチが沸き上がり声が出る。


天百合 30-35 海松北


 エンドラインから茉莉にボールが入る。ベンチから立ち上がっているハナがビシっと優里を指さしている。海松北の選手達ももはやそちらを見ていた。ハナから出る指示が采配になっていることがはっきりと周知されてきた。


「ヘーイヘイヘイ!」


 優里がピョンピョンしながら片手を上げ、すでに茉莉へボールを要求している。

このピョンピョンが実は重要な動きだったりする。ボールが入った瞬間にいきなり左右どちらかにステップ展開する技もあるからだ。


 相手ディフェンスはマンツーマンのまま、茉莉はろくにドリブルもせず、要求通り、優里にパスが入った。


 ――――この時点でもう。


 同時にそう思ったのは、パスを出した茉莉とスタンド上で見ていた松下だった。優里が早くもシュートモーションに入る。が、フェイクだ。G酒井は飛んでしまった。その横を抜き去り、ジャンパーを打つ。2点だ。


バスッ


天百合 32-35 海松北


ビーッ 選手交代


 海松北はG酒井を下げ、正規のSG内山を戻す。後半から行きたいはずだったが、ディフェスが全く止められていない。やむなく繰り出すこととなる。スキを見てG谷口を吉田監督は呼びつける。端的に指示を与えた。


 天百合 32-35 海松北  


 すでに天百合が2ゴール差まで迫る。


 海松北のオフェンスで再開、ハナからサインが出る。

2-3のゾーン、棒立ち型が展開された。

ボールが回され、今入ったばかりのSG内山のスリーが打たれる。


 ザンッ


天百合 32-38 海松北


 ここはきっちり決めて来た。重要な局面での3P。海松北ベンチに歓声が湧く。突き放した。残り1分、茉莉が上がると、優里の前にSG内山が出ていた。


 ――やってきた!


-啓誠館スタンド-


「これだ。今監督から指示が出たんだろう。14番を守るにはフェイスディフェンスで”ボールを持たせない”しかない。だが、私の想像が正しければ、おそらく通用しない」


「ええ? これでも14番を使って得点するの? 普通攻め方変えない?」


「あの5番の1年生副キャプテンの性格も分かってきた。私達相手のときにやったように、対応させた上で更なるオフェンスの威力を見せつけにくるはずだ」


 ――――茉莉の進路がさっきと違う。何か狙ってる!

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